第十三話「鏡の中のシンデレラ」
エスカレーターの鏡に映った二人の姿が、まるで別人だった。理子が私の肩に顎を乗せながら「ほら、ウエストのラインが綺麗!」と指差す。半年前まで意識したことのない身体の曲線が、確かに柔らかな弧を描いていた。
「これ、試着してみて!」
更衣室に放り込まれたワンピースのタグに「14歳~」と書いてあるのが信じられない。前世なら「Lサイズ」と迷わず選んでいただろうに、今はSサイズのフィット感に店員が驚きの声を上げる。
「すごい! めっちゃ女子っぽい!」
理子がカーテンを勢いで開ける。鏡に映った自分が、ショーウィンドウのマネキンと見紛うほど洗練されている。胸元のレースがくすぐったくて、無意識に腕で隠す仕草が却って理子を興奮させる。
「その照れ方、超キュート~」
彼女の指が私の鎖骨を撫でる。半年前なら跳び退っていたはずが、今はくすぐったい笑いがこぼれる。男の記憶が「抵抗しろ」と囁くが、体が自然に受け入れている。
◆
アクセサリーコーナーで事件が起きた。イヤリングをつけた瞬間、前世の葬儀で弔問客に渡した名刺の感触が蘇る。
「どうしたの? 顔真っ青よ」
理子の手が私の耳朶に触れる。ピアスホールのない耳たぶを揉む指先に、過去と現在が交錯する。――32歳の自分がコンビニでピアス禁止の貼り紙を張っていた日。14歳の自分が初めてイヤリングを欲しがる日。
「あ、これかわいい!」
理子が選んだイチョウのイヤリングが、楓先生の指輪と瓜二つだと気付く。しかし指を通す動作はもう躊躇わない。鏡越しに微笑む自分が、紛れもない「女子中学生」だった。
◆
化粧品売り場が異界だった。前世では「経費削減」の棚しか見ていなかったエリアに、理子が魔法少女のように突進する。
「リップグロスは桃色が似合うよ」
試供品を塗られる唇がヒリヒリする。理子が「きゃー! 完璧!」と叫ぶ声に、男子時代の部下が「課長、口紅ついてます」と指摘した記憶が重なる。鏡の前で舌を出して拭う仕草が、今は自然に「女の子」になっている。
「次はチーク!」
筆が頬に触れる瞬間、体育祭で隼人にリボンを直された時の体温を思い出す。頬が火照り、理子が「あら、もうチーク要らないわ」と笑う。
◆
カフェでの休憩中、理子が突然真剣な目で問いかける。
「美羽ちゃん、将来の夢ってある?」
ミルククラウンの縁に唇を当てながら考える。前世なら「課長昇進」と即答した質問が、今は無限の選択肢に感じる。
「人を幸せにする…何か」
曖昧な答えに理子が頬を膨らませる。「ずるい! 私なんて『先生と同じ学校の先生』って決まってるのに」
その瞬間、楓先生が教壇で微笑む未来図が脳裏に浮かぶ。理子のイチョウペンダントが、カップの縁で微かに光る。
◆
帰り際のエスカレーターで奇跡が起きた。ふと見上げた階上で、神社の老人が赤いスカーフを試着している。視線が合い、彼が団子串で私を指さす。
(お前の選択は正しい)
声にならない声が鼓膜を震わせる。握りしめたショッピングバッグの紐が、突然前世の社員証のストラップと同じ感触に変わる。
「ねえ、今日の夕飯お寿司にしようよ!」
理子の腕組みが懐かしい記憶を呼び起こす。――取引先の女子社員たちがランチミーティングで盛り上がっていた光景。今やその輪の中心に自分がいる現実。
「私、サーモン食べたいな」
発した声が、いつもの倍も甲高かったことに気付く。でも理子は何も指摘せず、嬉しそうにスマホで予約を始める。
◆
夕暮れの試着室で最後の一件を着る。母の若い日の写真にあったのと同じデザインのワンピース。鏡に映った自分が、過去・現在・未来の女性たちと重なり合う。
「お姉さん、本当に14歳ですか?」
店員の不用意な質問に、理子が盾のように立ちはだかる。「失礼ね! うちの美羽ちゃんは純粋な中学二年生よ!」
謝罪する店員を見ながら、胸の奥で男の自分が苦笑いしている。でももう反論しない。この体で生きることは、紛れもない真実なのだから。
帰り道、ショッピングバッグが風船のように軽い。隼人からの「買い物楽しんだ?」というメッセージに、初めてハートマークで返信する自分がいる。
電飾看板の光が街を染める中、神社の老人が遠くで団子を食べている。その横で、未来の私が文化祭のドレスを纏っているような気がした。




