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第三話「身体図鑑とブルマ地獄」

風呂上がりの肌がランプのように温かい。タオルで拭いた跡が菱形の模様を残し、鏡に映る少女がまるで別人のようだ。指先で鎖骨の窪みをなぞると、以前の自分が喫煙しながら缶コーヒーを飲んでいた姿が脳裏を掠める。


「これが…俺の体か」


パジャマの裾をまくり上げる動作に罪悪感が伴う。膝から太ももにかけての曲線が、美術室の石膏像のように滑らかだ。つま先を伸ばした瞬間、足の甲に青い血管が浮かび上がるのが見えて、思わずシーツで覆ってしまう。


ベッドの上で大の字になり、天井に映った影を観察する。胸元の小さな起伏が呼吸と共に上下する度、枕に埋もれた顔が熱くなる。右手が無意識に肋骨を伝い、へその渦に触れる。男の頃の脂肪の感触とは違う、薄い膜の下に硬い臓器がある手応え。


「ダメだ…これヤバい…」


目を閉じると掌の感覚が研ぎ澄まされる。腰のくびれを測るように親指と人差し指で輪を作り、みぞおちまでゆっくり登らせる。無防備な肌が電気信号のように震える。急に呼吸が荒くなり、脚を絡ませた瞬間――


(あかん!これエロゲの主人公か!)


跳ね起きて頭を抱える。夜風がカーテンを揺らし、ふと隣の家の明かりが気になる。32歳の魂が13歳の体を欲望の対象に見ている矛盾。額に汗がにじむのを感じながら、冷えた壁に背中を押し付ける。


「明日の体育…ブルマ…」


呪文のように繰り返す言葉が、奇妙な安心感を生む。ふと鏡台の引き出しに光るものが目に入る。懐中電灯で照らすと、ラメ入りの日記帳が現れた。表紙に「絶対秘密!」と書かれた文字が、過去の自分との断絶を痛感させる。



朝の更衣室が戦場だった。鞄から取り出したブルマの存在感が異様だ。周りの女子が平然と履き替える中、私だけクローゼットの陰に隠れる。


「桜井さん? 具合悪いの?」


理子が首を傾げながら近づいてくる。彼女のブルマが妙にフィットしているのが理不尽に感じる。


「いや…このデザインがね…」


「そういえば転校初日だもんね。恥ずかしいのは最初だけよ」


励ましの言葉とは裏腹に、彼女がスカートを脱ぐ動作に目が泳ぐ。パンティーのレースが一瞬視界に入り、脳内で警報が鳴り響く。早すぎる女子高生漫画の展開だ。


ブルマを履く際の物理的困難に絶望する。ゴムが腰骨に食い込み、太ももが密着しすぎて歩きにくい。鏡に映った後ろ姿が、完全に80年代のスポ根アニメの主人公だ。


「集合!」


校庭で隼人が笛を吹く音が救世主のように響く。鉄棒の前で整列するクラスメート。私の順番が回ってきた時、隼人が自然に補助に立つ。


「逆上がりのコツは蹴り上げるタイミングだ」


彼の手が私の腰に触れた瞬間、体内で火山が噴火する。男性の体温が薄い体操着越しに伝わってくる。蹴り足が空を切り、宙に浮いた体が隼人の胸にぶつかる。


「大丈夫! 手を離さないから!」


柑橘系のシャンプーの香りが鼻をくすぐる。地面に着いた際、私のブルマのゴムが彼のトレーナーのボタンに引っかかるという悲劇が発生した。


「ちょ…ちょっと待って! 離れて! 離れてよ!」


もがくほどに密着度が増すジレンマ。クラス中から湧き上がる歓声。理子が野良猫のように機敏に駆け寄り、華麗に紐を解いてくれた時には、魂の半分が昇天していた。


「次はリレーの練習です」


教師の指示に従いトラックを走る理子の姿に、目が釘付けになる。彼女の金髪のツインテールが風を切り、跳躍時の足の角度がプロ選手並みだ。バトンを受け取る際の集中した顔つきが、いつもの天然娘とは別人のよう。


「七瀬さん陸上部だったの?」


「え? 幼稚園の時ちょっとね」


無邪気に笑う理子の腕に、柔道で鍛えたような筋肉が浮かんでいるのを見逃さない。このクラスは異常だ。



最大の試練は更衣室での出来事だった。汗でベタつく体を拭く女子たちの無防備さ。ブラジャーを外す音、保湿クリームを塗る指先、へそ出しタンクトップに文句を言い合う会話。


「美羽ちゃん汗かいてる~。一緒にシャワー行こうよ」


理子に腕を引っ張られて臨んだ共同シャワーが地獄だった。湯煙の中を裸で歩き回る同級生たち。石鹸を貸し借りする際の身体的接触。そして何より――


「背中流してあげる!」


突然背中に当たった水の感触に、思わず男子トイレの小便器を思い出す。理子の手が私の肩を揉むたび、背骨がゼリーのように溶けていく。隣で歌いながら洗髪する子の裸体が、なぜかルノワールの絵画のように美しく見える矛盾。


「あれ? 美羽ちゃんのここ…すごくきれいな形」


理子が指さしたのは私の腰のくびれだった。女子たちが集まってくる熱気に、逃げ場を失った意識が白く燃え上がる。


「わ、私先に出てます!」


更衣室で震える手で服を着る。まだ湯気で湿った肌に下着が張り付く感触が、全てを余計に官能的にする。鞄から落ちたパウダーリンの缶が、床を転がりながら女子たちの笑い声に消えた。


帰り道、自転車置き場の陰で隼人と出くわす。彼が私のブルマ姿を憶えているような視線を感じ、自転車のチェーンが外れたふりをしてしゃがみ込む。


「桜井さん、今日の体育…楽しかった?」


「は、はい! もう二度とやりたくないくらい!」


冗談のつもりが本音混じりになる。隼人がくすりと笑った時、夕陽が彼の後ろ髪を金糸のように輝かせた。心臓の拍動が、鉄棒で逆上がりした時より激しいことに気付く。


ふと家路を急ぐ女子たちの群れに紛れながら、ある悟りを得る。この体で恋をするというのは、自分自身への裏切りなのか――それとも新たな人生の始まりなのか。


夜空に浮かぶ三日月が、あの神社の老人の笑い顔に見えて仕方なかった。

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