第14話「適合者」
「おっと、行かせないよ」
アリスの元へ向かおうとしたレアルスに向かって斬風が放たれる。
舌打ちしながら魔杖を振るうと、レアルスを護るように巨大な氷柱が地面から斜めに突き出す。
「あれはいったい何なんだ……?」
「あれ? あぁ、シエルの姿のこと?」
鏡氷の弾丸を連発しながらレアルスは問いかける。
それを黄緑色の燐光を纏った短剣で突風を放って迎撃しながらローグは肩をすくめた。
「彼女は天護者としての力を半端に受け継いでしまったんだよ。そしてどういうわけか、その残り半分は灰被りのお姫様の中にあるらしい」
「……」
「キミ、驚いてないってことは……知ってたね?」
レアルスはローグの問いに沈黙を返しながら、地面に魔杖の石突きを叩きつけた。
それに呼応するように蒼い氷柱が地面から突き出し、ローグへと殺到した。
しかし新たに手中に出現したカードを弾いたことでそれが空中で砕け散り、短剣に灯る燐光が橙色に変化する。
ローグがそれを振り下ろすと大地が爆散し、それが連鎖して迫りくる氷柱に激突することで相殺される。
「シエルは第七王女。そんな下の子が守護天使を受け継いだだけでもよく思われない。
そのうえ半分しか力を引き出せないんだから、彼女は半端者として白い眼を向けられて生きてきたんだ」
軽薄な笑みを浮かべて語るローグだったが、その金の瞳からは温度が抜け落ちている。
「天護者なのに少人数でこんなことしてるのもそれが理由。
金エルフの上層部はシエルなんて死んでも良い、それどころか早く死んで守護天使を他の資格者に継承させろ、なんて思ってる奴らもいるくらいだ」
それどころか憎悪に等しい負の感情が見て取れ、それはここにいない誰かに向けられているようであった。
「それに彼女は守護天使の前の資格者だった長兄を敬愛していた。そんな彼から引き継いだものを他種族に奪われたなんて知ったらどう思う?」
氷の破片と砂煙が漂う中、ローグは滔々と語りながら一枚のカードを指で弾く。
それが空中で紅の炎を上げながら炎上し、同時に彼は短剣を振るった。
「……理解はできる」
短剣から紅の業火が放たれ、レアルスに襲いかかる。
彼は炎と自身の間に鏡氷の盾を築いてそれを遮った。
ローグの軽薄な笑みの奥に隠れた憎しみが表出したかのような業火はしかし、鏡氷によって弾き返される。
「それってキミもお母さんから——」
「黙れ……」
レアルスは常の無表情から、さらに感情が読み取れない冷酷な表情で魔杖を振り下ろした。
それと同時に鏡氷で形成された大槌がローグの頭上から振り下ろされ、彼は驚きながらも跳び退くことで回避した。
それが叩きつけられた大地には放射状のひびが生じ、あまりの衝撃に耐えかねた大槌も瞬時に砕け散る。
「あれ? 聞いた情報からカマかけたんだけど、ドンピシャだった?」
砕け散った大槌の破片を短剣で打ち払いながら、ローグは口端を持ち上げた軽薄な笑みを浮かべる。
「【第一の紙片】」
そのままローグは新たなカードを手元に出現させて弾くと、それは空中で白く発光して消滅する。
直後、彼の姿が一瞬のうちに加速した。
「ッッ……!!」
ヴァルもかくや、というような高速移動を見せたローグの斬撃を、レアルスが魔杖の柄で受け止める。
それにより彼が右手に填めていた黒革の手袋が切り裂かれた。
「よく反応したね、キミ魔道士じゃないの?」
「こういう事態を想定して、剣技も一通り身につけているだけだ」
冷淡に返答しながらレアルスが魔杖を押し込むと、ローグは自発的に後方へ跳んだ。
そこに氷柱の雨を降らせるも、彼は地に足を着いた瞬間に加速して器用にすべて躱し切って見せた。
「やっぱりキミが灰エルフの天護者なんだね。……いや、まだ正式には継承してないか」
「ッ……」
黒革の手袋が切り裂かれ、露わになったレアルスの右手薬指を見たローグは得心がいったように頷いた。
レアルスの指の付け根には指輪を填めているかのような、濃灰色の痣が浮かび上がっていた。
その痣は守護天使の適合者に刻まれるものであり、前任者から天護者の証である指輪を受け継ぐことで正式に守護天使が継承される。
天護者は戦場で命を落とすことが多く、指輪の行方が知れなくなることが多々ある。
しかしそれは何の因果か数年以内に継承者の手元に還ってきて、滞りなく継承が済まされるのだ。
「適合者であるはずのキミの手元に指輪がないということは前任者が死して間もないか、何らかの事情で指輪が還ってこないんだろう。
でも前者じゃないよね、だってキミたち灰エルフの天護者が不在となったのはここ数年の話じゃないんだから」
不敵な笑みを称えながら煽るように言葉を並べ立てるローグを、レアルスはうつむいたまま無視していた。
「…………感謝する」
「?」
レアルスの言葉の意味を図りかねているローグは、視界の端に蒼い魔方陣を捉えた。
それはシエルの直上に出現しており、凄まじい質量の氷柱が落下を始めるところだった。
「お前がペラペラと話している間に準備が出来た」
「【無声詠唱】か……!」
ローグが口にした無声詠唱とは、本来言葉として口から発して魔法の威力を高める詠唱を黙読するように自身の内で完結させる高等技術だ。
レアルスは戦闘と会話を行いながらそれを進行し、シエルの直上に大魔法を発動させたのだ。
「シエルッ……!」
「ちっ! 邪魔するな……!」
シエルは鬱陶しそうな表情を滲ませながら、凄まじい雷光を迸らせる宝剣を頭上に振り上げる。
そして数十エトルはありそうな氷柱の先端と宝剣の刃が激突した。
刹那、巨大な氷柱に亀裂が生じる。
それは黄金の雷が有する魔力を炭化させる効果によるものだ。
しかし鏡氷の魔力反射とせめぎ合った結果、氷柱は一撃で打ち砕かれなかったのだろう。
「こんなもので、アタシをやれると思ってるのか……!!」
双眸を見開き稲妻の宝剣に込める力と魔力をさらに強めるシエル。
それに呼応するように、彼女の右眼に灯る燐光は天を翔る雷の如く強く発光していた。
巨大な氷柱に生じたひびが一瞬にして広がり、すぐ後に凄まじい雷鳴と破砕音が周囲に駆け抜ける。
直後、シエルは頭上に掲げた宝剣をそのまま振り下ろし、足下に倒れ伏すアリスを両断せんとした。
「させない……!」
しかしアリスの影が揺らめき、そこから漆黒の大戦斧による一撃が放たれた。
ガギィィィン!!と、耳を聾する金属音を伴いながら、大戦斧の極厚の刃がシエルの宝剣の腹を打ち据えた。
その刃は蠢く闇と燃え盛る灰炎を纏っており、宝剣の軌道を真横に弾いた。
「どっから湧いてきた、影女っ!!」
「あなたの言うとおり、影だよ……」
大戦斧を横薙ぎに振り抜いた姿勢で片膝をつきながら、シャルは小さく答える。
アリスを救うため鎧騎士の軍勢との戦線から離脱した彼女は、走っていては間に合わないと判断した。
そして影を伝って倒れ伏すアリスの影に移動し、シエルが宝剣を振り下ろすタイミングで姿を現したのだ。
シャルが軌道を逸らしたシエルの宝剣は、倒れ伏すアリスの右側すれすれの位置から彼方に至るまで、黄金の雷を迸らせる斬痕を刻む。
「っ……! こんなの食らったら、木っ端みじんだよ……」
シエルの斬撃が引き起こした大破壊に冷や汗を浮かべるシャルはしかし、再び眼前の金エルフの少女に向き直って大戦斧を握る力を強めた。
「アリスさん、起きて……。長くは持たないと思うから……」
アリスを庇うように立っているシャルは、背後に倒れ伏す彼女に声をかける。
天護者と真正面から相対している威圧感に気圧されそうになりながらも、彼女はシエルに立ち向かおうとしている。
「お前程度でアタシの相手になると思ってるの?」
「思ってないよ……。それでも、隊長を見捨てるわけにはいかないからね」
「だったらその灰被りともども、叩き斬ってやるわ……!」
斜め下方から斬り上げられた宝剣がシャルへと迫る。
彼女がそれを強引に回避すると、天空へ向けて大気を焼き尽さんばかりの雷光が迸った。
閃光の消失と共に返す刀で振り下ろされる稲妻の宝剣に、シャルは眼を見開いた。




