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第1話「セフィロトの樹」

 中つ国。それは人間、エルフ、ドワーフ、小人族、巨人族、魔族など様々な種族が群雄割拠する世界。

 その世界は危うい均衡の元、途方もなく長い歴史を重ねてきた。


 しかし賢明なる妖精と名高きエルフたちはその滅びを予見し、早急な対策を講じる。


 世界断絶。それが彼らの選択であった。


 エルフたちが一丸となって行使した大魔法により、中つ国から自分たちの種を隔離。

 別の位相に断絶した空間を創造し、エルフのみが棲まう箱庭を作り上げた。


 その箱庭の中心に屹立する【セフィロトの樹】。


 それが常に魔力を世界に循環させることでエルフを初めとする生物すべてに活力を与え続け、食事さえ不要となった彼らは平穏な日々を送ることとなる。


 やがて【妖精の箱庭】と名付けられたその世界は【妖精歴】と呼ばれる暦を以て、敵対種族が存在しない理想郷としての歴史を重ねていく。


 しかし箱庭の形成から千年が経った頃、魔法で理を歪めて形成した不自然な世界に居座り続けるのは危険だと主張する派閥が現れ、次第にその数を増やして平穏が崩れ始める。


 それから遠からずエルフたちは少しずつバラバラになっていき、ついには武力行使も辞さない戦争が行われる寸前にまで至っていた。


 そんな中、突如として発生した異常事態が世界中のエルフを震撼させることとなる。


 それが起こったのはとある二つの勢力が睨み合い、開戦の狼煙が上がらんとしたまさにその時であった。


 世界の中心でエルフたちを見守っていたセフィロトの樹が見るも無惨な姿へと変貌を遂げ始めたのだ。


 エルフたちがその光景を呆然と眺めている内に樹は完全に枯れ落ち、風に吹き散らされることで跡形もなく姿を消してしまった。


 それから箱庭の在り方が変質する。


 色とりどりの木々が生い茂っていた全土を覆う森は、両断されたかのように十一の色に分かれた。


 そして一つの種族だったエルフたちは領土の色と同じ数の種族に分かたれ、敵対するようになる。



 光を司る【白天の妖精(ケテル)】。


 灰を司る【灰燼の妖精(コクマー)】。


 闇を司る【黒獄の妖精(ビナー)】。


 水を司る【蒼海の妖精(ケセド)】。


 炎を司る【赫焔の妖精(ゲプラー)】。


 雷を司る【皇金の妖精(ティファレト)】。


 風を司る【颯碧の妖精(ネツァク)】。


 大地を司る【橙礫の妖精(ホド)】。


 毒を司る【紫葬の妖精(イエソド)】。


 虹を司る【幻虹の妖精(マルクト)】。


 空虚を司る【虚無の妖精(ダアト)】。



 セフィロトの樹の枯朽以降、妖精の箱庭は新たに生じた種族同士が争う戦庭と化し、新たな歴史を刻み始めることとなる。


 それは一万年以上の悠久を経ても終結することなく、未だに種族間の対立は続いている。



   ◆ ◆ ◆



 妖精歴一八一三三年、灰の月。妖精の箱庭北方に広がる中立地帯の大森林。


 かつてそこは虚無の妖精(ダアト)が領地としていた地域だったが、いつの頃からか彼らは忽然と姿を消した。


 それによってこの地域は十一の国に属さないはぐれ者や、自身の国に住むことが出来なくなった民などが寄り集まっている。


 様々な種族が混在するため争いが頻発し、十一国中六国に囲まれていることから国同士の領地争いに巻き込まれることも多々ある。そのためこの地域に住むメリットはほとんど無い。


 そんな中立地帯のとある集落の酒場に、肩まである絹糸のようになめらかな金髪を麻のフードで隠した美青年が足を踏み入れた。



「やぁやぁ兄弟、景気はいいか?」



 カウンターでマスターからジョッキを受け取った彼は手近な卓に座る灰髪の男に声をかけた。


 その笑みには軽薄という言葉がぴったりだったが、場所の性質上気にする者はいなかった。


「お? 金エルフ様がこんな場末の酒場に何の用だ?」

「おいおい、様なんてよしてくれよ。オレはティネル。南方の小さな集落の出だよ」


 軽い酩酊状態の灰髪の男は、青年の髪と瞳を見ておちょくるように笑った。

 その髪色から察するに灰燼の妖精(コクマー)だろう。


 そんな彼の言葉にティネルと名乗った皇金の妖精(ティファレト)の美青年は肩を竦めた。


 先ほど男が口にしたように、エルフたちは多くの場合それぞれの種族を俗称で呼称する。

 髪や瞳の色から皇金の妖精(ティファレト)であれば金エルフ、灰燼の妖精(コクマー)であれば灰エルフといったようにだ。


「南っていや、ほとんど金エルフの領地みたいなもんじゃねぇか。この辺に比べりゃ全然マシだぜ」


 ティネルが口にした南とは中立地域の南方を指しており、その更に南には最大勢力を誇る金エルフの首都がある。


 ゆえに中立地帯とはいえ、南方に関してはそのほとんどが彼らの支配下にあり、自国の領地と言っても過言ではないのだ。


「そんな仲間はずれにしなくたっていいだろ~? ここじゃみんな兄弟だ、一杯奢るぜ?」


 相手との距離をすぐに詰めたティネルは灰髪の男の肩に手を回し、金貨を指で弾いた。

 そしてそれを空中でキャッチした後、彼の耳元で言葉を継ぐ。


「あんたこの辺じゃあちょっと有名な情報屋なんだろ? 買いたい情報もんがあるんだ」


 要件を口にすると共に先ほど金貨を握った拳を緩めた。

 すると何の手品か木製のカウンターに十枚ほどの金貨が音を立てて落下した。


「……羽振りがいいじゃねぇの。何が知りたい?」



「【燼魔精隊グレイズ】について」



 ティネルの言葉に、男は一拍置いた後にため息をついた。


「なんで最強の座にいるあんたらが灰エルフなんかに興味を示すかね……?」


 彼はそう零した後に一度ジョッキをあおる。そして細めた双眸で彼のことを見返した。


「いいぜ、売ってやる。ただし、あの部隊は俺が国を出てから出来た新鋭だ。だいたいは噂で聞いた程度のもんだがいいか?」

「あぁ、構わないよ。オレが探してる人物がその隊にいるかどうか、それが分かるだけでも十分価値はある」

「オーケー、交渉成立だ」


 灰髪の男は無造作に積まれた金貨を自身の手で掬い寄せると、木製のカウンターを指で叩きながら思い出すように語り始めた。



「あの灰エルフの部隊は【百刻ハンドレッド】の五人で形成されているらしい」


 男はジョッキから離した右手の五指を開きながらそう語る。


 彼が口にした百刻ハンドレッドとは文字通り百年の時を超えて生きるエルフの総称だ。


 ただし百年など長命なエルフにとってはまだまだ子供同然で、通常であれば歯牙にもかけられないような存在である。


「へぇ……」


 ティネルはその情報を聞いて口角をほんの少しだけ持ち上げた。

 彼が語る情報が自分の求めているものに繋がる可能性が一気に上がったからだ。


「どんな魔法でもはじき返しちまう氷の魔道士。激流を操る盲目の美人弓手。閃光の如き槍捌きの少年。影のように物静かだが怪力の少女。それが隊の面々だ」


 灰髪の男は開いた五指を人差し指から一本ずつ折り畳んでいきながら説明し、最後に親指を畳んだ。


「そして何の手品か、いくつもの属性の魔法を使い分ける女隊長がいる」

「? 灰エルフは元々魔力を焼き尽くすという【燼炎じんえん】の他に、他種族の魔法を一つ扱えるんだろう?」

「いやな、なんでもそいつは燼炎じんえんを一切使わないらしいんだ。だが他の種族の魔法を三種類も使えて、それの扱いがとんでもなく上手い。だからそこいらの奴じゃ相手にもならねぇんだよ」


 自分で言いながらも肩をすくめた男は、木製のジョッキを一気に煽って中身を飲み干した。

 そして酒気を帯びて赤らんだ頬に下卑た笑みを浮かべて言葉を続ける。


「そのうえ誰もが振り向くような美人ときた。ちっとばかし乳が寂しかったけどな」

百刻ハンドレッド世代の灰エルフで複数属性を操る女……ね」

「おん? なんか言ったか、あんちゃん?」

「いや、まるでその女隊長だけ見てきたように語るから少し気になってね」


 ティネルが自身の呟きを誤魔化すように笑うと、灰髪の男も小さく笑って語りを続けた。


「あぁ、一度だけ戦ってるところを見たことがあるんだよ。確か中立地帯で灰エルフが他のエルフに難癖つけられて乱闘になった時だったな……」


 彼は虚空を見つめながら当時のことを思い返しているようだった。

 そんな彼にティネルは一つ問いかける。


「なぁ兄弟、そのかわい子ちゃんの名前は分かるかい?」

「あ~、なんていったかな……? 確か大昔の童話にもそんな名前の嬢ちゃんがいた気がするんだが……」


 男は皺を寄せた眉間を指先で揉みほぐしながら記憶の底をひっくり返す。

 そして数秒の後、はっとしたように眼を見開く。


「そうだ、思い出した!」


 そして手を打って女隊長の名前を答えた。



「……アリス。【灰被りの魔女】、アリス・フォティアだ」

「アリス……フォティア、か……。覚えたぜ」


 それを聞いたティネルは麻のフードの下でこれまでとは異なる、温度の低い笑みを浮かべた。

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[一言] Xでは、フォローしていただきありがとうございます。 セフィロトの樹に引き寄せられて、作品を読ませていただきます。
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