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第四十九話「逆光のプロポーズ宣言」

文化祭の荷物整理で汗ばんだ教室に、健太の整髪料のきつい匂いが漂っていた。床に散らばった電飾コードを巻き取りながら、彼が不自然に咳払いする音が三回続いた。


「あの…桜井」


振り向いた私の手元で、LED電球がコロリと転がる。健太の靴先がそれを止め、文化祭で野次った時と同じ角度で踏みつけている。


「片付け終わったら…屋上で話がある」


夕焼けに透けた彼の耳が、理子の持ってくる苺大福のように真っ赤だ。工具箱の鍵がポケットで冷たく震え、隼人が注意した「工具の管理方法」が脳裏をよぎる。


屋上の扉が軋む音が、先月壊れた自転車のチェーン音と重なる。健太の影が柵に伸び、中学一年の時に黒板消しで叩いた机の傷跡のように歪んでいる。


「お前…まじで別人みたいに変わったよな」


風で舞ったビラが頬に貼り付く。文化祭で「委員長ヅラ」と嘲笑った声が、今は砂埃まじりの風に消されている。


「あのさ…」健太の指が柵の錆びを削り落とす。「実はお前が委員長になった時から…」


突然の告白より先に、彼の制服の第二ボタンに目が行く。隼人が工具箱で直した糸が、なぜか解けかかっている。


「…付き合ってくれ」


飛行機雲が告白を真っ二つにする。健太の整髪料の匂いが喉に絡みつき、理子に教わった呼吸法が無意識に始まる。


「でも…あの時私を…」


「ああ、あれか?」健太の笑い方がぎこちない。「お前が無防備で…むしろ可愛くて」


握りしめた鍵の歯型が掌に刻まれる。男子時代の部下が新人をいじめる心理と、今この瞬間の感情が螺旋を描く。


階段を駆け下りる足音が、理子の文化祭ダンスのリズムと同期する。職員室前でぶつかった隼人の工具箱から、健太と同じ整髪料の瓶が転がり出る。


「あ…これは…」


「中村くんの忘れ物」隼人が俯く。「修理代わりに預かってた」


その瞬間、文化祭で壊れた照明器具を健太が夜中に直していたのを思い出す。嘲笑いの裏側に隠された真意が、硝子片のように胸を刺す。


「どうしたんですか?顔色が…」


隼人の手が額に触れそうになり、理子に教わった「接触時の対処法」が自動発動する。腰を引いた反動で背中が掲示板にぶつかり、文化祭の優秀クラス賞の通知がひらりと舞う。


「委員長~!見て見て…あれ?」


理子の声が廊下の向こうから響く。彼女の持つ金平糖色の風船が、健太の告白を揺らめかせる夕陽と同じ色だと気付く。


「あの…ちょっと整理が必要で…」


私の曖昧な返事に、理子の瞳が楓先生のイチョウイヤリングのように鋭く光る。隼人がそっと工具箱を閉める音が、運命の蓋を下ろすようだ。


放課後の川辺で、理子が投げた小石が七回跳ねる。「健太くんの件、どうするの?」水面に浮かぶ私の顔が、二十代の男性の面影と瞬時に重なる。


「昔の私なら…断るのが当然だったけど」


指先で波紋を描くと、隼人が修理した自転車のスポークの輝きが思い出される。理子の「美羽ちゃんらしい答え」という言葉が、川風で千切れそうになる。


「ねえ、これ…」


突如理子が取り出したのは、小学校の砂時計だった。「あの時私が転校してきて、美羽ちゃんが初めて笑ってくれた日の砂」


砂粒が落ちる軌跡が、健太の整髪料の香りと重なり、過去と現在が混ざり合う。


「答えは…」理子の指が私の胸に触れる。「ここが熱くなる方でいいんだよ」


ふいに隼人が河原道を自転車で通り過ぎる。工具箱の音色が、健太の預けた整髪料瓶の軋む音と不協和音を奏でる。


夜のベランダで、母が洗濯物をたたむ音が心拍に重なる。スマホの待受画面に映る文化祭の集合写真で、健太が私の三つ後ろで俯いているのに初めて気付く。


「おかしい…」


握りしめた工具箱の鍵が、月光で柔らかな輝きを放つ。隼人が直した時計の針音が、小学校の砂時計のリズムと微妙にずれている。


返事を保留したままのプロポーズが、プリズムを通した光のように七色に拡がる。理子の教えてくれた呼吸法では収まりきらない熱が、制服の下で静かに燻り始めていた。

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