第6話「襲撃者」
セレネたちが退室した後、アリスとレアルスは大円卓の端の席に着くように言われ、それに従った。
そしてすぐさまレガウィアが重々しく話し始める。
「すまないな、人払いのようなことをして」
「いえ、それだけ重要なお話ということなんですよね?」
セレネたちを退出させたことを詫びたレガウィアだったが、彼の考えを推察していたアリスは頭を振った。
「察しが良くて助かるよ、アリスさん」
「本題に入る前に、最近金エルフの恨みを買うようなことってした?」
自身の推察を口にしたアリスに笑みを向けるラズエル、そして眼を細めてアリスに質問するフィオディス。
意図が分からない質問にアリスは困惑するも、最近の自身の行動を顧みた。
「……なくは、ないかも……?」
「いや、なにその曖昧な感じ……」
「中立地帯で金エルフを含め、他種族同士の喧嘩を止めたことを言っているのかと思われます。その程度であれば日常的に行っているので、恨みを買うようなことではないかと」
上目遣いで首を傾げたアリスに嘆息するフィオディスだったが、横手からレアルスが援護するように口を挟んだ。
「なるほどねぇ……」
「そのくらいのことで、というか中立地帯の人の恨みを買ったくらいじゃ……」
「あの、いったいこの質問に何の意味があるんですか?」
話の先が見えないアリスは頭を捻っているラズエルとフィオディスに問いを重ねる。
しかしそれに応えたのはレガウィアであった。
「結論から話そう。中立地帯にある灰エルフの村落が次々と金エルフによる襲撃を受けている。そしてその襲撃者はアリス、お前を探しているそうだ」
「「!!」」
付け加えられた言葉にアリスは眼を見開き、逆にレアルスは眼を細めた。
「救援に向かいます!」
ガタンと音を立てて立ち上がったアリスを、レアルスが片手で制した。
彼の鋭い眼光によって冷静さを取り戻したアリスはそっと椅子に座り直す。
「ラズエルさん。先程あなたはそのくらいのことで、と口にした。
つまり襲撃者は中立地帯での小競り合い程度で動くような人物、もしくは組織では無い、ということでは無いでしょうか?」
「参ったね、たったそれだけの情報からそこまで的確に推察されてしまうなんて……」
「ホント、レアルスくんって有能だよね。なんでアリスちゃんが隊長やってんの?」
ラズエルが苦笑し、フィオディスがニヤニヤとアリスに視線を送る。
「なっ……! ……い、色々あるんですよ!」
咄嗟に理由が出てこなかったのか、アリスは言い淀んだ後に曖昧な返事を返した。
「話が逸れているぞ。……そう、レアルスの言う通り、上がってきた報告から襲撃者は本領域の者たちと推測される」
本領域とは金エルフ特有の領域区分で、中立地帯とその南部の領域ではなく、首都近郊に広がる彼ら本来の領土のことを指す。
本領域という言葉にアリスは目を見開き、レアルスは予想していたように静かに瞑目した。
「襲撃者の数はどれくらいなんでしょうか?」
「四人だよ」
「たった四人!?」
フィオディスの即答にアリスは驚嘆する。
中立地帯の村落とはいえ、自警団に加えアマルガムから騎士団と魔道士団の一部が派遣されているはずだ。
それをたった四人で打ち破り続けているとなれば、自ずとその正体は絞られてくる。
「一騎当千の力量から推察するに、金エルフの戦士階級……もしくは王家直属の部隊の可能性さえある……」
大円卓に両肘を乗せ、手を組み合わせながら重々しく語るレガウィアの声に、アリスは生唾を飲み込んだ。
「増援を向かわせたいんだけど情報が足りなすぎてね……」
「相手の目的はアリスちゃんってこと以外な~んにも分かんない。もしこれが陽動作戦だったら、本隊を動かした隙にここがどーん、かも?」
常の困り顔をさらに深めたラズエルの言葉に、フィオディスが肩を竦める。
そして彼女は眼を細めながら大円卓を指で叩いた。
つまり彼女たちは下手に本隊を動かして、アマルガムが襲撃されかねないということを危惧しているのだ。
「だから燼魔精隊に声がかかったということですか」
「その通りだ」
「そういうことなら任せてください!」
「待って待って、最後まで話聞いてアリスちゃん」
再び椅子から腰を上げたアリスをフィオディスが半目で制する。
妹弟子のそそっかしさに呆れつつも、彼女は真剣な表情を浮かべながら言葉を続けた。
「機動力のあるキミたちに向かって欲しいっていうのはその通りなんだけど、アリスちゃん以外のメンバーで行って欲しいんだよね」
「っ!? どうして……!」
「金エルフの襲撃者たちの狙いはアリスさん、キミなんだ。だからみすみすキミが赴いて連れ去られでもしたら敵の思う壺なんだよ」
フィオディスの言葉に絶句しているアリスに、ラズエルが申し訳なさそうに補足する。
その説明にアリスは立ち上がったまま俯いた。
「そういうことだからレアルスくん、頼めない?」
「……」
フィオディスから水を向けられたレアルスは、無言のままアリスを一瞥した。
しかし彼女は沈黙を続けている。
「俺としては問題ありませんが——」
「……ダメ」
自身の言葉を切った迷いのない一言に、レアルスはほんの小さく鼻で笑った。
直後、アリスはばっと顔を上げて宣言する。
「そんなの絶対ダメです! 私が原因かも知れないのに、レアルスたちだけ危険に晒すなんて出来ません!!」
アリスの大声に副団長二人が言葉を失う。
それを見越していたかのように、レアルスがレガウィアに向かって問いを投げかけた。
「どうされますか、最高司祭様。こうなるとテコでも動きませんが」
「うむ……。まぁこう言うだろうと予想はしていた……」
「レアルスたちが増援に向かうなら私も行きますからね! というか私が隊長なんですけど!」
「うわぁ、こりゃ説得なんて受け付けなさそうだわ……」
「はは……。まぁそれだけ仲間想いということで……」
幹部の三人が困ったように眉尻を下げる中、レアルスだけは口端を少しだけ持ち上げながら瞑目していた。
「分かった。増援は全員揃った状態の燼魔精隊に一任する。ただし——」
「はい! そうと決まればレアルス、すぐに出発するわよ!」
「最高司祭さまの話を無視しないでよ」
レガウィアの重々しい言葉を途中で無視したアリスに、苦笑いで注意するフィオディス。
それに微妙な表情を向けながら、最高司祭たるレガウィアはアリスたちに指示を出す。
「ただし、危険と判断した場合は通信魔法による援軍要請を行うか、即座に帰還すること。そして騎士団・魔道士団本体と合流して全霊をもって叩く。分かったか、アリスよ」
「はい、できる限り頑張ってから判断します!」
「……レアルス、撤退の判断はそなたが行ってくれ」
「承知しました」
アリスの快活な返事に無言を返したレガウィアは、視線をレアルスに移して改めて指示を出した。
それに対して彼は静かな返事と共に小さな礼を返す。
「!! 私が隊長——」
「では出立の準備がありますので失礼します」
「ちょ、ちょっと待ってよレアルス」
アリスの言葉を遮りながら、レアルスが左胸に拳を当てる騎士礼を行いすぐさま身を翻す。
それに置いて行かれまいとアリスも手早く彼と同じ礼を行い、入り口の大扉へと駆けていった。
ぎぃぃ、と古ぼけた木扉が閉ざされる音と共に、円卓広間に久方ぶりの静寂が降りた。
「はぁ、まったく……。とんでもない問題児に育ってくれたよね、アリスちゃんは」
「無茶しすぎるきらいはあるけど、どれも仲間や同族のための行動だから責めるに責められないんだよね。
まぁ実力は折り紙付きだし、彼女たちがそう簡単に負けるとは思えないけど……」
「…………」
「レガウィア様?」
黙して何かを考え込んでいる様子のレガウィアに、フィオディスが声をかける。
それに応えるように視線を持ち上げた彼は左右の二人に問いかけた。
「アリスを狙った金エルフ……。五八年前の【皇金の妖精】と【幻虹の妖精】の大抗争に関連したものだと思わんか?」
「……確かに金エルフと直接関わったことなんて、あの時以来ありませんね」
遥か古より唐突に、そして何度も行われてきた幻虹の妖精による他種族狩り。
五八年前は皇金の妖精が標的となり、当時の王を追い立てて北上し、中立地帯を舞台に抗争が勃発した。
その戦いに巻き込まれた種族は数知れず、中でも灰エルフへの被害は特に大きかった。
抗争の決着が付いたのがアマルガム近郊の森だったため、地形が変わるほどの甚大な爪痕が今も深々と刻まれているのだ。
「あの抗争のとき、運悪くアリスさんとレアルスくんは騎士団の見習いとして遠征で中立地帯に赴いていたんですよね……」
「あぁ、あのとき彼女が負った傷と背負ったものは余りにも大きすぎる。それが今回の襲撃の原因なのやもしれぬ……」
眉間に深々と皺を刻みながら、レガウィアは先ほど騎士礼を行ったアリスの様子を思い返した。
正確にはその際に下げられていた右手、その薬指の付け根に刻まれた半円を描くような痣を。