第10話「激突」
「へぇ~、宣戦布告も無しに他種族を攻撃するような蛮族の王女サマかぁ~」
先頭で金エルフたちと相対していたアリスの前に歩み出たヴァルは、煽り返しながら指先で十字を切り、格納魔法の別空間から白銀の長槍を引き抜いた。
「だったらさ——」
次いで足下に白光の魔方陣が描かれ、彼の身体が霞むように消失した。
「こっちも相応の歓迎をしないとじゃない?」
刹那、十数エトルはあった距離を瞬時に飛ばしたヴァルが、金エルフの青年の頭部目がけて槍を放っていた。
灰炎を纏うそれは視認できる速度を優に超えている。
しかし青年はいつの間にか取り出した短剣を振るい、長槍の穂先を命中の軌道から自身の左側頭部の真横へと逸らしていた。
「ははっ、そりゃそうだね」
軌道は逸らされたものの、ヴァルの刺突によって生じた突風が青年の麻のフードを引き剥がし、覆われていた面貌を露わにした。
美形が多いエルフの中でもひときわ整った中性的な顔立ちに、さらさらとした美しい金髪を肩の一方に流している。
しかしその顔に浮かべる軽薄な笑みのせいで胡散臭さが拭えない残念な印象を受ける。
「で、アンタはあの王女サマのなんなの? 金魚の糞?」
「酷い言われようだなぁ。まぁ似たようなものだからあまり反論しても仕方ないか」
軌道を逸らされた長槍を青年の方に振るおうとするヴァル。短剣でそれを留める青年。
軽口を叩きながらも互いの得物には力が込められており、危うい均衡を成立させていた。
「オレはローグ・ファティネル。王女さまを楽しませる愉快な道化さ」
ローグと名乗った青年は左手の短剣で長槍を押さえ込みながら、右手を持ち上げる。
そして指を打ち鳴らすと、手品のように一枚のカードが彼の人差し指と中指の間に現れた。
発動の予兆である指で十字を切る動作がなかったため、格納魔法ではないらしい。
「【第八の紙片】」
ローグが呟きながらカード指で弾くと、それは空中で岩のように砕け散った。
直後、槍の穂先を押さえつけている短剣が橙色の燐光を纏い、凄まじい重さが加わった。
「ッ……!?」
唐突な変化にヴァルが目を見開いた瞬間、甲高い音を立てて長槍が弾かれる。
しかし咄嗟に長槍から力を抜いたヴァルはその勢いを利用して回転し、その最中に槍を左手に持ち替えて再び灰炎の尾を引く刺突を放った。
だがその反撃を読んでいたかのようにローグはバックステップを踏み、長槍の間合いから離脱した。
「オレにばっかり気を取られてると危ないよ?」
後方に飛び退きながら不敵な笑みを称えるローグ。
その言葉通り、ヴァルの背後では鎧騎士が大剣を振り上げ、がら空きの背中を斬りつけようとしていた。
しかしヴァルは一切振り返らずに槍を逆手に持ち替えて引き絞る。
その間にも鎧騎士は大剣を振り降ろし彼を両断しようとしている。
そんな彼の様子に怪訝な表情を浮かべたローグは、ヴァルの影が揺らめいたのを見てはっとした。
「頼んだ」
「分かってるよ……」
鎧騎士の大剣がヴァルの背に到達する寸前、彼の影からシャルが現れ大戦斧を振り上げた。
それは大剣をいとも簡単にへし折り、返す刀で頑強そうな鎧を頭頂部から両断した。
「やっば……」
後方に跳躍しながら苦笑いを浮かべたローグの視線の先には、逆手に握った長槍を間もなく投擲しそうなヴァルの姿があった。
彼の眼前には巨大な白光の魔方陣が出現しており、そこを狙っているらしい。
「【第一の紙——】」
「ぶち抜け」
空の右手に再びカードを出現させ、指で弾こうとしたローグ。
それよりも先にヴァルは長槍を投擲し終えていた。
刹那、長槍の穂先が魔方陣を潜り、霞むような超加速を見せる。
そして瞬きの間にローグの元へ灰炎を纏った長槍が飛来した。
シャルを信頼して背後の鎧騎士を完全に無視したヴァルの方がほんの少しだけ先手を取っていたため、ローグの対応がすんでの所で間に合わなかったのだ。
「ぶっ壊せ」
吐き捨てるような声と雷鳴。
それと共にローグの背後から飛来した稲妻が、ヴァルの投擲した長槍に命中した。
「ごめん、シエル」
「油断しすぎよ、ローグ」
否、飛来したのは稲妻ではなく、黄金の雷を纏ったシエルであった。
彼女は霞むほどに加速した長槍を見切り、雷剣の刺突によって一撃で弾き返したのだ。
長槍は数十エトルの距離を吹き飛び、投擲した当人であるヴァルの眼前の地面にザクリと突き刺さった。
ヴァルは槍を地面から引き抜き、シエルが見せた芸当に苦々しい表情を浮かべた。
「ヴァル、邪魔……」
「? うわっ!?」
気だるげな妹の声を認識したヴァルはそちらに振り返ると、彼女は大戦斧を横薙ぎに振るっていた。
その極厚の刃はヴァルの胸の高さで振るわれていたため、彼は咄嗟にしゃがみ込んだ。
直後、甲高い金属音がヴァルの耳を聾し、そちらを見上げると鎧騎士が胴体と下半身で真っ二つとなっていた。
状況から察するに槍を投擲した彼の背後に再び鎧騎士が現れていたのだろう。
だが——。
「もう少し優しく警告してくれよ、シャル!!」
「双子だから、伝わるかなと……」
「都合のいい時だけ双子を利用すんな!」
やる気を感じない返答を、ヴァルは軽めのトーンで叱咤する。
するとそんな双子の横に突如として蒼の尾を引く線が描かれた。
「うひっ!?」
向き合っていたヴァルとシャルがその行く先に視線を向けると、そこには片手を横に広げる鎧騎士と、彼に護られる猫背の女がいた。
ヴァルたちが振り返ってみると蒼の尾を引く線は、後方からセレネが放った矢が描いたものだったらしい。
それを鎧騎士が受け止めたことで直撃は避けたが、弾け飛んだ水が猫背の女にかかったようだった。
「黄金の騎士を生み出しているのは貴女……。そうですね?」
「うへ……何でばれちゃったのかな……」
「貴女が纏う魔力と、騎士の動力となっている魔力が同じものだったので……」
黄金の鎧騎士に護られる猫背の女に語りかけながら、セレネは次なる矢を番えていた。
「底知れない魔力量……。貴女を自由にしていてはアリスさんたちが戦いにくくなってしまいそうですからね。わたくしがお相手させていただきます……」
「ね、狙われちゃったな……。お兄さま、ウィラーニャを護ってください……」
自身のことをウィラーニャと称した猫背の女は、彼女を護るように立つお兄さまと呼ばれた鎧騎士の背に懇願するようそっと触れた。
それによって鎧騎士が擦過音を立てるほど身震いし、纏う魔力が跳ね上がったことをセレネは理解した。
「っ……!」
肌を刺すような魔力の高まりに生唾を飲み込んだセレネは、番えた矢を容赦なく撃ち放った。
それは空中で肥大化しながら一直線に鎧騎士の元へと飛来する。
セレネの矢は水魔法で形成された魔力の矢で、周囲の魔力を吸収することでその威力を高める。
皮肉にもウィラーニャと鎧騎士が放つ膨大な魔力を糧に、彼女の矢は内包する威力を増していくのだ。
それを迎撃せんと鎧騎士は大剣を振り上げる。
しかし激流の矢は振り下ろされたそれを——否、鎧騎士を迂回して背後のウィラーニャに飛んでいく。
空振った大剣はそのまま振り下ろされ、斬撃によって大地を数エトル先まで両断した。
「わわっ!」
激流の矢がウィラーニャに命中し、凄まじい飛沫によって鎧騎士もろとも彼女の姿を覆い隠す。
しかしセレネは気を抜くことなくそちらから意識を外さずにいると、大気が揺らいだことを肌感覚で察知して警戒を強める。
「ま、また濡れちゃったよ……。髪多いから乾かすの大変なのに……」
水しぶきが収まるとそこには麻のフードを脱いだウィラーニャの姿があった。
どこに隠していたのか膝裏まである毛量の多いくすんだ金髪に触れながら、眉を八の字にして困ったような様子だった。
ウィラーニャという金エルフはアリスやシエルたち【百刻】よりも歳上に見える。
しかしだらしなく緩んだ口元と深く刻まれたクマによって、頼りがいのない歳上という印象しか受けない。
「それはいったい……」
先ほどの一矢をまともに食らってかすり傷さえ負っていない。
そんなウィラーニャの姿を見て(全盲であるため正確には感知して)、セレネは困惑するように呟いた。
ウィラーニャは矢が飛来した方向、自身の左側に帯電する黄金の液体を浮遊させていたのだ。
それが盾の役割を成し、奇襲とも言えるセレネの攻撃を防御したのだろう。
(黄金の液体を操る金エルフ……。どこかで……?)
「ラーニャ、あの双子と目隠し女を任せて良い? ローグは奥のイケメン」
何か引っかかりを覚えたセレネの思考は、シエルの声によって断ち切られる。
「さ、三人も相手にするの……? で、でもお兄さまがいれば、だ、大丈夫かな……」
「うわ~、一番強そうなのがオレなの?」
「なんならローグが三人相手でもいいけど?」
「流石にキツそうだから遠慮しときま~す……」
軽い調子で各々の分担を決めていく金エルフたちにしびれを切らしたアリスは、細剣の切っ先をシエルに向けて声を上げようとした。
「っ……!」
だがその瞬間に稲妻が迸り、アリスの眼前を黄金が塗り潰した。
「させるか」
レアルスの声と共に彼女の前方に鏡氷の壁が瞬時に形成され、稲妻を弾き返して砕け散る。
そっくりそのまま返された稲妻は、しかしシエルが切っ先を向けている雷剣に吸収された。
「み、みんな、力を貸して……」
ウィラーニャが両手を広げてぼそぼそと呟いた後、彼女の足下から帯電した黄金の液体が溢れ始める。
それは大波の如く一気にアリスたちの方へと押し寄せ始めた。
「ラーニャ、アタシたちを灰被りのとこまで吹っ飛ばしなさい!」
「わ、わかった……」
黄金の大波が避けるように進む空間にいるシエルは、振り返ってウィラーニャに指示を飛ばす。
するとシエルとローグの足下に黄金の液体が水たまりのように集まっていき、斜め前方に向けて急激に伸びた。
黄金の柱のように二人を押し出したそれはすぐさま液状に戻り、下方で見上げているヴァルとシャルに降り注いだ。
降り注ぐ黄金の液体は、双子に到達する前に流動して形を変えていく。
それは光沢を放つ硬質な物体となり、やがて数十体の黄金の鎧騎士と化した。
「うっそだろ……!!」
「これは、ヤバいかも……」
単体であれば撃破は容易かった鎧騎士だが、これほどの数となると手に負えない可能性がある。
焦燥感を露わにしながらもヴァルは長槍を、シャルは大戦斧を構えた。
「セレネ、二人の援護を頼めるか? 俺とアリスはあっちだ」
「分かりました……!」
レアルスは上空から迫る二人に視線を向けながら、セレネは鎧騎士に変化しつつある黄金の波に激流の矢を連射しながら言葉を交わした。
放たれた矢は鎧騎士を纏めて吹き飛ばしているものの、次から次へと黄金の大波が変化していくためキリが無い。
焼け石に水と分かっていながらも矢を連射しつつ、彼女はヴァルたちの元へと駆けていった。




