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第13話「半端者」

 アリスとシエルから少し離れた場所。


 そこでは鏡の氷柱と多種多様な魔法が飛び交っていた。


「あれはまさか……!」

「ご名答。多分キミの推測通りだよ」


 金属音を響かせ、レアルスの魔杖とローグの短剣が激突する。


 鍔迫り合いを演じながら、際立って顔立ちが整った美青年二人が言葉を交わす。


「そしてあんな中途半端な姿なのは、キミのお姫様のせいなんだよ」


 ローグは遠方でシエルと向き合っているアリスを一瞥し、口の端に笑みを浮かべた。




「なんとなく察しはついてるんでしょ?」


 シエルのその言葉通り、彼女の神々しいまでの姿にアリスは検討をつけていた。

 しかしそれを理解してしまえば、現状の絶望感が加速度的に増してしまうことも分かっていた。


「アタシは【皇金の妖精(ティファレト)】が崇める、守護天使を受け継いだ【天護者ファヴロス】よ」


 アリスの推測は正しかった。


 眼前のシエル・アムルレクスという少女は、この世界に十一人しか存在しえない戦略級の力を宿すと謳われる天護者ファヴロスだったのだ。


 それが事実であることは、先刻大地に刻み込まれた凄まじい亀裂によって証明されてしまっている。


「それでアタシがお前を狙う理由もこれ」

「……?」


 自身の翼をゆっくりと羽ばたかせながら、シエルは自嘲するような笑みを浮かべた。


 その言葉に、アリスは頭上に疑問符を浮かべることしかできなかった。


「この力の半分は、お前の中に宿ってるのよ」

「なにを……言って……」


 その言葉にアリスは目を見開いた。


 他種族の守護天使を、それも半分だけ宿すことなどあり得るのだろうか。


「考えてもみなさい、お前は三属性の魔法を使える。燼炎じんえんを含めれば四属性よ。

 すべてのエルフは、自分以外の種族の魔法も魂に刻まれてるのは知ってるわよね?」

「……えぇ」


 淡々と説明するシエルに、アリスは小さく頷きながら返答した。


 エルフたちは元々同じ種族だった微かな名残として、少なからず他種族の魔法を使えるはずなのだ。しかし——


「まぁ大半のエルフはまともに使えないし、使えたとしてもいがみ合ってる他種族の力なんて忌避して当然なんだけど……。お前たち灰エルフが特別なのよね」

「それが守護天使の力と何の関係があるというの?」

「察しが悪いな。五八年前の大抗争で、お前はアタシの兄 エヴァロム・アルムレクスから治療を施されたわね?」


 五八年前という単語によって、アリスの脳裏におぼろげな光景がフラッシュバックする。


 しかしその記憶を掘り起こそうとすると、灰色の双眸にズキリと強烈な痛みが走った。


「なんの……話よ……?」

「……は? 覚えてないっていうの……?」


 瞳の痛みを堪えるように額に手のひらを押し当てたアリスの姿に、シエルが愕然としたように問いを投げかける。


「私の兄は、あの大抗争で虹エルフの天護者ファヴロスに一矢報いて死んだのよ……」


 黄金の双眸を見開きながら、力を込めすぎたことで宝剣を震わせるシエルはアリスを睨み付けながら言葉を続けた。


「なぜかは分からないけど、兄はお前に守護天使の力を分け与えた。万全の状態だったらあの人は負けなかったかもしれないのに……」


 表情を歪めながら怒りを露わにするシエルは、稲妻の宝剣を再び振り上げた。


「それを、覚えてない……?」


 その刀身に黄金の雷が凄まじいほど集約されていく。


「お前が兄を殺したのよ……灰被りっ!!」


 閃光。


 そして雷の斬撃が彼我の間合いを無視して大地を両断する。


 アリスは双眸の痛みを振り払いながら咄嗟に地を蹴り、雷を迸らせて加速する。


 深々と爪痕が刻まれていく大地を横目にシエルの正面から突っ込んだ彼女は、これまでで最速の刺突を繰り出す。


「その程度の力で、天護者ファヴロスに勝てると思ってるの……?」


 剣を振り下ろした状態のシエルの隙を突いたアリスだったが、細剣の切っ先が彼女に届く前に雷光の如き横薙ぎの剣撃がアリスに襲いかかる。


「がっ、はっ……!」


 瞬きに満たない一瞬のうちに、アリスの身体は彼方へと吹き飛ばされていた。


 遅れて稲妻が迸り、雷鳴が轟く。


 それでもアリスの身体は両断されずに地面に叩きつけられ、数十エトルの距離をゴロゴロと転がっていた。


 アリスは稲妻の宝剣の刃が自身の身体を両断する直前に、雷を自身の身体に流していた。


 それによって神経が焼き切れる寸前まで反応速度を上昇させ、細剣の腹で剣撃を受け止めていたのだ。


 そのうえ刀身に纏っていた風を一気に解き放ち、シエルの方向に限定して吹き荒れさせた。


 その暴風でシエルの剣撃がほんの少しだけ弱まり、切断の威力を殺すことには成功していたのだ。


 しかし駆け抜けた衝撃だけでアリスの身体は紙の如く吹き飛び、迸った雷に全身を焼かれて無残に倒れ伏していた。



「アリスッ……!!」


 ローグの短剣と魔杖の柄で鍔迫り合いを演じながら、レアルスが常とは異なる逼迫したような声音でアリスの名を呼ぶ。



「アリスさん……っ!」


 迫り来る黄金の騎士たちを懸命に撃ち抜きながら、心から心配するような声音でセレネがアリスの名を呟く。



「アリちゃん!!」

「アリス、さん……っ!」


 セレネの援護を受けつつ黄金の騎士たちと戦うヴァルとシャルは、声を揃えてアリスを呼んだ。


「くっそ……! アリちゃんは天護者ファヴロスとサシでやってるっていうのに、おれたちは三対一でなにやってんだ!!」


 悪態をつきながら眼前の鎧騎士の頭部を長槍で容赦なく穿つヴァル。


 その横ではシャルが大戦斧を振るって数体の鎧騎士をまとめて両断していた。


「ヴァル……自分がアリスさんに助太刀する。だからここは二人に任せていい……?」

「ッ……! あぁ、やってやるよ!」


 シャルの言葉に長槍で鎧騎士を穿ちながら返答したヴァルは、常とは異なる真面目な呼び方でセレネを呼び、振り返らず指示を飛ばした。


「セレネさん、威力は弱くていいから、数でゴリ押してくれ!」


 背中合わせになった双子は短く言葉を交わすと、互いの前方から迫る鎧騎士に閃撃と重撃を見舞う。


「で、ですがそれでは倒しきれません……!」

「それでいいよ! ……トドメは全部、おれがやる……!!」


 困惑した様子のセレネに、ヴァルは足元に巨大な魔法陣を展開しながら答える。


 そしてシャルの背を押しながら彼女に檄を飛ばす。


「いけ、シャル! アリちゃんを助けるんだ!!」

「分かってる……!」


 一切振り返ることなく駆け出したシャルは、いつになく真剣な表情を浮かべながら大戦斧を握る手に力を込めた。


「ヴァルくん、放ちます……!」

「よろしく!」


 シャルを送り出した二人は鎧騎士の軍勢に向き直った。


 そしてセレネは膨大な魔力を込めた巨大な矢を番え、天へと撃ち放った。


「わぁ、綺麗だね……。じ、じゃない、なんかまずいかも……」


 天へと昇る蒼い彗星の如き激流の矢。


 それに見蕩れていたウィラーニャは、頭を振ってそれどころではないと思い返す。


「降り注ぎなさい……!」


 頂点に達した激流の矢が弾け、セレネの言葉に従うように下方に群がる鎧騎士たちに降り注いだ。


 分散した矢が鎧騎士を穿ち、強烈な雨粒が地面を叩くような音が連続で生じる。


 しかし手数を増やした分、与える損傷も軽減されており、一撃で行動不能にすることは叶わない。


「全部まとめて、ぶち抜いてやるよ!」


 セレネの矢を受けて一瞬動きを鈍らせた鎧騎士たちの眼前から、長槍を構えたヴァルの姿が掻き消える。


 そして乱反射する閃光が彼らの間を縦横無尽に駆け抜けた。


 瞬き程度の一瞬の後、ヴァルが鎧騎士の軍勢に背を向けた状態で再び姿を現す。


 彼の背後には大剣を振り上げた鎧騎士が近寄ってきていたが、突然その足を止める。


 白光の魔法陣が展開している地面にヴァルが槍の穂先を突き刺した瞬間、眼前を埋め尽くしていた鎧騎士の軍勢を無数の閃光が貫いた。


 それはセレネの矢によって撃ち抜かれた穴に寸分違わず叩き込まれており、鎧騎士たちはそこから走った亀裂によって残らず瓦解していった。


「わっ、わぁ……! い、一瞬でやられちゃったよ……」


 自身とヴァルたちとの間を埋め尽くしていた鎧騎士の軍勢が一瞬にして瓦解したことに、ウィラーニャは驚愕の表情を浮かべていた。


 そして傍らに残った一体の鎧騎士に縋るように寄り添った。


「お、お兄さま……あの子たちと戦ってくれますか……?」


 それによって黄金の鎧騎士は身体をカタカタと震わせ、ヴァルに重厚な大剣の切っ先を向けた。


「ヴァルくん……。あの鎧騎士だけ、他とは明らかに違います……。気を付けて……」

「分かってるよ、肌で分かるヤバさだ……!」


 かなり離れた位置で相対しているにもかかわらず、鎧騎士が放つ威圧感は並みの使い手ではありえないものだった。


 ヴァルは気を引き締めながら長槍を一振りし、臨戦態勢に入った。




 鎧騎士の軍勢との戦線から離脱したシャルは、力なく地面に倒れ伏すアリスの元へ疾走していた。


 あまりにも重い大戦斧はいったん格納魔法による別空間に放り込んでいる。


 数十エトル先では、天護者ファヴロスとしての力を覚醒させた神々しい姿のシエルがゆっくりとアリスの元へ近付いていた。


 このまま止めを刺すつもりだろうと予測したシャルは、倒れ伏すアリスに手をかざした。




「お前さえいなければ、兄さまは虹エルフなんかに負けなかった……。

 お前さえいなければ、アタシが半端者と蔑まれることもなかった……!」


 シエルはだらりと下げた右手に稲妻の宝剣を携えながら、アリスの元へと歩み寄っていく。


 そんな彼女は黄金の燐光が灯る右眼を強く押えながら、吐露するように言葉を紡ぐ。


 感情が高ぶっている様子のシエルが纏う黄金の雷が揺らぎ、その中に漆黒の雷が混じり始める。


「その力は、お前みたいな奴が持っていていいものじゃない……」


 虚ろな瞳を揺らしながらもアリスを視界に収めるシエルは、右手に携えた稲妻の宝剣から黒が混じる黄金の雷を迸らせた。

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