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第25話「正義の大天使」

 【灼燼しゃくじん灰域はいいき】南東。

 【蒼海の妖精(ケセド)】との領域境付近。


 茫漠たる灰の荒野にシエルとローグはいた。


「けほっごほっ! 灰エルフの危険域、煙すぎるでしょ……」

「ホント可哀想な土地に住んでるわよね」


 舞い上がる灰の粉塵にせき込むローグを横目に、シエルは何も無い灰色の荒野を見渡してため息をついた。


 そんな彼女たちを突如として影が覆い尽くし、視界を埋めつくすほど巨大な象型の精隷獣せいれいじゅうがその長い鼻を叩きつけてきた。



「邪魔」



 それを一瞥さえせず、シエルは手中に作り上げた雷剣を振り上げることで根元から鼻を両断する。


 精隷獣せいれいじゅうは絶叫を上げる暇もなく返す刀で巨体を真っ二つに裂かれ、漆黒の塵と化して消滅した。


「それに精隷獣せいれいじゅうも無駄に多いわね……」


 二人の周囲には普通の灰よりも黒みがかったそれが大量に降り積もっていた。


 それはつまり精隷獣せいれいじゅうの成れの果てであり、彼らが襲い来る個体を倒し続けている証左でもある。


「彼女、本当に来るかな?」

「あのお人好し灰被りなら来ると思うわ」

「でも流石に一人では来ないんじゃない? あの魔道士のイケメンがさせないでしょ」


 ローグは先日の戦いで、自身が相対したレアルスの仏頂面を思い浮かべながら苦笑した。


 レアルスの洞察力や判断力は卓越しており、【燼魔精隊グレイズ】の頭脳は彼だとローグは確信していた。


「……噂をすれば、ね」


 ローグに対して言葉を返そうとしたシエルは、しかし遠方から迫る気配を察知したことでそちらに振り返る。


 そして手中に黄金の稲妻を迸らせ、好戦的な笑みを浮かべた。




 何も無い荒野で魔力探知を行ったアリスは高い魔力を宿す二つの存在を認めた。


 それが精隷獣せいれいじゅうではないことは明白であったため、そちらに向かってグリーズヴォルフを加速させる。


 そして二つの人影を認めた瞬間、彼方で雷光が瞬いた。


「っっ……!!」


 アリスはその瞬間に格納魔法を展開して鈍色の細剣を抜き去り、正面から飛来した雷槍を弾いた。


 軌道を逸らされたそれは、灰が降り積もる大地を穿って爆散させる。

 それによってアリスの背後にもうもうと灰煙が立ち上った。


「ようやく来たわね、灰被り」


 アリスが前方に向き直った瞬間、眼前で雷が閃き、そこに口端を持ち上げて笑うシエル・アルムレクスが姿を現した。


「随分な挨拶じゃない? 約束を守ってここに来たっていうのに」

「はっ! アタシは一人で来いって言ったわよね? しっかり男連れてきてるじゃない!」


 シエルはアリスの右後方に雷弾を撃ち放った。


 すると何も無い空間に激突して弾けると、そこに六角形の鏡が寄り集まった球体が出現した。


 解けるように球体が消えていくと、そこでは仏頂面のレアルスが魔杖を構えていた。


「貴方も連れてきているじゃない、おあいこでしょう?」

「はっ! 口の減らない灰被りね!」


 アリスはシエルの背後に歩み寄ってきたローグに目を遣ると、口元に笑みを浮かべる。


「え、オレがシエルの男に見えるかい? うれしいなぁ」

「アンタも口を開かなくて良いわよ」


 アリスの言葉になんだか嬉しそうなローグに振り返ったシエルは、吐き捨てるように言う。


 冷たい彼女にローグは肩を竦めておどけてみせた。


「それで、シャルの呪法を解く気なんてそもそも無いのよね?」

「お前が本当に一人で来れば解いてやったわよ。けど条件を無視したんだから約束はもう無効」


 シエルはため息を吐いた後、鋭い眼光でアリスを睨み付けた。


「そう、なら仕方ないわね。自発的に解いてもらわなくても、私が貴方を倒してシャルの呪いを消す……!」

「やれるもんならやってみなさい。今度こそお前を殺して【正義の大天使(ミカエル)】の力を取り戻す!」


 鈍色の細剣を構えたアリスに対してシエルは哄笑を浮かべ、指先で十字を切った。

 そして黄金の空間の歪みから稲妻の宝剣を引き抜く。


「レアルス、お願い!」


 その声に応えるようにレアルスが魔杖の石突きで大地を叩いた。


 するとそこを中心として青みがかった光を放つ魔方陣が展開され、アリスとシエルの身体を六角形の鏡で形成された球体が包み込んだ。


「……アリス、必ず倒してこい」

「まかせなさい……!」


 半透明の鏡越しに笑みを返したアリスは瞬きの後、シエルと共にその場から消えた。



「キミの能力、本当に厄介だね。まぁシエルがその気になれば壊せたんだろうけど、彼女もサシでやりたいみたいだからね」

「そうだな、アリスも頑なに一対一で決着を付けようとしていた。お互い我の強い女の世話を焼くのは大変だな」

「まぁオレは嫌いじゃないよ、シエルに振り回されるの。キミも同類の匂いがするんだけど?」

「お前と一緒にするな。俺は単なる腐れ縁だ」


 ローグの言葉にレアルスは眼を細めて否定の意を、魔杖を構えることで戦意を示す。

 それと同時に南の方角から雷鳴が轟いた。


「向こうも始まったみたいだし、こっちも始めようか」

「悪いがもう終わりだ」


 返答代わりに魔杖の先端から放たれた鏡の氷柱を、ローグは短剣で弾こうとした。


 しかしそれは幻のように掻き消え、次の瞬間には彼を背中から串刺しにしていた。


「え……?」


 目を見開いたローグは、自身の胸から突き出ている鋭利な氷柱を呆然と見下ろすことしか出来なかった。



   ◆ ◆ ◆



 黄金の雷撃が大気を焼き、翠の烈風が駆け抜ける。


 稲妻の宝剣と鈍色の細剣がぶつかり合って火花を散らす。


 そのたびにアリスとシエルの身体は弾かれるように逆方向へ吹き飛んでいた。


「性懲りもなく、無策のまま来たわけじゃないわよね?」


 後方に吹き飛んでいたシエルは背の右側に広がる三枚の金翼を羽ばたかせ、体勢を立て直しながら口端を持ち上げた。


 彼女はすでに【天護者ファヴロス】としての力を解放している。


 対するアリスは地面を滑りながら細剣を地面に突き刺し、勢いを殺した。


「口数が多いわね。そんな余裕かましてると、また私を殺せないわよ?」

「あれだけ惨敗しといてよくそんな口が叩けるわね、灰被り!」


 挑発されたシエルは哄笑を浮かべながら稲妻の宝剣を横薙ぎに振るった。


 するとそれが纏っていた雷に漆黒が混じり、バチバチと弾け始めた。


「そんなに死にたいのなら、最初から全力で叩き潰してあげるわ……!!」


 黄金の雷に混じっていた漆黒が色彩を侵蝕していき、やがて黒雷と化して稲妻の宝剣から迸る。


「来い——」


 そしてそれを地面に突き立てながら、シエルは地を這うような声音で呟いた。



「【醜悪の悪魔(ベルフェゴール)】……!」



 彼女の足下に漆黒の魔方陣が展開され、そこから黒雷が溢れだした。


 全身に迸るそれによって背中に揺らめく三枚の金翼が徐々に漆黒に染まり、右手に携える稲妻の宝剣も黒き刃と化す。


「消えろ、灰被り……!」


 黒雷を纏う宝剣を振り上げると、真上に伸びた雷柱が天に浮かぶ雲を穿つ。


 それは雷の柱によって刀身が延伸されたような状態になっているため、間合いを無視してアリスに向けて振り下ろされた。


「お断りよっ!」


 真正面から迫り来る極大の黒刃を認めるや、アリスは全身に黄金の雷を纏って加速した。


 刃の軌道上で、それがもたらす威力を計算して彼女は左方へ跳躍した。


 雷を纏う高速の移動によって数十エトルは刃から離れ、そのまま直角にシエルに向かって駆け出した。


「これなら躱せないだろ?」


 しかしシエルは刃が地面を両断する直前に手首を捻り、アリスが駆けている方向に宝剣を横薙ぎにした。


 それに伴って極大の黒刃がアリスの視界右側を塗り潰す。


「躱さないから構わないわ」


 自身に刃が迫り来ることを認識したアリスは、急制動をかけてその場に立ち止まった。


 それによって大地に降り積もっていた灰が巻き上げられ、周囲に灰煙が満ちて彼女の姿を覆い隠す。


 その煙幕の中でアリスはそっと眼を閉じた。

 そして左眼に手をかざしながら全身に黄金の雷を纏う。


「力を貸して——」


 アリスのその言葉に、彼女の頭の中に答えが返った。


 ——承諾する。アリス・フォティア。


 男とも女とも付かない不思議な声音を聞いたアリスは、口元に笑みを称えながらゆっくりと瞼を持ち上げる。


 その双眸は右眼が灰色、左眼が黄金に染まっていた。



「【正義の大天使(ミカエル)】!!!」



 叫び声と共に灰煙の幕が内側から吹き飛び、黄金の豪雷と灰色の魔炎が拡散するように解き放たれた。


 直後、その中心にいるであろうアリスの元に極大の黒刃が激突した。


「っ……!!」


 しかしシエルはその手応えに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。


 そして黄雷と灰炎が収束して姿を現したアリスの姿に瞠目した。


 彼女は燃え盛る灰色の炎と迸る黄雷で刀身が覆い隠された細剣を縦に構え、極大の黒刃を受け止めていたのだ。


 針のような細剣で数十エトルはある黒刃を受け止めていることも驚嘆に値するが、真の意味でシエルが瞠目した理由は彼女の姿にあった。


「お前、その姿……」


 シエルの視線の先でアリスが細剣を振り抜き、延伸された黒刃を打ち砕く。


 そしてアリスは横手に振り抜いた細剣を引き絞って構え直し、背中の翼を羽ばたかせた。


 シエルとは対照的に今のアリスは背の左側に黄金の翼を携えている。


 彼女はグラデーションがかった灰髪を風に靡かせ、シエルとの間合いを一気に飛ばした。


「しっっ……!!」


 そして黄雷と灰炎を纏う細剣を霞むような速度で突き出した。


 延伸した刃を砕かれたシエルは通常の長さとなった黒雷の宝剣でそれを迎え撃つ。


 刹那、黄雷纏いし灰炎と漆黒の雷が衝突し、二人を中心とした地面に放射状の亀裂を生じさせた。


「ちっ……! 偶然手に入れた力で粋がるんじゃないわよ、灰被りが!!」

「本当は貴方に継承されるはずだった力だけど、その一部はいま私の中にある……」


 激声と共にシエルが剣に込める力が跳ね上がり、アリスの細剣が押し込まれていく。


 しかしさらなる力が加わった瞬間、アリスは身体を回転させて黒刃をいなした。


「私の大切なものを護るためなら——」


 そしてシエルの懐に潜り込み、地を這うようにしゃがんだ状態から引き絞った細剣を突き上げた。


「どんな力だって使うわ!!」


 剣を弾かれたシエルはそれを強引に引き戻してアリスを斬り付けようとするも、突きの速度の方が一手早かった。


「がっ……!!」


 灰炎を纏う細剣はシエルの右肩を刺し穿ち、三枚ある中央の黒翼までをも貫いた。


 穿たれた翼はすぐさま黒雷と化して周囲に拡散し、残る翼が上下の二枚となった。


「ざっけんな、くそがっっ!!」


 シエルは金の双眸を血走らせながら翼を羽ばたかせることで後方に跳躍する。


 そして突き刺さった細剣を自身の身体から抜き去った。


 切っ先が完全に抜けた瞬間、彼女は黒雷を纏う宝剣を振り下ろす。


 それは彼女の憤怒を体現したかのようなひときわ激しい黒雷を纏っており、アリスは咄嗟に細剣を地面と水平に構えた。


「ぐっ……ぅ……!」


 力任せに叩き付けられたそれを受け止めたアリスだったが、あまりの威力に地面に足が陥没し、迸る黒雷に腕や足を焼かれて呻き声を上げた。


「ぶっ潰れろ、雑魚がっ!!」


 押し潰すかのように込められた力をなんとか前方に逃がしたアリスだったが、細剣を構えていた右腕を浅く斬り裂かれる。


 そして地面に叩き付けられた黒雷の宝剣がもたらした衝撃に巻き込まれ、後方へ吹き飛んだ。


「まだっ……!!」


 しかしアリスは地面を足で削りながら強引に停止し、全身に黄金の雷を纏って再び加速した。


 右腕から血の尾を引きながらも、剣を振り下ろした体勢のシエルに驀進する。


 想定よりも遙かに早い攻勢への復帰に、彼女は眼を見開いて驚いていた。


 早々に決着をつけなければ不利になるのは自分の方だ、とアリスは理解していた。


 それゆえに自身が息つく間さえ惜しんで再び攻勢に転じたのだ。


 宝剣の叩き付けによって割り砕かれた地面の破片が宙を舞う中、半ば稲妻そのものと化したアリスが縫うようにシエルへと迫った。


「叩き斬ってやるよっ!!」


 真正面から迫り来るアリスを認めたシエルは口端を裂き、宝剣による斬り上げを放った。


 黒刃がアリスを捉えたと認識した直後、彼女の全身が雷と化して瞬き、姿を消す。

 そしてシエルの背後でバチン!と雷光が弾けた。


「はあっ!!」


 剣を空振って隙が生じたシエルの背に、アリスが刀身を爆発的に燃え上がらせた細剣で斬りかかる。


 千載一遇の好機。


 アリスはこの一刀を以て、シエルの背に広がる二枚の翼を斬り裂こうとしていた。

 しかし——


「ぐっ……!」


 刃が翼に到達する直前、アリスの身体がぐらりとふらつく。


 そして軌道がぶれた細剣は虚空を斬り裂き、地面に疵を刻むに留まった。


 直後、アリスの背に広がる三枚の金翼の内、中央の一翼が黄金の雷と化して拡散してしまう。


「がっ、はっ……!」


 その隙を逃すまいと放たれたシエルの回し蹴りがアリスの腹部にたたき込まれ、彼女は為す術も無く彼方へと吹き飛ばされた。


 地面を何度も跳ね、降り積もる灰を巻き上げながらアリスはようやく停止した。

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