第19話「クリフォト」
「彼女、シエル・アルムレクスの雷は魔法を炭化させる性質を有していました。
確か皇金の妖精の固有魔法は磁力を伴う雷……。ですが彼女のそれは明らかに異質な感じでした」
魔法の悉くを炭化させられた経験から、シエルの雷が異端であることを語るアリス。
その言葉に同じ場所で戦っていた【燼魔精隊】の面々が小さく頷く。
「そして彼女が宿す守護天使【正義の大天使】の力は凄まじいものでした……。もしかしたら魔力を炭化させるのは守護天使の力の一端かもしれません」
アリスの言葉にこの場の面々が納得したような表情を浮かべる。
「覚醒した彼女が放った攻撃は、元々の魔力を何十倍にも膨れ上がらせたような凄まじい威力で、いとも簡単に大地を両断していました」
「あ~……あの地面の亀裂ってそうだったんだ……。半分だけとはいえ、さすが守護天使の力だね」
腕を組みながら瞼を閉じたフィオディスは、援軍に赴いたときに見た両断された大地を思い返して困ったような表情を浮かべた。
「……! そうです、レガウィア様! 私の中に半分——」
「順を追って話す……。だから今はシエル・アルムレクスのことをすべて話してくれ」
「……分かりました」
半分というフィオディスの言葉ではっとしたアリスは、レガウィアを問いただそうと円卓に身を乗り出した。
しかし彼女の言葉を切るようにレガウィアは理解の意を示す。
そして真剣な眼差しと、どこか申し訳なさそうな表情を浮かべながらアリスを見返した。
彼のその態度によって言葉を呑み込んだアリスは、引き続きシエルについての説明を再開する。
「それから【精魂統化】状態で反撃を試み……」
説明の途中で言い淀んだアリスは、両拳をぐっと握り込んで言葉を続けた。
「瞳の封印を解いて戦いました。その中で彼女は守護天使とは異なる『何か』を召喚したのです……」
アリスの脳裏に焼け付く邪悪な黒雷。
あの力はどう考えても神聖なる守護天使のものでは無かった。
むしろ守護天使とは対照的な、邪悪な存在から力を借りているように思えた。
その力を前に敗北を喫したアリスは、シエルが去り際に言い残した言葉をあわせて思い出していた。
「黒い雷が彼女を包み込む前、【醜悪の悪魔】と呟いていました。そして撤退の直前にこの力は【クリフォト】由来だとも……」
「ベルフェゴールにクリフォト、だと……!?」
アリスの言葉に最も強く反応したのは最奥のレガウィアだった。
彼は常の威厳に満ちた顔に焦燥を貼り付け、椅子から立ち上がっていた。
そのうえ額には薄らと汗が滲んでいる。
「いったいなんなんですか、あれは……」
尋常ならざるレガウィアの様子に、アリスは生唾を呑み込んでから問いを返す。
「なるほど。クリフォトの呪法を受けたのであれば、シャルリアの傷が治らないことにもすべて説明がつきますね……」
「どういうこと、サナちゃん……」
アリスの問いに答えを示したのは真剣な表情を浮かべるサナリィだった。
そんな彼女にヴァルが眉間に皺を寄せながら発言の詳細を求める。
シャルの傷について言及されたため、彼は冷静さを欠こうとしているのだ。
「そのシエル・アルムレクスという少女が行使した力は、守護天使と対となる悪魔の力。醜悪を司るベルフェゴールという悪魔の力で間違いないでしょう」
「悪魔……? それって確か中つ国に存在していたっていう、人間や亜人を誘惑する邪悪な存在、でしたか……?」
「よく学んでいますわね、アリス」
「ですがサナリィ様、この【妖精の箱庭】に悪魔など存在するのでしょうか? 我々が学んできた歴史の中ではそのような存在は語られていません」
アリスとサナリィのやり取りに口を挟んだのはレアルスだった。
アリスと同じく学院で優秀な成績を収めてきた彼の知識の中にも、悪魔は存在していないのだ。
「知らないのも無理はありません。最後に悪魔が観測されたのはわたくしが今の貴方たちよりも幼い頃でしたので」
「サナリィ様の幼少期って言ったら三千年近く前ですか? あたしたちも歴史の授業でやってないや」
「それはそうです。奴らは歴史の中から葬り去られた存在なのですから」
フィオディスの言葉に小さく頷きを返すサナリィ。
アリスたちは百年と少ししか生きておらず、フィオディスとラズエルも五百歳を超えたあたりの年代だ。
三千年もの遙か古の出来事を知る者はこの中にはサナリィとレガウィアしかいない。
「その歴史から消されたはずの悪魔の力を、なんであの女が使ってたわけ?」
「結論から言えば、理由は分かりかねます。
三千年近く前にこの世界に現れた悪魔は、いがみ合っていたいくつもの種族が手を取り合ってようやく消滅させたのです。それがどうして今になって再び現れたのか……」
ヴァルの問いにきっぱりと答えたサナリィは、愛らしい口元に手を遣りながら真剣な表情で思案していた。
彼女の脳裏には当時の記憶が呼び起こされているのだろう。
「けれど分かっていることが一つだけあります。
本当にそのシエル・アルムレクスという少女が悪魔の力を行使するのであれば、それに対抗できるのは大天使の力のみということ」
「で、ですがアリスさんは燼炎と他の魔法を駆使して、彼女を追い込んでいました……」
「えぇ、戦うことも追い込むことも可能ではあるでしょう。
しかし大元となる力、魔力の対極に存在する【呪力】の供給を断ち切れるのは大天使の力だけなのです」
セレネの言葉に頷いたサナリィは、しかし守護天使以外の力で打ち倒すことが出来る可能性は無いときっぱり断言する。
「そしてそれを断ち切らない限り、悪魔の力による傷を癒やすことは叶わないでしょう」
サナリィの発言に、この場の全員が癒えぬ傷を負った少女の顔を思い浮かべた。
「悪魔の力による魔法は正確には【呪法】と称されます。シャルリアが負った傷は呪法によるもので、魔法では根本治療が出来ないのです。
彼女と同じ傷を負ったアリスが自己治癒できたのは、貴女の中に守護天使の力が宿っているからでしょう」
灰エルフ最高の治癒魔道士をもってしても治療が望めないという事実に、燼魔精隊の面々は表情に陰を落す。
しかしレアルスだけは常よりも険しい表情を浮かべるに留めていた。
「ゆえに彼女の傷を治す方法は二つ。
シエル・アルムレクスによる呪法の自発的解除、これは現実的ではありませんね。よって残り一つの方法、それは術者を守護天使の力で倒すこと」
サナリィははっきりと言い切り、アリスとレアルスの二人へ順に視線を遣った。
この場の全員がその意味を理解している。
「レアルスが今すぐ守護天使の継承を終えるのは不可能。よってアリス、お前の中に眠る守護天使の力が抗争を終わらせる鍵であり、シャルリアを救える唯一の力だ」
レガウィアの力強い言葉と視線によって身体が力むのを感じながら、アリスはシエルの口から聞かされたことをレガウィアに問うた。
「シエルも言っていましたが、私の中に大天使の力が眠っているというのはいったいどういうことなんですか……?」
恐る恐るといった風に、アリスは真相を知っているであろうレガウィアの返答を待った。
そして彼は重々しく返答する。
「先の戦いで瞳の封印を破ったと聞いた。そのとき思い出したことがあるだろう?」
「…………はい」
五八年前の、今まで忘れ去っていた遠い記憶。
致命傷を負い、死を待つだけだったアリスの元に現れた美しい皇金の妖精の青年。
彼が自分の命を繋いでくれたという事実。
「あのときお前に何があったのか。いまさら伝えることになり申し訳ないが、それを知るために当時の私たちはお前の記憶を覗いた。
そしてお前の命を救った皇金の妖精の正体が天護者だということを知ったのだ」
アリスは蘇った記憶の中の青年の正体をほぼ確信していたため、小さく頷きを返した。
「そして彼が取った行動に驚愕した。彼は瀕死のお前に治癒を施すと共に、方法は分からぬが自身の中の守護天使の力を半分分け与えたのだ。
その膨大な魔力によってお前の欠損した身体を再生し、失われかけていた魂を補うという奇跡を起こした」
「つまりアリスが四つもの属性の魔法を行使できるのは、金エルフによって魂を補われたから、ということですか?」
レガウィアの説明に思考を巡らせたレアルスがそう結論付ける。
金エルフの魔力で補われた魂を宿しているからこそ、アリスは計四属性もの魔法を使えるのだろう。
「あぁ、そう考えて相違ないだろう。そしてアリスの命を繋いだ守護天使の力は身体に定着し、半天護者という特異な存在を生み出した。
その後、力を分け与えた金エルフの青年は命を落とし、自身が宿していた残り半分の力は正当なる後継者に受け継がれたと考えられる」
「だからシエルは私の中に眠る守護天使の力を取り戻すために……」
自分の命を狙っていたシエルの目的に、アリスは少なからず同情してしまった。
自身が受け継ぐべき力を横からかっさらわれたと考えれば、彼女の行動を許容は出来なくとも、納得はできてしまう。
「いや、それアリちゃんなんも悪くなくない? 相手の言い分も分からなくは無いけど、話し合いもなく殺しにくるのはおかしいでしょ」
視線を床に落としていたアリスを余所に、ヴァルがあっけらかんと言ってのけた。
「それに誰が悪いっていうなら、何故かアリちゃんに守護天使の力を分け与えた天護者の前任者じゃない?」
「それはそうなんだけど、その人がいなかったらアリスちゃん死んでただろうからなぁ……」
ヴァルはアリスの命を救った青年に非があると主張し、しかし彼がいなければアリスは今ここにいないとフィオディスが嘆息する。
両者の主張はどちらも間違っておらず、場の全員が言葉に詰まった。
しかしレガウィアが小さく嘆息した後、口を開いた。
「今はもういない青年のことについて考えても詮無いことだ。いまアリスが知りたいことはなぜ記憶に封印を施したか、ということだろう?」
その言葉にアリスは神妙な面持ちで頷きを返す。
大抗争の記憶すべてではなく、金エルフの青年に命を救われた場面だけ封じたのはなぜだったのか。
「他種族の守護天使の力、それも半分だけ宿しているなど同族の間で広まることさえ危険でしたからね。知っているのは当時副団長以上の地位にいた者と一部の者だけです」
その答えを示したのは用意した飲み物のおかわりを飲み下し、カップを円卓に戻したサナリィだった。
「なるほど……。僕とフィオディスもその頃は今の地位にいなかったから知らないわけですね……」
「三つ、燼炎を含めれば四種類も魔法が使えるのは、大抗争の時に死にかけたことで獲得した特異体質って聞かされてたよね。レガウィア様がそう言うから普通に信じてましたよ」
当時のことを思い返すように副団長二人が言葉を交わす。
それを聞いたレガウィアはどこか哀切を滲ませるように眼を細めた。
「その言い訳を考えたのはサナリィだ。それにアリスのことを一番に考えてごく僅かな者にしか情報を拡散させなかったのはフィルシアだったよ」
「ッ…………」
レガウィアが口にしたフィルシアという人名に、アリスは息を呑み、レアルスもぴくりと眉を動かした。




