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第四十六話「金魚糖と夕焼け坂道」

放課後の坂道を下りながら、理子が突然「あっ!」と声を上げた。缶ジュースのプルタブが陽炎の中で金色に光り、まるで隼人が工具箱で磨いていた六角レンチみたいだ。私のリボンの端が風に翻り、パン屋の焼きたてクロワッサンの匂いと混ざって鼻をくすぐる。


「ねえ美羽ちゃん、あのケーキ屋さん新しくオープンしたんだって!」


理子が指差すショーウィンドウには、文化祭で作ったイチゴタルトより背の高いデコレーションケーキが並んでいる。水色のアイシングが、隼人が夏休みに塗り直した自転車のフレームと同じ色合い。ガラスに映った私たちの制服姿が、少しだけ大人びて見える。


駅前の文房具店で、受験用のシャーペン選びに没頭する。理子が「このピンクの芯0.3mmって、さくらんぼみたい!」と甲高い声を上げるたび、店員さんが苦笑いしている。私の手帳に挟んだ桜の押し花が、レジ横のスタンプ台にそっくりな色でほんのり滲んでいる。


商店街アーケードの天井に吊るされた風鈴が、夕闇を待ちきれずに鳴り始める。駄菓子屋のおばあちゃんが「女子中生にはサービスよ」と金魚糖を二匹多めに入れてくれる。理子の「ありがとうございます!」が、マンホールの鉄蓋に当たって跳ね返ってくる。


路地裏の猫が、私たちの影を子猫と勘違いしてついてくる。理子が「こっちおいで」と蹲ると、私のスカートの裾に自転車のチェーンオイルが付いているのに気付く。隼人が修理してくれたあの日、きっと…


「美羽ちゃん見て!この子の模様、楓先生のイヤリングみたい」


猫の額の斑が確かにイチョウ型だ。ふと見上げた空に、文化祭で使ったパラシュートがふわりと浮かんでいる。でもそれはビニール袋で、コンビニの青い看板を背景にゆっくり回転していた。


ゲームセンターの前を通り過ぎると、隼人が筐体の修理をしている側顔が見えた。作業用手袋を嵌めた手首の動きが、ダンスゲームの矢印みたいに正確だ。理子が私の袖を引っ張り「ねぇ声かけようよ」と耳打ちする吐息が、隣のクレープ屋のホイップクリームみたいに甘い。


「…お疲れ様です」


私の声と同時に、隼人の工具が床に転がる音がリズムゲームの効果音と重なる。彼の耳朶が、駄菓子屋でもらった金魚糖みたいに透き通って赤い。


「あ、二人とも…今度の物理…」


説明し始める隼人の指先に、アイスの包装紙がひっついている。理子が「隼人くんそこ汚れてるよ」と指摘する声が、突如流れてきたアイドルの楽曲にかき消される。


帰り道、踏切の警報機が紫陽花色の夕焼けを切り裂く。電車の窓に映った私たちの姿が、あの日川辺で交わした約束のようにゆがんで見える。理子が「あ!私のリボン解けてる!」と叫び、待ち合わせの公園で結び直す。


ベンチに座ると、隣の老婆が「若いねえ」と微笑みながら風船ガムをくれる。ラムネ瓶の底のような青い風船が、校庭のイチョウの木より高く上がっていく。理子の「私の受験番号と同じ78番!」という声が、鳩時計の音に乗って商店街を駆け巡る。


街灯が一斉に点灯する瞬間、私の影が急に大人びて見える。でもそれはすぐに理子のジャンプで千切れ、ふたりで笑い転げながら駆け出す。靴箱に入れたままの恋文より、今この砂糖菓子のような時間が胸に溶けていく。

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