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第18話「宣戦布告」

 アリスを先頭にシャルが眠る一室を後にした一行は螺旋階段を上り、円卓広間の大扉の前に立っていた。


 ここに至るまで道中で騎士団や魔道士団の集団とすれ違ったが、来た方向的にこの部屋から出てきたのではないだろうか。


 中からは聞き覚えのある声が漏れており、上層部の面々が会議を行っているということが推測できた。


 アリスはそれを承知の上で巨大な木扉を押し開けた。


「失礼します」



「アリスちゃん! もう起きて大丈夫なの!?」

「はい、なんとか……」


 突然入室してきたアリスを見て、真っ先に反応したのは騎士団副団長のフィオディスだった。


 円卓広間の大円卓には五人が着座しており、皆一様にアリスの方に振り返っていた。


 円卓の最奥に座る最高司祭レガウィア。


 彼から見て右斜め前には魔道士団副団長ラズエル、そしての左斜め前のフィオディスだけが立ち上がっている。


 ラズエルの手前側の席には常と変わらない無表情を浮かべたレアルスが座っていた。


 それに加えてアリスたちが中立地帯に向かう前、円卓広間に出向いたときにはいなかった人物がフィオディスの隣に座っている。


「もうすぐ起きる頃だと思っていたのだわ。調子はどうです、アリス?」


 端的に言えばその人物は幼女のような見た目をしていた。


 頭には巨大なとんがり帽子を乗せ、その下からくせっ毛の灰髪を肩の下あたりまで伸ばしている。


 しかししゃべり方はどこか老獪で、容姿とのギャップが大きかった。


「はい、サナリィおばさま。まだだるさはありますが、聖大樹の魔力で徐々に回復しているみたいです。傷の痛みはもうありません」

「それは結構なことだわ。満身創痍で魔力はほとんど枯渇、そのうえ精神的なダメージも大きかったようですからね。……しかしまだ顔色が優れませんね」


 アリスの返答に小さく頷いたサナリィと呼ばれた幼女は、円卓上に置かれたティーカップの中身を一口飲み下してから床に降り立った。


 というのも、身長がかなり低く、椅子に座ると床に脚が届かないため、ひょいと飛び降りたのだ。


「こちらへ」

「は、はい」


 サナリィに呼ばれて円卓の右側に回り込んだアリスは、彼女の前に立って不思議そうな表情を浮かべた。


 身長が一三〇セルエトルほどしかないサナリィは不服そうな表情を浮かべて、頭二つ分以上の身長差があるアリスを見上げた。


「頭を下げるのです……」


 半目で見上げられていたアリスはサナリィの言葉ではっとして床に膝をついた。

 そして彼女は位置が下げられたアリスの頭頂部に手をかざした。


「三日も眠っていたのです、頭の中が霧がかったような状態でしょう。それを取り払って差し上げます」


 そう言うや、サナリィの掌から灰色の燐光が発生し、アリスの頭を包み込んだ。


 それは彼女に良好な血色を取り戻させ、やがて頭の中の霧が消滅した。


「どうです? 楽になりましたか?」

「はいっ! ありがとうございます、サナリィおばさま!」


 彼女の名はサナリィ・イルティリス。


 灰燼の妖精の筆頭治癒魔道士で、死んでいなければどんな傷でも治してしまうという逸話を有しているという。


 見た目は幼女そのものだが、この円卓広間にいる者たちの中ではレガウィアに次いで長命な古株なのだ。


 そんな彼女は自身が腰掛けていた椅子に座り直そうとするも、高めの椅子であるためよじ登るような格好になってしまっている。


「ぐぬぬ……」


 それを見かねたアリスはサナリィの脇の下に手を入れ、その小さな身体をぐいっと持ち上げ椅子に座らせた。


「あっははは!! サナちゃん、ちっちゃい子じゃん!!」

「お黙りなさい!」

「あだっ!」


 アリスに持ち上げられ、摘ままれた猫のようになったサナリィを指差して笑ったヴァルに、高速の風塊が飛来し彼の額に激突した。



   ◆ ◆ ◆



「さて、アリスもようやく目覚めたことだ。あらためて現状と、これからのことを話そう。ラズエル、頼めるか?」


 円卓の最奥に座るレガウィアが真剣な表情で切り出した。


 先ほどまでヴァルに笑われたサナリィを諫めていたが、ようやく場が落ち着き全員が円卓を囲んで着座している。


 最奥にレガウィア、彼から見て右斜め前からラズエル、レアルス、セレネ。逆側の奥からフィオディス、サナリィ、アリス、ヴァルと並んでいる。


「我ら【灰燼の妖精(コクマー)】は二日前、【皇金の妖精(ティファレト)】の【天護者ファヴロス】であるシエル・アルムレクスから宣戦布告を受けました。

 敵方の要求はアリスさんの引き渡しのみで、それ以外は問答無用で戦争を始めるとのこと」


 ラズエルがアリスの方に視線を遣ると、彼女は険しい表情を浮かべた。


「猶予期間に引き渡しが行われない場合、五日後の正午に【惨禍の渓谷】から進軍してアマルガムを壊滅させると主張していました。

 ここでいう五日後は二日前の宣言のため、今からだと三日後となります。

 中立地帯の金エルフの動きを見るに、罠というわけではなさそうというのが我々の見解です」

「彼女たちはやっぱり仲間を連れてきていたということですか?」


 中立地帯の動きという話を聞いてアリスはそれに思い至った。


 いかに皇金の妖精(ティファレト)といえどたった四人、否、ウィラーニャの鎧騎士を除けば三人で全面戦争など仕掛けて来ないだろうと考えたのだ。


「その可能性は十分あります。ですが——」

「中立地帯の者を扇動して駒としているのかもしれない」


 ラズエルの言葉を継いだのはレアルスだった。


 腕を組みながら瞑目していた彼は瞼を持ち上げると、そう考えた根拠を語り始めた。


「俺が戦ったローグ・ファティネルという男はよく口が回る。中立地帯の同胞に理由をでっち上げて灰エルフが侵攻してくると伝えれば、喜んで力を貸す可能性が高い。

 第七王女であるシエル・アルムレクスの仲間である男の言葉だ、容易に信じ込んでしまうだろう」

「どちらの可能性も考えておくべきだな。両方という場合も考えられる」


 重々しい声音で言いながら頷くレガウィアは、レアルスに視線を遣って問を重ねた。


「そのうえで、敵方の戦力の確認を行う。概ねレアルスから事前に聞いてはいるが、実際に戦った者たちからも聞いておきたい」

「はい、まずは俺が戦ったローグという男。まだ確信を得たわけではないのですが、奴はすべての種族の魔法を使用できると推測します」

「なっ……!? それ、どういう原理なの……?」


 レアルスが口にした推測にアリスが目を見開いて驚愕する。

 彼女の反応に頷きを返すと、レアルスは説明を続けた。


「どこからともなく出現させた紙片を消失させることにより、自身や武器に魔法を付与していました。

 俺との戦いの中だけでも【白天の妖精(ケテル)】【灰燼の妖精(コクマー)】【赫焔の妖精(ゲプラー)】【燈礫の妖精(ホド)】由来と思しき魔法を行使していましたが、奴はまだ力の底を見せていなかったように思えます」

「そりゃ厄介だねぇ……。けど私たちの魔法なら燃やせはするか」

「えぇ、付与魔法のようなものかと思われるので、燼炎じんえんで対処は可能かと」


 ローグが有する能力の厄介さに首を捻ったフィオディスだったが、ふと思い至ったかのように掌上に灰炎を灯した。


「ローグという男については以上となります。もう一方の仲間についてはセレネとヴァルが戦闘を行いましたので彼らの口から聞いていただいた方が良いでしょう」


 フィオディスの言葉に肯定の意を示すように頷いた後、視線をセレネに移した。


「は、はい……! 私とヴァルくん、そして途中までシャルさんが三人がかりで戦っていた黄金の鎧騎士の軍団……。

 援軍に来ていただいた際に交戦したかとは思うのですが、あれは雷を纏う黄金の液体から形成された命無き魔法の騎士です」

「黄金の液体……?」


 セレネが説明の中で口にした、黄金の液体という言葉に何やら引っかかりを覚えたラズエルが顎に手を当てながら思案する。


 その様子を横目にセレネは説明を続ける。


「術者の女性はウィラーニャと名乗っていました。わたくしの推測にはなりますが彼女の家名はオルフィーリス……。

 ウィラーニャ・オルフィーリスが彼女のフルネームになるかと思われます」

「オルフィーリス……!?」


 大仰に反応したのはラズエルだ。


 彼はがたりと椅子を鳴らしながら立ち上がり、だがどこか納得したように平静を取り戻して顎に手を遣る。


「いや、魔法の性質と黄金の騎士という特徴から間違いないか……」

「二人とも、オルフィーリスっていったい……」


 何やらぶつぶつと呟くラズエルと、口元を引き結ぶセレネにアリスが問いかける。


 アリスも学生時代には成績優秀だったため歴史には詳しいものの、他種族の歴史を深くまで学んできた訳ではない。


 一方セレネとラズエルは読書家という共通点があり、他種族の文献まで雑多に読み込んでいるため、そういった知識も身につけているのだ。


「オルフィーリス家は遙か昔に皇金の妖精(ティファレト)の王家に仕えていた名家の一つです。

 その長は王家の筆頭騎士として長年活躍しますが、とある戦争での騎士団壊滅により没落したそうです……」

「ウィラーニャって人はその没落した貴族の生き残りってこと?」

「生き残りであることには違いないですが、多分アリスさんとわたくしたちでは認識が異なっているかと思われます」


 アリスの推測に頷きながらも、曖昧な表情を浮かべるセレネ。

 そこにラズエルが眼鏡を押し上げながら問を挟んだ。


「アリスさん、三五年前まであった【黄金郷】は知ってるよね?」

「はい。金エルフの疑似危険域として存在した、黄金の街とピラミッドで形成された領域ですよね?」

「ウィラーニャ・オルフィーリスさんは——その領域を生み出した張本人かと思われます……」

「ちょ、ちょっと待って! 消滅したのは三五年前だけど、黄金郷が現れたのは六千年以上も昔のことでしょ!?」


 セレネの言葉に驚愕を露わにしたアリスは椅子から立ち上がって身を乗り出した。


 【妖精の箱庭】が形成されてからというものの、永遠に等しき長寿を誇っていたエルフも格段に寿命が短くなっており、六千年も生きられる者などいるはずがないのだ。


「文献で読んだだけなので正確なことは分からないのですが、オルフィーリス家の末代の筆頭騎士には妹がいたそうです。

 そしてその妹は兄を溺愛しており、戦場にまでついていって騎士たちの補助を行っていたと……」

「それって……」

「はい、わたくしたちが戦ったウィラーニャという女性の言動が文献にあった妹と合致しませんか……?」


 ウィラーニャが常に側にいた鎧騎士のことを『おにいさま』と、甘えるように呼んでいたのが記憶の片隅に残っていた。


 セレネの言うとおり、オルフィーリス家の妹の特徴と合致しているように思える。


「確かにそうとしか思えない……。けど六千年も生きていたっていうの……?」

「黄金郷はまるで時が止まったかのような状態で在り続けたとされています。なのでウィラーニャさんも長い長い眠りについていたのかもしれません……」


 困惑しながらも納得しかけるアリス、思案するように口元に手を当てるセレネ。


「寝てたとか起きてたとか、今はどうでも良くない? 問題はあの数の暴力をどうするかでしょ」


 しかし彼女たちの会話に、頬杖をついて話を聞いていたヴァルが口を挟む。


 そして自身とセレネを封殺し続けた黄金の鎧騎士の大群を思い出し、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。


「その通りなのだわ。ウィラーニャという女がどのような経緯で現代に生きているにしても、わたくしたちがすべきはその者に抗する対策を練ること。阿呆のくせに良いことを言いますね、ヴァルレア」


 そこにサナリィの援護も加わり、アリスは納得したように椅子に座り直した。


 それを見届けたサナリィはティーカップを持ち上げ口元に運ぶも、いつの間にやら飲み干していたらしく悲しそうな表情を浮かべた。


「阿呆なんて酷いな~。あ、飲み物なくなっちゃった? おれまだ飲んでないからあげようか……ってサナちゃんは甘い飲み物しか飲めないんだっけ?」

「子供扱いするんじゃないわ、若造のくせにぃ!」

「おわっと! 流石に二回目は当たらないよ~」


 飲み物が切れていてほんの少しだけサナリィが唇を尖らせたのを見逃さなかったヴァルは、揶揄うように笑みを浮かべた。


 そんな彼に再び高速の風塊が飛来するも、首を傾げることで容易く回避してみせた。


「ぐぬぬ……!」


 なぜかヴァルはサナリィに会うと揶揄うきらいがある。


 老獪な物言いでありながら子供扱いされると見た目相応な反応をするのが面白いのだろう。


 ちなみに彼女が甘い飲み物しか好まない子供舌であることは事実である。


「サナリィとヴァルレアの言う通りだな。そのウィラーニャ・オルフィーリスという人物の経歴はこの際どうでも良いことだ。

 その者が使役する黄金の騎士の大群、話を聞くに個々の戦力も並の騎士ではないとのことだったな」

「そうですね~。私も戦いましたが、平の騎士だとかなり苦戦すると思いますよ」


 フィオディスが三日前の交戦を思い返して首を捻る。


「うむ……。であればラズエル、お前たち魔道士団やセレネのような弓兵が遠距離から叩くのが良いかもしれん。その討ち漏らしを騎士団が相手取れば被害は最小限に留められるだろう」

「それが賢明かと思われます。先の戦いでもセレネの射撃とヴァルの攻撃速度でなんとか食い止めていたので」


 ウィラーニャの兵隊たちを相手取っていた二人に視線を向けたレアルスは、レガウィアの意見に同意して小さく頷いた。


「ローグは俺が相手取ります。きっと初見での対応が面倒な相手なので、一度戦っている俺が適任かと」

「それが良いだろうな。……そして最後に最も警戒すべき首魁ついてだが」


 レアルスの発言に重々しく頷いたレガウィアは、鋭い眼光をアリスに向けると言葉を続けた。


「アリス、直接刃を交えたお主の口から聞かせてくれ。その者の力を」

「はい……」


 瞼を閉じたアリスは三日前の激闘を思い返し、そのときのことを語り始めた。

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