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第12話「大天使」

「元々同じ種族だった妖精わたしたちが殺し合う必要なんて無い……。時にはぶつかることも必要かもしれないけど、命まで奪い合うなんて馬鹿げてるわ!」


「馬鹿げてるのはお前よ、灰被り。この世界を見てみなさい。

 同盟なんてものもあるにはあるけど、基本的に他種族は互いを憎み合ってる。過去の殺した殺されたが深く根を張って、もう修復不可能なのよ」


 アリスの綺麗事のような主張を、シエルは強い口調で否定する。


「【妖精の箱庭】が出来て、争いの火種によって種族が分断された。それから途方もない年月を積み重ねても、戦争が絶えたことはない……。

 歴史が示してるのよ、他種族が手を取り合うことなんて不可能だってね」


「いいえ、結ばれた同盟という絆が、前に進んでいる証拠よ。不可能なんかじゃない!」


「それこそ弱者が身を寄せ合ってるだけに過ぎないわ。

 事実、この世界の覇者であり続けている皇金の妖精(アタシたち)はどの種族とも同盟を結んでいない。それが何よりの証拠」


 シエルは肩から稲妻の宝剣を降ろし、その切っ先をアリスに向けて言葉を続ける。


「御託はもういいわ。アタシはお前が兄から奪ったものを取り返すだけ……」

「兄……?」


 怜悧な顔立ちのシエルに誰かの面影が重なった気がして、アリスは眼を擦った。


 しかし稲妻の宝剣の周囲に雷が生じたことではっとした彼女は、握っている細剣の刀身に同じく雷を纏わせた。


 黄金の雷を纏うシエルの宝剣が振り下ろされ、同色の雷を纏ったアリスの細剣がそれを迎え撃つ。


 二つの雷鳴が轟き、直後に甲高い金属音が高らかに響き渡る。


「焼き尽くせ……【覇天はてん皇雷おうらい】」


 しかし拮抗したのはほんの一瞬。


 シエルが更に黄金の雷を解き放ったことにより、アリスの眼前で信じがたい現象が生じたのだ。


「なっ……!?」


 シエルの宝剣から発生した黄金の雷がアリスの雷と衝突した瞬間、彼女の細剣が纏っていたそれが一瞬にして炭化したかのように焼尽されたのだ。


 それによって魔法的加護を失った細剣は容易く弾かれ、アリスは大きく仰け反ってしまう。

 そこに返す刀で放たれたシエルの斬り上げが容赦なく襲いかかった。


「っ……!」


 だが重心が後方になってしまったことを逆手に取ったアリスはそのまま宙返りを決め、宝剣の刃をすんでのところで躱す。


 さらに空中で細剣に魔力を纏わせ直し、着地前に反撃の刺突を繰り出した。


 蒼き尾を引く剣閃が纏うのは水の魔力。

 激流の一閃がシエルの右肩を狙って突き進む。


「水魔法だろうと同じことよ」


 斬り上げからの流れるような袈裟斬りによってアリスの細剣が逸らされ、さらに迸る黄金の雷によって水の魔力が炭化する。


「吹き荒れなさい……っ!!」


 それを読んでいたかのように、アリスはシエルの足下から烈風を引き起こした。


 それによって彼女の身体が紙のように吹き飛ぶが、その表情には焦燥の色は見て取れない。


 宙に浮かんだ状態のまま下方のアリスに向けて雷を落とすシエル。


 途端に吹き上げていた風が炭化したかのように黒ずんで風力が皆無となる。


「お前……」


 吹き上げていた風が消失したことで落下を始めたシエルは、叩きつけるように稲妻の宝剣を振るった。


 アリスはそれを後方に跳躍することで回避し、迸る雷は細剣を振るうことで斬り払った。


 先ほどまでアリスがいた場所の地面に宝剣が叩きつけられ、雷鳴と共に爆散した。


 咄嗟のことだったため反射的に剣を振るってしまって焦ったアリスだったが、黄金の雷は物質まで炭化させることはないようだ。


「なんで炎を使わないのよ?」


 放射状に打ち砕かれた地面から帯電する黄金の宝剣を持ち上げたシエルは、眉をひそめながらアリスに問いかけた。


「灰エルフは魔力を焼き尽くす【燼炎じんえん】と、生まれつき備わってる他の種族の魔法を使えるんでしょ? なのにお前は頑なにそれを使わずに戦ってる……」


 シエルの指摘にアリスは息を呑んだ。


 その指摘通り、アリスは意図的に燼炎じんえんを扱わずに戦っている。

 否、彼女はある時を境にそれを扱えなくなってしまったのだ。


「特異な三属性の行使でこれまでは大抵はなんとかなってきた? けどアタシ相手じゃ持てるもん全部ぶつけてこないと、話にならないわよ……」


 温度が抜け落ちた冷徹な視線を向けてくるシエルは、強者特有のプレッシャーを全身から放っている。


 これまでの攻防でアリスがどんな反撃を行おうとも、彼女が余裕を崩すことはなかった。


 このままではアリスが勝利を掴むことなど、天地がひっくり返っても叶わないだろう。


「えぇ、貴女の言う通りね……」


 アリスは俯きながらシエルの言を肯定する。

 しかしすぐに顔を持ち上げ、闘志の炎が灯った双眸でシエルを見つめ返した。


「出し惜しみはしない……。今の私のすべてを、貴女にぶつけるわ」


 そして右手に握っていた鈍色の細剣を上空に放り投げ、自身は両手を左右に大きく広げる。



「【灰燼かいじんの名において命ずる】」



 アリスの口から紡がれる詠唱に呼応するように、彼女の全身に灰色の魔力が渦巻き始めた。


「かかって来なさい、真正面から叩き潰してあげるわ」


 凄まじい魔力の熾りを前にしてもシエルの余裕は崩れない。

 それどころか口端を持ち上げて好戦的な笑みまで浮かべている。



「【高天にとどろ霹靂へきれきよ】」



 その魔力が彼女の左手の上で灰色の球体を形成し、謳うような詠唱に応じて黄金へと変化する。



「【箱庭に吹きすさ颯風そうふうよ】」



 次いで左手の上に形成された魔力球が黄緑色の光を帯びる。

 アリスは左右の手中に発生した魔力の球体を優しく胸に抱いた。



「【叶わぬ祈りを届けよう。届かぬ願いを叶えよう】」



 それらは吸い込まれるように彼女の身体に溶け合った瞬間、周囲へ凄まじい魔力の奔流を迸らせた。



「【精魂統化スピリットリンク雷颯ヴァロンテ】」



 魔力の奔流がアリスの身体に集約されると、彼女はゆっくりと瞼を持ち上げる。

 その眼前に先ほど放り投げた鈍色の細剣が落下してきた。


 刹那、細剣と共に彼女の姿が雷を迸らせながら消失する。


「っっ!!」


 その超加速に、初めてシエルが余裕の表情を崩した。


 咄嗟に稲妻の宝剣を振り上げると、シエルの視界が細剣を突き出したアリスの姿で埋め尽くされる。


 彼女は瞬き程度の一瞬で、彼我の間合いを飛ばして攻勢に打って出たのだ。


 先ほどまでとは比較にならない刺突の速度に、シエルは半ば反射的に振り上げた宝剣で細剣の切っ先を直撃の軌道から逸らす。


 しかしそれでも風刃を纏った細剣の一閃はシエルの頬に一筋の傷を付けた。


「魔法の複合ってところね……!」


 黄金の雷を生じさせながら、シエルは眼前の現象を推測する。


 先ほどまでは一つずつしか魔法を行使できていなかったものの、今のアリスは二つの属性を同時に発動させているらしい。


 稲妻の宝剣から放出された雷条はアリスを狙って殺到するも、それが到達する前に彼女の姿が雷電を残して掻き消える。


 虚しくもシエルが放った雷は、アリスが残したそれを炭化させるだけだった。


 そしてそれが消失する前に、背後からバチィ!!という音と共に暴風を纏った細剣が突き出される。


「ちっ……!」


 しゃがみ込んで刺突を回避したものの、細剣の切っ先が髪を結んでいた紐を断ち切る。


 シエルは髪束が肩に落ちるのも無視して、頭上を擦過した細剣を叩き折るつもりで黄金の宝剣を振るった。


 しかし再び雷電を残してアリスごと細剣が姿を消す。


 その後、数回連続でヒットアンドアウェイの攻撃が繰り返されていくうちに、シエルはアリスが行っていることを完全に理解する。


 彼女は雷を纏うことで極限まで自身の行動速度を上昇させ、かつ細剣に風を付与することで攻撃の速度と威力を底上げしているのだ。


 黄金の雷による魔法現象の炭化さえ追いつかないほどの高速移動を前に、シエルは防戦を強いられ始めていた。


「面白いわね」


 全身に幾筋もの掠り傷を刻まれながらも、シエルは真剣な表情で呟いた。


 そして何を思ったのかゆっくりと瞼を閉じた。


「来い——」

「くっ……!?」


 そんな状態ながらも背後からの刺突を完璧なタイミングで打ち据えたシエルは、そのまま宝剣を振り抜きアリスの身体を強引に吹き飛ばす。


 そして宝剣に雷を纏わせながら、閉じたときよりも更にゆっくりと瞼を持ち上げた。



「【正義の大天使(ミカエル)】」



 刹那、高天より凄まじい雷鳴が轟く。


 そしてシエルの元に黄金の稲妻が招来し、周囲が同色の閃光に包まれた。



「一撃で消し飛ぶなよ、灰被り」



 アリスの背に形容しがたいほどの悪寒が走る。


 閃光によって潰れた視界ではなく、直感だけを頼りにアリスは地を蹴って右方に転がった。


 転瞬、再びの閃光と共に、大質量の何かが先ほどまでアリスのいた空間を駆け抜けた。


 そして大気を揺るがすほどの雷鳴がこの場にいる全員の耳を聾した。


 元いた場所から転がったアリスは、地面に膝を突きながら顔を上げた。


「…………っ!」


 視界が正常に働き始め、眼前に広がった光景に彼女は鋭く息を吸い込んだ。


 稲妻の宝剣を振り下ろした体勢のシエルからアリスが先ほどまでいた場所。

 その更に先に広がる森に至るまでの大地が、まるで神の剣によって斬断されたかの如く深々とえぐられていたのだ。


 底は見通せないほど深く、刻み込まれた亀裂の周囲には黄金の雷が迸っている。


 ゆえにこの現象を引き起こしたのが眼前のシエルだとすぐさま理解してしまう。


「良かったわね、何も分からないまま木っ端みじんにならなくて」


 大地に刻まれた亀裂からシエルの方に視線を移したアリスは、先ほどと同等以上の驚愕をその端正な顔に浮かべた。


「貴女……その姿はいったい……」


 地面に振り下ろした稲妻の宝剣を持ち上げたシエル。

 彼女の姿が先ほど剣を交えていた時から大きく変化していたのだ。


 全身に黄金の雷を迸らせ、それによって肩にかかる金髪が逆立っている。

 そして右眼にだけ黄金の燐光を灯してアリスの方を見つめていた。


 だが最も大きな変化はその背にあった。

 

 シエルの背には彼女の身長を倍するかのような巨大な黄金の翼が三枚も広がっていたのだ。


 それは身体の右側の肩、背中、腰あたりから生えており、本来であれば三対六枚が正しい姿なのではないかと思わせる左右非対称の姿であった。

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