第11話「誓いの剣」
「俺たちはあいつらを叩くぞ、アリス」
「えぇ。でも分かってる、レアルス?」
「……善処する」
アリスの言葉に間を置いて返答したレアルスは、上空で自身の得物を構えたシエルとローグの方向に魔杖を掲げた。
そんな彼の背後でパキパキと音を立てながら鏡の氷柱群が形成される。
「……穿て」
それらはレアルスの声に従うように、落下を始めたシエルたちに向けて一斉に放たれた。
「あの氷、魔法を弾くっぽいよね」
「だったら、ぶっ壊すだけよ」
風を切りながら落下する二人は、飛来する氷柱を視界に収めながら笑う。
シエルは格納魔法によって虚空から一本の長剣を取り出した。
それは黄金の直剣に二条の稲妻の意匠が纏わり付くような特殊な形状をしており、明らかに業物であることが伝わってきた。
「【第二の紙片】」
一方ローグは右手に短剣を持ち替え、左手の指で一枚のカードを弾きながら呟いた。
カードは空中で灰色の炎を上げて燃え尽き、短剣に同色の燐光を灯す。
そうこうしているうちにレアルスが放った氷柱群が二人の眼前にまで迫っており、彼らは各々の得物を振るってそれを迎え撃った。
まずローグが短剣から放った灰炎にいくつかの氷柱が飲み込まれ、魔法を反射する暇も無く焼き尽くされる。
その現象を見上げていたレアルスは怪訝な表情を浮かべながらも、ローグの能力に当たりをつけ始めていた。
「砕け散りなさい」
そして続けて飛来する十数本の氷柱群に向けて振り下ろされたシエルの剣から、凄まじい雷条が迸りすべての氷柱を打ち砕いた。
鏡氷の魔法反射という特性を凌駕するほどの雷の威力に、レアルスはほんの少しだけ眼を眇めた。
「……あ?」
氷柱が砕け散ったことで陽光を反射する大小様々な氷の破片が眼下を満たしている中、視線を巡らせたシエルはふとあることに気が付く。
「いない」
先ほどまでレアルスの一歩前の位置にいたはずのアリスの姿が消えていたのだ。
直後、シエルの真下で落下しつつあった巨大な鏡氷の破片が打ち砕かれ、そこから灰色の影が急上昇してきた。
「はあっ……!!」
ガギィィィン!!という甲高い金属音が鳴り響くと同時、ローグの視界からシエルの姿が消える。
咄嗟に振り返った彼の視線の先では天に向かって細剣を突き出すアリスと、それを宝剣の腹で受け止めているシエルの姿があった。
「アタシに構うな! お前は下の魔道士を片付けろ!」
アリスの刺突を受け止めながらも不敵な笑みを浮かべていたシエルを見て、ローグは視線を下方のレアルスに戻しながら小さく笑った。
レアルスが放った氷柱が打ち砕かれた瞬間、跳躍したアリスは全身に風魔法を纏い、巨大な氷の欠片の真下目がけて飛翔していた。
そして空中で更に加速して欠片を貫き、シエルの下方から全体重を乗せた刺突を放っていたのだ。
「会いたかったわ、アリス・フォティア」
「いったい私が貴女の何を奪ったっていうのよ!」
鋭い細剣を受け止めながら嗜虐的な笑みを浮かべ見下ろしてくるシエルに、アリスは先ほど彼女が口にしていたことを問い返した。
「そんなこと、お前が一番分かってるはずよ。というか——」
シエルは剣の腹で受け止めていた切っ先を弾き、アリスの体勢を崩すとそこに容赦なく黄金の刃を振り下ろした。
アリスは風魔法によって強引に体勢を立て直し、回転の最中に纏う魔力の性質を変化させる。
「しっ!!」
髪を振り乱しながら横薙ぎにされた細剣は、雷を纏って加速することで間一髪シエルの剣を弾く。
軌道を逸らされた刀身から放出された雷条は、大気を焼きながら斜め下方の地面を打ち砕いた。
「なんでそんなナマクラで戦ってるのよ?」
剣の軌道を逸らされたものの、シエルは顔色一つ変えずに言葉を続けた。
直後、鋭い踵落としがアリスの頭頂部目がけて放たれる。
咄嗟に空いている左腕を頭上にかざして防御したものの、風を纏っていない状態では踏ん張りが利かずに下方に吹き飛ばされてしまった。
地面に叩きつけられる寸前、アリスは再び自身の魔法属性を風に変化させ、落下の勢いを殺した。
無事着地したが左腕に残った痺れるような痛みに、もしあれを頭に食らっていたらただでは済まなかったとアリスは生唾を飲み込む。
「その細剣、相当堅いけど木刀ね。そのうえ刃が潰してある。戦いの場にそんなおもちゃ持ってきて何のつもり?」
アリスに続いて着地したシエルは、自身の得物を肩に担ぎながら退屈そうに問いかける。
その表情には侮蔑とも取れる嫌な感情も見て取れた。
「……これは願掛けよ」
「は?」
「これは、もうこの手を血で汚さないための誓いなの」
濃灰色の細剣を握る力を強めたアリスは、絞り出すようにそう零した。
しかしそれをあざ笑うようにシエルは雑言をぶつけてくる。
「誰も殺したくありません、ってこと? ふざけてんの?」
片膝をついて見上げるアリス、侮蔑の表情を浮かべながら彼女を見下ろすシエル。
灰と金の美しき妖精は闘志が宿る双眸を交錯させ続けている。
シエルが言ったことは概ね間違っていない。
アリスは幼き日に巻き込まれた大抗争の際に、数多の命をその手にかけた。
命を踏み躙るような生々しい感覚が自身の両手に残り続けており、彼女はそれ以来不殺を貫き、どんなことがあろうと相手を死に至らしめることはしてこなかった。
その志を体現するように、アリスが得物としている濃灰色の細剣は殺傷能力を削るために刃を潰している。
シエルは数度打ち合っただけでそれを見抜き、アリスの戦いに臨む姿勢を非難しているのだ。




