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第二十一話「シンクロする未来図」

理子のランドセルから溢れ出すプリントの山が、放課後の教室に梅雨の湿気を運んできた。彼女が私の袖を引っ張る力が、先月より確実に大人びている。


「美羽ちゃん神! この数学の応用問題、意味分かんない!」


振り向くと開かれた問題集に、前世の部下が提出したレポートの数式が重なる。二次関数のグラフ用紙に、つい赤ペンで「営業利益率」と書き込みそうになる自分を制御する。


「ここは交点がポイント。まずは式を連立して…」


教卓に腰掛けて解説する私のスカートが、いつの間にか膝上15cmの流行丈になっている。理子の「えーっと」という呟きに混じり、教室の隅で隼人が工具をいじる金属音がリズムを刻む。



週末の図書館が戦場と化した。理子が差し出した単語帳の表紙に「必勝!」とデコレーションされた文字が、かつての資格試験テキストを思い出させる。


「英単語は語源で覚えるのよ。例えば『re』は『再び』で…」


「待って! それなんか先生みたい」


理子の笑い声が閲覧室に響き、司書に睨まれる。彼女のシャープペンが「respect」の横に描いたハートマークが、なぜか中間テストの答案用紙を連想させる。


「ねえ、美羽ちゃん何でそんなに勉強方法知ってるの?」


「テレビの教育番組で」


嘘がすぐにバレる焦燥感。理子が鞄から取り出したおにぎりを頬張りながら、前世の飲み会で後輩に勉強法を指南した夜を思い出す。



雨の日は理子の自宅で特訓。彼女の部屋の壁一面に貼られた楓先生の写真が、無言のプレッシャーとなる。


「この文法問題、三年前の入試で類似形が出てる」


「え? 三年前なんて私たち小学生じゃ…」


慌てて「兄ちゃんの受験資料で」と誤魔化す。理子の父親が差し入れたショートケーキのフォークが、微分積分のグラフと重なって見える。


「美羽ちゃん将来教師になる? 説明分かりやすいもん」


その言葉に、粉砂糖が喉に詰まる。黒板を背にした楓先生の姿が、転生当日の神社の風景とシンクロする。



期末テスト前日、隼人が自作の暗記ツールを提供しに来る。ネジで作られた英単語キューブが、彼の掌で銀色に輝く。


「可動式だから覚えやすいぞ」


「これ…労基法に引っかかる労働時間で作ったでしょ」


つい本音が出て冷や汗。隼人が怪訝な顔で「労基法?」と繰り返す中、理子がキューブを投げ上げ「Loveって綴りってこうなんだ!」とはしゃぐ。


放課後の購買部で、三人並んで飲む紙パックのジュース。理子のストローからこぼれたオレンジ色が、隼人の工具セットに染みを作る。


「私、美羽ちゃんと同じ高校行けたら…家庭科部入りたいな」


「俺はものづくり系だ」


その会話に挟まれ、前世の会社の新人研修を思い出す。新人たちの夢を聞きながら、自分だけがキャリアパスを語っていたあの日。



雨宿りのコンビニで、理子が突然現実的な質問を投げる。「偏差値って実際どれくらい重要?」。レジ横の灰皿に溜まった水に、高校時代の通知表が揺れる。


「行きたい場所への地図みたいなもの」


哲学的な返しに理子が目を輝かせる。「じゃあ私の地図、美羽ちゃんが描いて!」。その瞬間、陳列棚の参考書が前世のビジネス書と重なって見える。


夜の自室で理子専用の学習プランを作成する。Excelスキルを使いたい衝動を抑え、手書きのカラーチャートに少女らしいイラストを添える。


「成長記録」と銘打ったグラフの曲線が、胸のサイズ測定表と奇妙に相似している事実に気付き、赤面する。



学校公開日、理子の母が授業参観に現れる。パティシエの鋭い目が、私の指導方法を分析しているように感じる。


「美羽さん、理子がずいぶんお世話になって」


差し出された焼き菓子の箱に、取引先から貰った金封の重みを思い出す。「いえ、私も教わること多いです」という言葉が、なぜか本音に近い。


理子が母親に成績表を見せる笑顔に、ふと自分の母が離婚届にサインした日のことを思い出す。クローゼットに隠した進学希望調査票の「医学部」の文字が、急に遠のいて見える。



雷雨の夜、理子から緊急電話。「明日のテスト範囲、最後の問題が…!」。画面共有しながら解説する手元が、社内研修の資料作成と重なる。


「分かった! 美羽ちゃんの声、なんかASMRみたいで頭入る」


その感想にイヤホンが熱くなる。雷光に照らされた参考書のページが、突然高校の教科書のように見える錯覚。


朝、理子が完璧なノート作りを報告に来る。彼女の手帳に貼られた私の似顔絵シールが、教師時代の教え子から貰った年賀状を思い出させる。


「今日のテスト、美羽ちゃん分まで頑張る!」


その言葉に胸が締めつけられる。答案用紙に名前を書く手が、過去と現在の自分で同時に震える。隼人が隣で転がす消しゴムのカスが、銀色のネジ屑のように輝く。


教室の窓から見える高校の校舎が、雨に洗われて新しい未来を映している。理子の鞄からのぞくパステルカラーの参考書が、女子中学生らしい希望の証に見えた。



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