第33話「十一妖精の統王」
何色もの魔力結晶が寄り集まって出来た、天を穿つ虹色の巨塔。
しかしそれは所々から同色の枝を伸ばしており、魔力結晶に覆われた大樹であることが見て取れた。
ここは【幻虹の妖精】の首都 アイリスゲート。
そして天を衝く巨塔の如き大樹は彼らの聖大樹だ。
その内部、高天といって差し支えのない高さに位置する一室。
床も壁も天井も虹色の魔力結晶で形成された趣味の悪い部屋に、無貌の人影が一人立っていた。
それは輪郭のみがぼんやりと象られており、笑みを浮かべているのか剥き出しにされた歯だけがはっきりと見えた。
「と言うわけで、想定していた最悪のパターンで終わっちゃったよ」
その無貌の人影、アルクスはヘラヘラという表現が合う声音で語った。
視線の先(正確には双眸がないので歯を剥き出しにした口の正面)には巨大な玉座があり、そこに人影が鎮座していた。
しかし鳩尾の下あたりまで極光の幕がかかっており、相貌はおろか性別さえ判別出来ない。
「アリス・フォティアが勝ったけど、シエル・アルムレクスも健在。【正義の大天使】の力は未だ二つに分かれた状態だ」
アルクスの視線の先の人物は微動だにせず、彼の言葉を聞き続けている。
「まったく、彼は面倒なことをしてくれたものだよね。【天護者】の力を他種族に分け与えるなんて、完全に嫌がらせだよ」
その出来事が示すのは五八年前、アリスに守護天使の力を授けた者。
つまりシエルの兄 エヴァロム・アルムレクスの行動であった。
「ひー、ふー、みー……。あとキミが手を下していない種族の天護者は力が分割されている金。そして魔力結晶に閉じ籠もってる灰」
アルクスは足下を見下ろしながら、そこに描かれた巨大な地図の上を歩き回った。
そして灰燼の妖精を示す北北東に位置する灰色の円形の窪みと、皇金の妖精を示す南寄りの中央にある金色の円形の窪みをつま先らしき部分で叩いた。
他の窪みには対応する色の球体がはめ込まれており、うっすらと燐光を放っていた。
「この【妖精の箱庭】が生まれ、種族が十一に分断されてしまってからキミが望み続けた悲願。
【十一妖精の統王】に至るまであと少しだっていうのに、ここに来て面倒なことになったね……」
一方的にペラペラと喋り続けるアルクスに痺れを切らしたように、玉座に座る人物はおもむろに立ち上がる。そしてその裏側へと向かっていった。
アルクスはその先に、首都の南を見渡すことが出来る窓があることを知っている。
そしてそこから見えるのは幻虹の妖精の危険域【断絶の虹橋】だ。
それは半ばから両断されたような虹の大橋で、それより南と橋の東西には【虚無の妖精】の危険域【絶界】が広がっているのみ。
絶界は踏み入れば存在が消失して誰の記憶からも消え去ると言われているが、踏み入れた者は忘却されるため定かな情報ではない。
断絶の虹橋は時代を経るにつれて虹の色の数が増えており、現在は九つの色で形成されている。
加えて色が増えるごとに橋の長さも伸びており、いつかどこかに架かるのではないかと言われている。
アルクスの視線の先にいる人物はこの部屋から橋を眺めることが好きだった。
窓枠に頬杖を付き、楽しげにしているということが後ろ姿からも伝わってきた。
「十一妖精の統王へのピース……。そろそろ本気で獲りに行くかい、我が君?」
その問いかけにアルクスの視線の先の人物は言葉を返すことは無かった。
この人物こそ幻虹の妖精の天護者であり絶対的な王。
妖精の箱庭の開闢から生き続け、エルフたちが十一に分かたれる光景さえ目の当たりにしている。
そんな超越者は橋を眺めながら口元にほんの少しだけ微笑を称えた。
◆ ◆ ◆
妖精歴一八一三三年、黒の月。
シエル・アルムレクスとの激戦から一ヶ月が経過しており、他種族との小競り合いはあるものの、【灰燼の妖精】は比較的平穏な日々を過ごしていた。
しかしそんな中で唯一、あの戦いの前より厳しい日々を送っている少女がいた。
「もう、むり……」
灰を被ったようなグラデーションがかった美しい灰髪を幽鬼のように揺らしながら、少女は聖大樹内部の螺旋階段を登っている。
彼女の名はアリス・フォティア。
齢一三三歳にして奇特な運命を背負ってしまった灰燼の妖精の少女だ。
彼女は五八年前に命を落としかけ、【皇金の妖精】の青年に救われた。
しかしその際に【正義の大天使】の力を半分譲渡されたことで、その力を宿すこととなってしまったのだ。
それゆえに守護天使の正当後継者である金エルフ、シエル・アルムレクスに命を狙われ、魂を燃やすような死闘を余儀なくされてしまった。
そのうえ【半天護者】として覚醒した彼女は現状、灰燼の妖精の切り札であるため、抗争直後から種族をあげての鍛錬が行われていた。
その疲労のため、髪を揺り動かしながら幽鬼のように階段を登っているのだった。
「やっとついた……」
アリスがふらふらと目指していたのは大食堂だった。
疲労困憊で、なんならこのまま床で寝ることだって出来る。
だが空腹状態で眠ったら回復の効率が悪いため、何かを胃に入れたいと思いここまで必死に登ってきたのだ。
木製の扉を寄りかかるようにして開けると、中には夕食を摂る同族たちがまばらに席を取っていた。
「お~い、アリちゃん! こっちこっち!」
声のした方に視線を遣ると、そこには馴染みのある面々が夕食を摂っており、アリスはそちらに向かってとぼとぼと歩いて行った。
【燼魔精隊】。彼女が隊長を務める部隊で、能力に一癖も二癖もある者たちの集まりだ。
「あ、アリスさん、肩お貸ししますね……」
牛歩の如き歩みの彼女を見かねたように、青灰色の髪と漆黒の紗で双眸を隠した美女 セレネ・アヴロスがアリスに肩を貸した。
「あ、ありがと、セレ——」
しかしアリスは自身の身体に当たる柔らかくも巨大な何かを理解するや、目を見開いた。
そして自身の胸元を見下ろしてがっくりと項垂れた。
「どっ、どうされましたか、アリスさん……!?」
驚異の格差、否、胸囲の格差を目の当たりにしたアリスは疲労ではない精神的ダメージを無駄に負ってしまった。
「アリちゃんってやっぱ馬鹿だと思うんだけど、シャルはどう?」
「……否めない」
その情けない隊長の姿を見た双子、ヴァルレア・ルディスとシャルリア・ルディスは顔を見合わせて苦々しい表情を浮かべている。
軽薄な兄と感情に乏しい妹は、珍しく意見が合致していた。
「まぁまぁアリちゃん、これ食べて元気出しなよ」
「ありが……。ちなみになにこれ?」
木製の長机の上で今にも溶け出しそうな状態だったアリスに、ヴァルは木製の大皿を差し出した。
そこには白身魚にタレを付けて焼いたようなおいしそうな料理が載っている。
ありがたく受け取ろうとしたアリスだったが、ふと思い立って問いかけてみた。
「え、蛇の蒲焼き」
「…………」
「そんな顔しなくても」
ヴァルの返答に盛大に顔を歪めたアリスは、差し出された大皿をそっと押し返した。
「はいアリスさん、これ食べて」
すると見かねたシャルがいくつかの皿やコップを差し出してくれた。
それは芋を中心とした料理で、色彩には欠けるが栄養価は高いメニューだった。
「シャル……。ヴァルと双子なのに貴女はまともよね……」
眉を八の字に曲げながら料理を受け取ったアリス。
そしてしみじみしたように呟くや、おいしそうな料理や飲み物を口に運び始めた。
余りの疲労に情緒さえ不安定である。
「それでアリス、鍛錬の方はどうなんだ?」
そんなアリスの横の椅子に腰掛けた青年 レアルス・グリーヴァは、中身を飲み干した木製のコップを卓上に置くと抑揚の無い声音で問いかけた。
「むり、しぬ」
「俺が聞いているのは進捗だ」
語彙力さえ失っているアリスの返答に、レアルスはこめかみに手を当てながらため息をついた。
そんな彼の腕を掴んで抱き寄せ、彼女は必死に訴え始める。
「だって毎日毎日、団長・副団長たちをたらい回しにされてるのよ!? こんあぼろぼろになって、わたし、がんばっへるのに……」
「まさか……!」
過剰なスキンシップと赤らんだ顔から異常を察知したレアルスは、卓上に置かれているコップに視線を遣りながら他の面々に問いかけた。
「俺の前にあった酒をアリスについだな……?」
「あ、ごめんなさい……、普通の飲み物だと思って……」
その問いに答えたはシャルは、申し訳なさそうに目を伏せながら手を上げていた。
「はぁ……」
「ねぇれあるす、きいてるの!? もうっ、きいてくれないなら~ほかのひとにきいてもらうんだかあ~」
「ひゃっ……! アリスさん、そんなに抱きつかないでください~……!」
額に手を当ててため息をついたレアルスが構ってくれないと判断するや、アリスは左隣のセレネにしなだれかかって抱きついた。
見ての通り、アリス・フォティアは絶望的なほど酒に弱く、かつ酒癖が悪かった。
「せれねは~、やわらかくていいにおいよね~……」
「どっ、どこ触ってるんですか……!?」
「でも、ちょっとやわらかすぎよっ! なんでこんなにおっきいのよ~! わたしのごばいくらいあるでしょ、これ~~~!!」
酔っ払いによってセレネの豊かな双丘が蹂躙されていく。
それに顔を紅潮させながら抵抗するセレネは、やっとの思いでアリスを身体から引き剥がした。
「みんあわたしにかまってくれない……。こんなにがんばっへるのに、どうして~……」
「あ、アリスさん、水飲んで……」
セレネに拒絶されたアリスは机に突っ伏して泣き始めた。
あまりの醜態に対面に座っていたシャルが水の入ったコップを彼女に差し出したのだ。
「みずぅ~? あははは! わたしまだよってないのに、みずなんていらないわよ~~!」
差し出されたコップに指を突っ込んで遊び始めたアリスに、シャルはドン引きといった様子で顔を引きつらせていた。
「というか、しゃるもいがいとあるわよね……」
机から顔を上げたアリスは据わった目でシャルを見上げた。
——否、正確にはほどよく主張する彼女の胸部を、だ。
身の危険を察知したシャルは一瞬で、文字通りヴァルの影に入り込んで姿を消した。
「ちょいちょいちょい! 逃げんなってシャル!」
「いや、ちょっと貞操の危機を感じる眼だったから……」
自身の影に叫んだヴァルに、シャルは声だけで応じた。
「あえ、しゃるいなくなった……? あなたはしゃるじゃなくて、ばる!」
据わった眼をヴァルに移したアリスは、段々とその表情に怒りを滲ませる。
「ばる……ばるはいつも、わたしをばかにしえる……」
「いやしてないでしょ!?」
「おんなはわかるのよ! いっつもせれねとか、ほかのひととみくらべてるの、ばれてるんだから!!」
もう手が付けられない状態のアリスは、自身の薄い胸に手を当てながら声を荒げた。
その言葉にぎくりとしたヴァルだったが、それを隠すためにすぐさま言葉を返した。
「アリちゃん、酔うとおっぱいの話ばっかだね!?」
「らっへ、うらやましいんだもの~~!! おっぱいいかでわるかったわね!!!」
「そんなこと言ってなくない!? てか以下ってなに!?」
アリスは声を荒げながら泣き喚いている。その姿にさしものヴァルもドン引きであった。
「わたしだって、いちおうあるんだから……!」
泣き上戸、笑い上戸、怒り上戸。
そしてアリスはもう一つ、最悪な酒癖があった。
「みてなさい、ばる!!」
「バカバカバカ! なにしてんのさ!」
アリスは長机の上に飛び乗ると、自身の服の裾に手をかけ、一気にまくり上げようとした。
しかし肌が露わになる直前、アリスの全身を青みがかった鏡氷の球体が覆い隠した。
それによって彼女の姿は外界から遮断され、誰の眼にも映らない状態となった。
脱ぎ上戸。
自身の身体にコンプレックスを抱えているくせに、酔いが回るとなぜか脱ぎ出すのだ。
彼女は灰燼の妖精の中でも特異な四属性の魔法を使える唯一の存在だが、奇しくも酒癖もそれと同じ数だけあるのだ。
「あえ~~~? だれもいなくなっちゃった? ていうかわたしがいっぱいいるんだけど、あはは! なにこえ~~?」
「これが俺たちの隊長で、切り札だと思うと頭が痛い……」
「「ホントにね……」」
レアルスが頭痛を堪えるようにこめかみを押さえ、影から出てきたシャルがヴァルと呆れ声を重ねた。
「ま、まぁお酒さえ与えなければ……」
その横でセレネが汗を浮かべながら苦笑いを浮かべた。




