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第4話「日常と暗躍」

「う~~~ん……! 久々に歴史の講義を聞いたけど、やっぱり面白いわね!」

「そうだね面白かったね!」

「ヴァルは途中から寝てたでしょ……」


 講義中おしゃべりなヴァルが話しかけてこなかったと思っていたが、あの短時間で居眠りしていたことにアリスは苦笑した。


「アリスさんとレアルスさんは、学院に通っていたのですよね……?」

「えぇ、そうよ。もう百年近く前かな~? ね、レアルス?」

「そうだな。お前は優秀ではあったが、おてんばが過ぎた」


 アリスが学院で勉学に励んでいた過去を振り返ると、レアルスが過去の彼女の姿を脳裏に思い浮かべたらしく瞑目していた。


「え~~なになに! アリちゃんのおてんば昔話とか、めっちゃ面白そうなんだけど!」

「だっ、ダメよレアルス! ヴァルに話したら一月は弄られ続けるわ……!」


 ニヤニヤしながらレアルスにすり寄ろうとしたヴァルの前に、焦った様子のアリスが介入して自身に関する昔話の開始を阻止した。


「だそうだ、諦めろヴァルレア」

「ちぇ~! なんとか聞き出したいなぁ……」

「ヴァル、好きな子いじめるタイプ……」

「えっ……ヴァルくんは、アリスさんのことが……」


 アリスの様子を見かねたレアルスは平坦な声でヴァルにそう勧告し、彼は悔しそうに舌を出した。


 一歩後ろを歩いていたシャルはヴァルの行動を揶揄し、天然のセレネがその言を本気で捉える。


「う~ん、まぁアリちゃんはめっちゃ美人だけど——」


 アリスを一瞥してからすすす、とセレネの元にすり寄ったヴァルは、自分より背の高い彼女を上目遣いで見上げて小さな笑みを浮かべる。


 その視線は漆黒の布と、青灰色の長い前髪に隠されている彼女の瞳を射貫いていた。


「おれはセレねーさんみたいな大人の女性が好みかな~」

「えっ、それは……えっ……!?」


 蠱惑的なヴァルの声に、セレネは頬に朱を差して動揺を露わにする。


「はぁ……セレネさんを困らせないで……」


 そんな調子のヴァルの手をシャルが引っ張り、あわあわしているセレネから引き離す。


「なんだよ~、嫉妬か~? おにいちゃん取られちゃったみたいで嫌だったのかな、可愛い妹よ!」

「ウザい……。というか双子なんだから、ほんの少し先に生まれただけでしょ……」

「ほんの少しでも先は先よ~。どう思う、アリちゃん?」


 調子の良いことばかりを並べるヴァルに対して、呆れ返ったような苦々しい表情を向けるシャル。


 そんな彼女を尻目にヴァルはアリスの方に話の水を向けた。


「ちょっとヴァル……? さっきどこ見比べて言ったのかしら……?」


 視線の先のアリスが、影のある笑みを浮かべていたことにヴァルは肝を冷やす。


 そして彼は先ほどの行動を顧みて、自分が無意識に彼女の地雷を踏み抜いていたことに気が付いた。


 すぐさま弁明を口にするヴァルだったが——


「だっ、誰も大きさのことなんて言ってないよ……?」


 焦ったあまり見事に自爆して「やっば……」と零しながら、顔面から血の気を失った。


「あーあ……」

「あ、あの……」

「……」


 シャルが半目でため息をつき、セレネがアリスとヴァル、両者の間で焦ったように視線を行き来させる。


 そしてレアルスは口も目も閉ざし、後に起こるであろう出来事を予測して呆れていた。


「ちょ~~っと用事思い出したから先行くね~……」


 ヴァルはアリスの前からゆっくりと立ち去ろうとするも、右肩をがっちりと掴まれて動きを静止させられる。


 しかし彼は肩を突き上げることで彼女の手を払い、一目散に駆け出した。


「ちょっと待ちなさい、ヴァル!!」


「胸の大きさなんて比べてないよ身長の話だよ!!」

「言ったわねぇ!!」


 そんな彼の背を追ってアリスも駆け出す。


 彼女の周囲には風が渦巻いており、魔法を行使してまで追いつこうとしていることが目に見えて分かった。


「ひぃ~~、気にしすぎだって!! 胸なんか無くてもアリちゃんは綺麗だし可愛いよ!!」

「黙りなさい、その減らず口を貫いてあげるわ!!」

「魔法はともかく仲間にそれはダメでしょ~~!!」


 腰の細剣に手をかけたアリスを見たヴァルは、足下に光の魔方陣を浮かび上がらせながら叫んだ。


 刹那、彼の身体が一瞬にして加速し、路地の彼方へと消え去った。


 それを追うように一陣の風と化したアリスも姿を消す。


「あぁ、どうしましょう……」

「いつものことだからほっとけば大丈夫だよ、セレネさん……」


 二人が去って行った方向に身体を向けながら動揺するセレネに、シャルはため息交じりの声をかける。


 そして路地の彼方から視線を切ると言葉を続けた。


「というか自分、アリスさんもまぁまぁな言いがかりだと思うんだけど……。確かに無意識に胸元見比べたヴァルが悪いけど、明言してなかったんだし自分から触れなければ良かったのに……」

「ま、まぁ人には分からないコンプレックスもありますから……。わたくしもアリスさんのように胸にコンプレックスがあるので、少しお気持ちが分かります……」


 セレネは腕を組みながら視線を自身の胸元に落とした。


 そこには足下が見通しづらいほど豊かな膨らみがあり、当人としては邪魔と思ってしまうのであろうことは端から見ても理解できなくはなかった。


 しかしその様子をシャルは虚ろな瞳で見つめる。


「……それ、アリスさんの前では絶対に言わないでね……?」

「……?」


 素でこのような発言をするからセレネという女性はたちが悪い。


 天然も度が過ぎれば反感を買うため、彼女の行動は同性である自分が見守らないと、と強く思うシャルであった。


「あの、レアルスさん……。お二人がどこかへ行ってしまいましたが、討伐報告の方はどういたしましょうか……?」

「たいした報告もないからな。三人で行っても問題ないだろう」

「ヴァルが問題児なのはいつものことだけど……。普段ちゃんとしているアリスさんも地雷踏むと問題児の仲間入りするんだよね……隊長なのに……」


 シャルは二人が去って行った方向に遠い目を向けると、彼女の隣でレアルスが口を開く。


「だから俺たちは遊撃部隊なんだろう」


 その言葉通り、彼ら【燼魔精隊グレイズ】は灰エルフの中でも特殊な位置付けにある部隊だ。


 癖のある能力の持ち主が集まっているため、どのような戦況にも対応できるように、かなり緩めの命令を下される場合が多い。


 それを独自で判断して遂行するため、命令違反に近いことを行うことも多々あるのだ。


「奔放な隊長の下で、事後処理する副隊長は大変だね……」

「……もう慣れている。それに——」


 若干言い淀んだレアルスだったが、藍色の瞳を細めてはっきりと言い切る。


「あいつが間違った判断を下したことは一度も無いからな」



   ◆ ◆ ◆



「それで、何か分かったの、ローグ?」

「あぁ、酒場で聞き込みをしてみたら、シエルが探してるっぽい灰エルフの情報を手に入れたよ」


 中立地帯に広がる森の中で、麻のフードから零れた黄金の髪をなびかせる男女が言葉を交わしている。


 否、ほんの少しだけ覗く容貌は少年少女と言うべき年齢にも見える。


 その傍らには同色の髪を有する猫背の女性と、彼女を護るように寄り添う黄金の全身鎧を纏った騎士が無言で立っていた。


 片膝を立てながら大岩に腰掛けている少女 シエルが視線で続きを促すと、ローグと呼ばれた少年は軽薄な笑みと共に説明を続けた。


「【灰被りの魔女】アリス・フォティア。【百刻ハンドレッド】世代の灰エルフで、複数属性の魔法を操るそうだよ」


 ローグはいつの間にか取り出したカードを指に挟んでおり、それを弾くことで表裏を逆転させて表面をシエルの方へと向ける。

 

 そこに描かれているのはハートのクイーンだ。


「年齢層、特徴ともにキミが探している灰エルフと共通項が多いと思うんだけど……。ビンゴかな、シエル?」


 シエルがそれを見たことを確認するや、ローグはカードを無造作に投げ飛ばした。


 それはすぐ近くで屹立する大木の幹に突き刺さって飛翔を停止する。


「えぇ……。間違いなさそうね」


 幹に突き刺さったカードに視線を遣ったシエルは、ほんの少しだけ口角を持ち上げながら返事を返した。


 そして自身の胸の前で左手の平を下方に向けると、そこに黄金の雷が迸った。


 それは即座に形を成し、シエルの手中に黄金の短剣が生成される。


 彼女はそれをすぐさま投げ放った。


 金閃の尾を引きながら短剣が向かった先は、カードが突き刺さっている大木。


 雷光を纏う短剣の切っ先がカードを斬り裂き幹に突き刺さった瞬間、雷鳴と共に大木が跡形もなく爆散した。


 カードなど即座に焼尽されてしまっている。


 大木自体も根元を残して焼け焦げ、大きく傾いで大地に向かって倒れ始めた。


「さて、じゃあその灰被りが出て来るまで暴れましょうか……」


 大木が大地に叩きつけられると同時に、シエルは大岩から飛び降りた。


 大木の落下が引き起こした震撼によって、他の木々に止まっていた小鳥や動物たちが我先にと逃げ去っていく。


 否、その理由は揺れだけではなく、シエルが全身から放出している雷も寄与していたかもしれない。


 大岩から降りて歩を進めたシエルの背後にローグが追随し、その後ろに猫背の女性と黄金の全身鎧を纏った騎士が続いた。

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