第四十八話「委員会ノートと虹色の裁断バサミ」
文化祭の企画書が重たい。放課後の教室で、私の鞄から溢れ出た資料の山に理子が顎を乗せている。「美羽ちゃんの鞄、委員長バッグって感じだね」。彼女の指が、私の手帳に貼られたイチョウ型のふせんをひらひらと揺らす。
「七瀬さん、装飾班の予算再計算をお願い」
「はいはい~。でもさ、このハサミ貸してよ」
理子が手にした虹色の裁断バサミが、クラスメイトの笑い声を切り裂く。先月隼人が工具部で改造したこのハサミ、角度によって七色に光る刃が文化祭のテーマ「プリズム」にぴったりだった。
「小野寺くん、電気班の進捗は?」
「あ、はい…配線図の最終チェックが…」
隼人が広げた設計図に、私が無意識に花びらの落書きを添える。男子時代の会議資料では絶対しなかった行為に、自分でも驚く。「ここにLEDを増設すれば、理子の装飾が映えるかも」
放送委員のアナウンスが斜めから聞こえる。理子が「美羽委員長~」と茶化しながら持ってきたココアが、企画書の隅にこぼれ円形のシミを作る。その形が、小学校の砂時計実験を思い出させる。
「次は各係の進捗発表! まずは模擬店班から!」
教卓で手を叩く音が、なぜか母親の三味線の調べと重なる。男子班長が「わたがし機のモーターが…」と悩みを打ち明けると、隼人の工具箱がガチャリと音を立てる。
「今度の休み時間に修理しましょう」
私の提案に、教室の隅で家庭科の型紙を切っていた楓先生が頷く。その視線が、大正時代の写真の女性教師と寸分違わない角度だ。
理子の装飾班が作った巨大モビールが、突然天井から落下しかける。「あっ!」と駆け寄った私のリボンが、隼人が差し出した六角レンチに引っかかる。クラスメイトの笑い声が、硝子の風鈴のように教室を満たす。
「委員長、髪の毛巻き込まないでくださいね」
隼人の真顔の冗談に、理子が「美羽ちゃんの髪は装飾の一部だもん!」と反論する。私の耳たぶが、ココアのシミと同じ色に染まっていくのを感じる。
最終下校時刻、一人残って予算表と格闘していると、ふと資料の隙間から金色の折り紙が現れる。「疲れた時はこれを見てね」という理子の丸文字。小学二年生の時に彼女がくれた金平糖包み紙と同じ折り方だ。
「見つけましたよ、委員長」
背後から隼人が差し出した缶コーヒーが、まだ自動販売機の温もりを残している。「七瀬さんが…熱を入れるあまりデザイン変更を画策しているようです」
廊下に広げられた理子の新デザイン案。イチョウの葉をモチーフにしたオブジェが、私たちのクラスカラーである藍色に染まっている。「これなら小野寺くんの照明とも連動するわ」
最終チェックのため点灯させたLEDが、理子の瞳を星座のように輝かせる。隼人が工具を握る手の影が、黒板の隅で小さな鳩時計の形を作る。
「では最終承認を」
私のハンコが押される直前、理子が「待った!」と叫ぶ。彼女の指が企画書の余白を指差す。「ここに委員長直筆のイラストを入れるの、忘れてない?」
クラスメイト全員の署名欄の上に、私がこっそり描いていた桜の落書き。赤面しながらペンを握ると、隼人がそっと修正テープを差し出す。「バランスは…ここですね」
下校時、理子が私の委員長バッジをピカピカに磨いてくれる。「これってさ、昔の金平糖みたいに光ってる」。その言葉に、ふと宝物箱の底の方位磁針を思い出す。
「明日は各係の最終リハーサルだ」
ため息と共に吐いた言葉が、吐息で校舎のガラスを曇らせる。その瞬間、隼人が指で「頑張れ」の文字を描く。理子が「ずるい!」と隣にハートマークを添える。
帰り道、三人の影が文化祭のプログラムのように重なり合う。委員長ノートの隅に転がった虹色のハサミが、夕日に反射して小さなプリズムを作っていた。




