84.丸鶏
翌朝、僕らはちょうどいい時間にナディアに起こされた。ナディアは孤児院育ちなだけあってとても早起きだ。昨日の今日でよく起きられたなと思ったけど、毎日の習慣で早起きが身についてしまっているらしい。規則正しい生活って大事なんだな。
そんなナディアは今必死にグレイスの寝癖を直している。貴族であるグレイスは普段の身支度は全部メイドがやってくれるようで、自分じゃ寝癖を直しきれなかった。ぐちゃぐちゃの髪でナディアに泣きついたグレイスに、ナディアは多分孤児院ではいつもそうなのだろう、小さい子に言い聞かせるような感じで小言を言いながら対応していた。ナディアはきっといいお母さんになると思う。
テディーは細くて柔らかそうな髪が爆発したみたいになっていて笑ってしまったけど、不思議と水をかけて魔法で乾かすだけで元に戻っていた。魔法ですぐに髪を乾かせるのは便利だなと、前世の世界を知る僕は思う。
みんな大体の支度が完了すると、族長がやって来た。
「なんだ、みんな早いな。起こしてやろうと思って来たのに」
族長が残念そうに言う。どんな起こし方をするつもりだったのか、朝からドッキリは勘弁だ。
「今朝は広場で炊き出しをしているんだ。お前達が寝た後も宴は続いていたからな。今広場では馬鹿な酔っぱらい達が屍と化しているぞ。お前達は大きくなったら酒には気をつけるんだぞ」
あの後も宴は明け方まで続いていたらしい。凄いな、森の中はそんなに退屈なのかな。
広場に行くと確かに酔っ払って地面にそのまま寝ている人が何人かいた。一箇所に集められているので一瞬死体かと思ってビックリした。
炊き出しでパンとスープを貰うと、お姉さん達がスープに大きなソーセージをオマケで入れてくれた。何杯でもオカワリしていいと言うのでメルヴィンは大喜びだ。僕は一杯で満足してしまったけど、メルヴィンは三杯も食べていた。お姉さん達が微笑ましげな目で僕らを見ている。エルフにとって子供は何に変えても守らなければならない宝なのだと教えてもらった。
さて、朝食の後はいよいよ冒険だ。僕はどんな面白いものと出会えるかドキドキした。
「よし、今日はお宝を探そう!」
テディーは鑑定でお宝を探すことにしたらしい。宝探し、いい響きだな。
「いいじゃないか、宝探し。なら丸鶏を探すといい。奴らは用心深い上に素早いからエルフでも狩るのが大変なんだ。とにかく美味いから狩れたら今日の夕食に出してやろう」
丸鶏という聞きなれない名前に僕達は首を傾げた。
「ああ、人間にはファストチキンと呼ばれていたかな」
ファストチキンは高級食材だ。丸々太っている割に風を操り素早く移動できるから捕まえるのが大変なんだけど、とにかく美味しいと評判の鶏だ。食べてみたい。僕らの心はひとつになった。
皆で丸鶏狩りの相談をしていると、族長が丸鶏の羽を持ってきてくれた。シロに匂いを覚えてもらう。これできっとシロが丸鶏を見つけてくれるだろう。
このまま今日は族長が森を案内してくれるそうだ。
森の中に入ると、テディーが大興奮で珍しい植物や鉱物を集めていた。
「うむ、人間の国ではそんな物も珍しいのか。勉強になるな」
族長はテディーから市場価格を聞いて感心している。この森は珍しい物の宝庫だった。エルフの『鑑定士』も居るらしいけど、鑑定結果はエルフの里基準になるらしく、人間の国での相場は分からないのだそうだ。ジョブって不思議だな。
僕らは植物や鉱物を採取しながら、見つけた魔物も狩っていく。どれもこの森特有の魔物ばかりで高く売れそうだ。
シロが丸鶏の匂いを追うのについて行くと、やがて開けた場所にやって来た。
『この辺りに居るよ!』
シロが静かに言った。目を凝らしてみると、開けた場所の中央に丸鶏がいた。僕は話し合った作戦通りにフライングシューズを起動する。そして素早く丸鶏の後ろに回り込むと、皆で丸鶏を囲む形になった。丸鶏は僕らに気づいて逃げようとするが、既に囲んでしまった後だ。結局丸鶏は逃げられずにメルヴィンに首を落とされた。
見学していた族長が拍手で僕達を讃えてくれる。
「まるでウルフのような狩りの仕方だな。確かにウルフの群れは丸鶏を狩るのが上手いが、人間でも同じことが出来るんだな」
エルフの狩りは効率重視で少人数に分かれて行われるらしく、囲むという発想は無かったようだ。
この調子で丸鶏を沢山狩って、里の人達にも食べてもらいたいなと思う。
僕達はシロに沢山丸鶏を見つけてもらうようお願いした。
『任せて!沢山見つけるよ!』
僕達は次の丸鶏を探すシロについて行った。
結果、夕方までに十羽程の丸鶏を狩ることに成功した。
丸鶏は全部今夜皆で食べようと族長に言うと、嬉しそうにしていた。
「今日はまた宴になるな。お前達が狩ったと知ればみんな驚くぞ」
僕達は丸鶏料理を楽しみにしながら里へと帰るのだった。
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