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第221話 エルロとフェルト

221.エルロとフェルト


(新星歴4923年5月28日)


 「おいこら、このクソガキっ!!待ちやがれっ!!」


 キャルルートルンで神器を盗んだエルロは、密航を繰り返し今モンテリオン王国の玄関口であるナルミードの港の検問でついに検問官に見つかり、追い詰められていた。


 貧しい彼にお金などない。

 しかし憎い世界をどうにかしたいという強い意志のみでここまで来たが、数日間ロクに食べ物にありつけなかった彼の体力は限界だった。


 「このっ、ちょこまかと……おらっ、捕まえた」

 「ぐっ、は、放せ、俺は……」


 検問官の大ぶりなパンチがエルロの顔を捉える。

 弱っていた彼には厳しすぎる一撃だった。


 殴り倒され、転がったエルロは頭を強く打ち付け、口から血を吐き体は痙攣を始める。

 その様子を見た検問官は大きくため息をついた。


 「くそが、おとなしく言う事聞けばこんな目に合わなかったものを……ふん、死ぬなこりゃ。……ん?なんだ……へへっ、大層な杖を持ってるじゃねえか。どれ…」


 検問官がエルロの荷物から見えていた杖を掴もうと屈んだ時、一人の女性が声をかけてきた。


 「あの、その子私の連れですけど……貴方が殴ったのですか?」


 見るからに金持ちそうなその女は訝しそうに検問官に問いかける。

 検問官は思わず直立してしまう。

 女の纏っている雰囲気がまさに強者のそれだった。


 「う、い、いや、その、このガキ、いえ、お坊ちゃんが、どうやら密航の様でして…その、逃げ出したので……」


 「……ふう、わかりました。これでいいかしら」


 女は金貨を5枚ほど取り出し男の足元に放り投げた。

 船の運賃は通常一般客は銀貨2枚程度だ。


 「は、はい。もちろんです。……その、この事は……」

 「はあ、もう行ってくださるかしら?この子の治療をするので。……邪魔」


 男は金貨を拾うとヘコヘコしながら逃げ出していく。

 その様子を金持ちそうな女、いやフェルトは冷めた目でちらりと見やると、おもむろに治癒魔法を紡ぐ。


 「ふふっ、この子、良いわ。……私の計画に使えそう」


 フェルトは結果的にエルロを救った。

 しかしこの出会いが後に悲劇を生むことを、フェルトは知らない。


※※※※※


 「う……はっ、ここは……」


 殴られ意識を失ったエルロは知らない奇麗な部屋のベッドで目を覚ました。

 彼の人生で初めてといえるその豪華なベッドは、あまりに寝心地が良かった。

 だから彼は自分が死んだのだと思っていたのは仕方がない事なのだろう。


 「はは、そうか……おれ、死んだのか。……くそっ、何もできていない……何も、できなかった……くそ、くそおっ!!」


 そんな時部屋のドアが開き、見たことのない様な可愛らしい女性が部屋に入ってきてエルロに声をかけてきた。


 「あら、起きたのね。気分はどうかしら?」

 「……ふん、俺は死んだのか?ここは天国……いや、地獄なのか?」


 想定外のエルロの言葉に思わずフェルトは噴き出してしまう。

 そして久しぶりに素で笑った。


 「は?……ぷっ、あはははははは、はあ?何言ってんの?地獄?ここが?もう、おかしいな、あんた」


 茫然とフェルトを見つめるエルロ。

 意味が分からない。


 「はー、おかしい。……ここはモンテリオン王国のホテルよ?あなた2日も寝ていたわ。……お腹空いたでしょ?今食事用意するから、食べながら話しようか」


 「え?……おれ、生きてるのか?……どうして……」

 「私が助けたからに決まってるでしょうが。まったく。……取り敢えず食べなさいよ。お腹空いているでしょ?」


 目の前に初めて見る白いパンと、温かいいい匂いのスープが出される。

 エルロは必死にかき込みはじめた。


 「ごほっ、ぐほっ……うあ、はあ、はあ……」

 「誰も取らないわよ。もう、ほら」


 優しくエルロの口元を拭く女性。

 初めての他人からの優しいしぐさにエルロは顔を赤くしてしまう。

 何を言えばいいか分からない。


 「うあ、そ、その……」

 「ほら、ゆっくり食べなさいな?おかわりもあるわよ」


 どうやらエルロは助かったようだ。

 そして奇妙な二人の生活が始まる。


 エルロはキャルルートルンで、酷い生活を送っていた。

 あの村の住人は、絶対に他人を助けることなどしない。

 エルロはなぜこの女性、フェルトが、自分を助けたのか分からなかった。


 でも、この暮らしは。

 彼にとって初めて生きていると実感できる生活だった。


 エルロがフェルトに特別な感情を持つことは仕方がない事だった。


 「ふふっ、力を使うまでもないわね。エルロは私を欲しているわ。あはは、良いわよ?体なんていくらでも抱かせてあげる。女に溺れなさいな?私の目的の為、あなたを壊してあげるからね。あはは、あははははははははは」


※※※※※


 そして二人で暮らしていく中で、エルロはフェルトに夢中になっていく。

 初めて抱く女性の柔らかい体と心震わす匂いは、彼の心を深くつかむ。


 もうフェルトなしでは生きていけないと彼は思った。

 そしてかつて思っていた世界を壊す決意、それすらどうでも良くなっていた彼はある時フェルトに心の想いを告白する。


 「なあ、フェルト。おれ、君が好きだ。結婚してほしい。今の俺は何もできないけど、仕事を探すよ。……俺、子供欲しんだ」


 そして告白を受けたフェルトは、にやりといやらしい笑みを浮かべる。


 「はあ?あんた何言ってるの?結婚?子供?……ばっかじゃないの?なんであんたごときと私が結婚するのかしら?……これだからバカな男は嫌いよ。少し抱かせただけで私を自分のものだと思うなんてね」


 「えっ………」


 「私はね、大好きな男がいるの。あんたは私の駒なの。分かる?」


 「そ、そんな……嘘だ、だって、あんなに、俺たち愛し合ったじゃないか」


 二人体を重ねた時、確かにフェルトは喜んでいたはずだ。

 可愛らしい声を出し、俺を求めてくれていたはずだ。だって、俺は……


 混乱の最中、フェルトはスキルを使う。


 「欺くもの」


 理由がありそういう事をしたのだと、

 本当はエルロの事が好きなのだと、

 こうしなければならない事情があるのだと……


 思い込ませるために。


 「……ああ、フェルト、そうだったんだね……俺は君の力になりたい。何をすればいいんだ?愚かな俺に教えてくれ……導いてほしい」


 そして偽りの聖母のような笑みを浮かべ、優しくエルロを抱きしめる。


 「ごめんなさいエルロ。愛しているの。わたし怖い。助けてくれる?」

 「ああ、もちろんだよ。俺の可愛いフェルト」

 「好きよ、エルロ……キスして……抱いて……」


 そして肉欲に溺れる二人。

 エルロが完全にフェルトに落ちた瞬間だった。


※※※※※


 「ふふふっ、良い駒が出来た。コイツをとりあえず強くしなくちゃね。最低でもノアーナ様の脅威にしなくちゃ。あはは、楽しみだな。さあ、実験しよう。まずは戒律よね。殺しても問題ない方法を見つけなくちゃ」


 エルロとフェルトの狂ったような実験が始まる。

 そしてほぼ滅ぼされていた『降魔教団』の生き残りと連携し、エルロの杖がキーだったことに気づいたフェルトはほくそ笑んだ。


 「やっぱりね。私の運命なんだよ。ノアーナ様を私のものにすることがね。だってこんなに都合がいいなんてね。あの方の悪意の本体でしょ?それを制御する方法も見つけよう。うん、絶対に見つかる。……だって私、ちょっとだけわがままだけど、何も悪いことしてないからね。あはは、あーはっはははははははは」


※※※※※


 そしてたどり着く終末。


 フェルトの唯一の失敗は。

 エルロが本当に心の底から彼女を愛していたことを理解できなかったことだった。


 わがままな女性は、彼女を一番愛していた男性によって完全にその命を終わらされた。

 もう二度と転生する事はなかった。


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