第27話「正解不正解」
一方、【灼燼の灰域】南方。
「お前、他種族の魔法を使えるだけじゃなく、個人の魔法まで模倣できるのか……」
「ご名答、魔法の仕組みが分かれば大体できるよ」
短剣を手中でくるくると回し、ローグは不敵な笑みを浮かべながら語った。
その短剣は纏っていた蒼の燐光が消失し、常の状態へと戻る。
それはつまり【蒼海の妖精】由来の魔法、つまりレアルスが宿す他種族の力を模倣していたということだ。
「つくづく面倒な能力だな……」
レアルスは魔杖を握る右手の二の腕から血を零しながら舌打ちをした。
彼は先ほどローグの背後から氷柱を放ち、身体の中央を穿ったはずだった。
だが彼は鏡のように砕け散って姿を消し、瞬時にレアルスの背後を取って斬り付けてきたのだ。
予兆なく行われた反撃にレアルスは即応したものの、刃ではなく放たれた鏡の氷柱によって二の腕を斬り裂かれてしまった。
「使ってる方も面倒で困るんだ。頭使うんだよね、これ」
ローグは弄んでいた短剣を右手の甲で弾き、回転しながら落ちてきたそれを逆手で掴んだ。
そして左手の指にはいつの間にか一枚のカードを挟んでいる。
「キミを潰しておかないと、今後オレたちの障害になりそうだ」
左手で弾いたカードは赤々とした炎をあげて燃焼し、短剣に同色の燐光を灯す。
レアルスは魔杖を構えて背後に鏡の氷柱を精製しながら、ローグの能力を反芻していた。
彼の能力は宣言した紙片の種類によって、他種族の魔法を自身や得物である短剣に纏わせるというものだろう。
その変幻自在な魔法の扱いに加え、彼の飄々とした独特な剣技によって対応が難化している。
だが仕組みを理解していれば対処は難しくはないとレアルスは推測していた。
「キミさ、もうオレの能力を解き明かし始めてるよね? 困るなぁ、頭の切れるやつ相手にするとすぐこれだ」
地面を蹴り付け、幾度も方向転換しながら駆けてくるローグにレアルスは氷柱による射撃を行っている。
しかしその読みにくい軌道によってなかなか当てることが出来ない。
そして命中の軌道に乗った氷柱は、短剣による斬撃によって打ち砕かれる。
その際、ローグは鏡氷の魔力反射の対策として炎は最小限に、物理攻撃として短剣を振るっていた。
「潰れろ……」
しかしローグが氷柱に対応した瞬間、いつの間にか上空に展開していた魔法陣から氷の大槌が放たれる。
「【無声詠唱】、厄介すぎるなぁ!!」
頭上からの威圧感を感じ取ったローグは短剣を振るい、赤炎の爆流を氷の大槌へと放った。
それにより大槌は大きく跳ね上げられ、その間にローグはレアルスとの間合いを詰めた。
ローグの能力は場合によって魔法を使い分けられるため汎用性が高いものの、扱える魔力に上限があるらしい。
そのため大槌を弾くためにかなり魔力を使用したことで、すでに短剣から赤い燐光は失われている。
「それに対応するお前もたいがいだろう」
魔法反射の特性を有するレアルスの鏡氷を砕くには守護天使や悪魔の力、もしくは【燼炎】による攻撃が必要となる。
しかし弾く程度であれば、氷に込められた魔力と同等以上の魔法をぶつければ可能であるのだ。
ただ、それを見極めるのは至難の技で、ローグが類い希な戦闘センスを有している証左でもある。
「【第七の紙片】」
間合いを詰めてきたローグは短剣に黄緑色の燐光を灯しており、【颯碧の妖精】由来の魔法を纏ったと推測した。
そして魔杖で刃を弾き、反撃に転じようとしたのだが——
「不正解」
ローグの短剣が魔杖の柄に触れた瞬間、彼は口端を裂いて笑う。
そして短剣が纏っている燐光が黄緑色から橙色へと変化した。
刹那、レアルスへの一撃が凄まじい重撃と化し、彼の身体を地面へと大きく沈み込ませた。
「ぐッ……!?」
想定していた種類の攻撃ではなかったため、レアルスは虚を突かれる形で衝撃を受けたのだ。
しかしすぐさま氷柱を放つことでローグに回避行動を取らせ、短剣の凄まじい重さから解放された。
「目に見えるものだけが真実じゃないんだよ」
重撃に驚愕していたレアルスを嘲笑うように、ローグは身体を回転させて追撃として回し蹴りを放ってきた。
短剣に橙色の燐光が灯っていることから、彼の攻撃には【橙礫の妖精】由来の魔法が宿っており、先ほどの斬り付けと同等の威力が込められているのだろう。
「がっは……!!」
咄嗟に魔杖を自身の腹部と蹴りの間に割り込ませるも、防御ごと凄まじい一撃が彼を打ち抜いた。
それによって彼の身体が後方に吹き飛び、地面を数度跳ねたところで魔杖の石突きを地面に突き立ててなんとか体勢を立て直した。
「ごほっ……」
レアルスは地面に叩き付けられたことで全身灰に塗れ、咳き込むと共に吐血した。
先ほどの一撃で内臓にダメージを負ったのだろう。
「さぁ、これでまた分からなくなっただろう? オレのショー、まだ楽しんでくれよ?」
両手を広げて大仰に語るローグに、レアルスは口の端を歪めて魔杖を向けた。
瞬間、ローグの足下から鏡氷の剣山が発生し、天を衝く。
だが彼はそれを見越していたかのように全身に雷を纏い、剣山の攻撃範囲から離脱していた。
「ほら、今度は雷だ」
雷光の如き速度で迫ってきたローグは、短剣に黄金の燐光を纏わせながら高速の刺突を放ってきた。
【皇金の妖精】である彼は、その力だけはカードを介さずに行使できるらしい。
「……」
それをしっかりと観察しつつ、自身の前方に鏡氷の盾を形成した。
それによってローグの短剣は防がれ、迸る黄金の雷が魔法反射の特性によって彼にそっくりそのまま返された。
「……正解」
首を捻ることで雷光を躱したローグだったが、頬を浅く切り裂かれていた。
しかしすぐさまカードを出現させ、今度は蒼色の燐光を短剣に纏わせる。
光の色からして蒼海の妖精由来の魔法による攻撃だろうが、先ほど魔法を反射されたばかりで同じ轍を踏むわけがない。
ゆえにこれは虚偽。
レアルスはそう考えながら魔杖に灰炎を纏わせ、袈裟斬りに振るわれた短剣に向かって振り上げた。
両者が激突する瞬間、短剣が纏っていた蒼色の燐光が灰色へと変わり、灰炎を纏う斬撃としてレアルスに襲いかかった。
しかしレアルスの方も灰炎を纏った攻撃を放っていたため、互いの一撃が相殺された。
「驚いた、ほんの数回で対応されたのは初めてだよ」
攻撃の相殺によって互いに後方に押し飛ばされた二人は、再び間合いを取って向き合っていた。
「お前は魔法を誤認させることが出来る、違うか?」
「まぁそうだね。ただ、そういうことも出来るけど、能力の本質はそこじゃない。この短時間でオレの能力の真価に対応したご褒美として教えてあげるよ」
短剣を自身の顔の前に持ってきて、小さな笑みを浮かべたローグは言葉を続ける。
「オレの能力は他種属の魔法を模倣し、自身や武器に纏わせる。それに加えてキミの言うとおり敵にそれを誤認させることも可能だ」
そこまではレアルスも推測できた。
しかしローグの言葉にはまだ続きがあるようで、レアルスは口を噤んだまま彼の言葉を待った。
「そして模倣した力を宣言し、それが真実であれば威力が上昇し、虚偽であれば攻撃の寸前に他の魔法に置き換わる」
その説明を受けたレアルスは先ほど颯碧の妖精由来の魔法と認識していたものが橙礫の妖精由来の魔法だった現象に納得がいった。
あのときローグは虚偽の宣言を行い、攻撃の直前に本来纏っている属性で攻撃してきたのだ。
「どうだい、面倒な力だろう?」
「……確かに面倒この上ない能力だな。敵にとっても自分にとっても、これほど扱いにくい能力もないだろう」
「分かってくれるかい? この力を使いこなすのにどれほどの努力が必要だったか……」
苦笑を浮かべながら肩を竦めるローグを無視して、レアルスは魔杖を身体の正面に構えた。
その瞬間、凄まじい魔力が彼を中心に巻き起こり、蒼の魔法陣が地面の広範囲に浮かび上がった。
「戦いの最中、お前は常に頭を回しているんだろう? 奇しくも同じように考えて戦う俺にとって、相性が最悪だったらしい」
「そうだね、考えて戦わないとどうにもならないし、逆に頭を捻ってくれる相手には効果抜群なんだ」
軽口を叩きながらも周囲に渦巻いている高密度の魔力に冷や汗を浮かべるローグは、右手の短剣をしっかりと構えてレアルスの出方を窺っていた。
「だったら俺も、考えるのをやめよう」
鼻で笑ったレアルスが魔杖の石突きで地面を叩くと、広範囲に広がった魔法陣が放つ蒼色の光が強まっていき、やがて二人の視界を塗り潰した。
「……これは、結界?」
やがて光が収まりローグの視界に現れたのは半球の形をした蒼色の結界であった。
それはレアルスとローグを囲んであまりある大きさで、かなりの魔力が込められていると直感した。
「あぁ、内外の物を拒絶する鏡氷の結界だ」
「ふ~ん……。でもこんな結界なんて——」
「言っておくが燼炎でもこの結界は壊せないぞ。魔法反射の鏡氷に燼炎を纏わせているからな」
「なるほどね。でもこんなものの中に閉じこもっても、不利になるのは魔道士のキミなんじゃないの?」
嘲笑を向けられたレアルスは指先で十字を切り、魔杖を格納魔法の別空間へと放った。
そして両の手中に鏡氷の双剣を生成する。
「キミ、一通り習ったとかそんなレベルじゃないでしょ……?」
「やってみれば分かるさ」
双剣を握って両腕を左右に開いたレアルスが放つ威圧感に、ローグは苦笑いを浮かべながら冷や汗を流した。




