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異世界ギャンブラー  作者: 倉木明日
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Ep.0 落下

 気がつくと私は、ただただ真っ白でそしてどこまでも続くような世界に1人立っていた。その世界に音は無く、静寂が心臓をじくじくと不安で覆っていくような感覚。何かしなければ、何かしなければいけない、と正体不明の使命感が這い寄ってくる。前に進まなければ。そうして、兎にも角にも踏み出した一歩目は着地を伴わず、床をすり抜け、私は永遠の空虚な白へ落下した。


「うわああああああああああ!!!!」


私はベッドから跳ね起き、何度か現実を確かめるように瞬きをして、はぁ、と一つ情けない息を吐いた。背中にはじっとりと嫌な汗がにじみ、喉がへばりついたように乾いている。ベッドから降りないまま冷蔵庫へと手を伸ばしてペットボトルの水を取り出し、不安を流し込むように一気に飲み干した。脳が冴えてこないままに、枕元の煙草と携帯を手にして換気扇の下へと向かった。ふと時計を見ると、8時17分。1限には遅刻だろうなと思ったが、大して焦ることもなく、7時半にセットしたはずのアラームが鳴らなかったことを恨みながらも煙草に火をつけた。ゆらゆらと煙を吐き出しながら、携帯を眺める。手遊び代わりにメールアプリを開いてみたが、誰からも連絡はない。SNSで変わり映えしない世情を流し見しながら、何かを考えるフリをした。それから、誰かに見栄を張るように1cm残して火を消して、顔を洗う。そして、今日もいつもと同じ流れ作業なのだろうと何となく思った。原付で大学へと向かい、10分ほど遅刻して教室に入り、席につくやいなやパソコンを開いて本日締切の別の授業の課題に取り掛かる。授業が終われば白紙のコメントシートを提出して、そそくさと退室し、バイト先へと向かった。


「今日も眠そうだねぇ。」

そう声をかけてきたパートの浅田さんに、はははと苦笑いを返しながら制服のエプロンを着て、距離を置くようにスタッフルームを出てレジに立つ。しかし、浅田さんは私について出てきたらしく、当たり前のように隣に立った。

「さーちゃんってほんとツイてないよね。」

唐突な会話に、はあ、と気の抜けた返事をした。

「ほら、ウチの口コミにまた、さーちゃんに苦情が入ってたの。最近の若者は接客がなってない〜だって。」

他にも若いアルバイトはいるのに、どうして私と決まっているのだろう。そんな心の燻りのようなものをぐいと飲み込み、また私は苦笑いを返すことしかできなかった。


仕事が終わり、店の裏の駐輪場で煙草に火をつけた。飲み込んだはずの心の燻りは、魚の骨のようにちくちくと喉にささり、よどんだ煙を上げ続けていた。確かに私はツイてないのかもしれない。私はいつだって独りで、友人もいなければ、1人で生きていけるようなルックスも性格も環境も頭も持って生まれなかった。普通にしていらだけなのに、他人には何かと目をつけられていつもなんとなく損をしている。私だけいつもくすんだ灰色の世界にいるみたいだ。ぐずぐずと未練たらしく心は燻り続ける。螺旋階段をあり続けているような感覚。

「熱っ。」

灰が手に当たり我に帰る。そんな私の視界の先で、よたよたと子どもが車道に歩いて行くのが見えた。トラックが向かって来ている。親は何をしているのだろう。運転手には見えているのだろうか。あの子はなぜ止まらないのか。刹那に思考がとめどなく溢れる。

「止まれ!!」

子供は止まらない。祈るように叫ぶ。

「止まれ!!!!」

子供は止まらない。私の身体はもう駆け出している。

「お願い止まって!!!!」

ああもう本当にツイてない。


子供を歩道へ突き飛ばし、私の身体は宙へ舞った。全身を襲うにぶい痛みとふわふわとした意識の中で私は、来世ではツイているといいなと考えながら、命を失った。


「やあ、いらっしゃい。ヒグラシ=サヤカ。」

鈴のような透き通った声で私は目を覚ました。ここは、あの何もない、真っ白な世界。あなたは誰、と口にしようとするや否や目の前の男はこう言った。

「私はいわゆる神だよ。世界の創造神。」

心が読めるのだろうか。不気味だ。

「いきなりひどいね。」

男はグラスに氷を入れたようにからりころりと笑った。やはり不気味だ。

「まあ不気味なのはお互い様さ。ここは私だけの世界。本来、私以外のものが入ることはできないのだけれど、どうやら君には何かの縁があって迷い込んでしまったみたいだね。」

私はどうなってしまうのだろう。

「死んだ生物は、本当の世界へ向かうのさ。記憶を引き継いだまま生まれ直す。地球での人生は言ってみれば育成パートなんだ。僕が作った世界は案外ハードモードでね、経験値0の生物はみんな生き残れなかったんだ。僕は生物の生き様みたいなものがたまらなく好きなんだよ。すぐ死んでしまっては意味がないだろう。」

育成パート。今までの人生がただのチュートリアル。まるでゲームについてでも語っているような話に、頭がついていかない。また夢を見ているのだろうか。無意識に煙草を手に取ろうとしたが、喫煙所に忘れてきたようだった。

「夢ではないよ、現実だ。」

男は私の頬をつねる。痛い。男の指はしんとして冷たく、まるで無機物のようだった。

「そうだ。君は若くして死んでしまったようだし、育成も不十分。他の生物ならそれでも本当の世界に放り出されるところだけれど、この縁を祝福して何か能力をオマケしてあげるよ。」

男はにこやかに言う。なるほど、確かに私の人生、育成パートは中断した。やはりツイていなかったんだ。特別な能力があれば人生をやり直せる。やっと機会に巡り会えたんだ。

「おや、なんだか前向きになったね。へえ、ツイてないか。幸運値は比較的高い人が多い日本の中でも中の上ってところだったけど。もっと足りないものがあるんじゃないかい。まあ、そう感じているのなら、幸運値を最大にしておいてあげるよ。あはは。」

私は最後の最後にツイていた。私の人生はここがスタートだ。突然舞い降りた気まぐれの幸運に酔い、神に謝礼を伝えるために駆け寄ろうとした瞬間、その一歩目は空を切り、私は白の奈落へと落下した。


「さあ、私の世界で苦しんで苦しんで苦しんで苦しんで、死に物狂いで生きてくれ!!せっかくオマケをしてやったんだ。私を存分に楽しませてくれよ!!」


すがるように上を見た私を覗き込む神の顔は、まるで虫を戦わせて遊び殺してしまう無邪気な子供のように、酷く、醜く、そして笑っていた。

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