184.本当のおばあちゃん
僕が向かったのは学園の秘密基地だ。最初から、おかしいと思っていた。
学園長と秘密基地の片づけをしていた時、出てきたのは七賢者の私物ばかりだ。些細な思い出を語るわりに、学園長の物と思われる私物が一つも無かった。
僕は学園長先生の本当の名前も、顔も知らない。学園長はアンドレアス殿下とは髪色が違うけど、そんなの魔法でいくらでも変えられる。
きっと学園の学園長が代々顔を隠し、マルダーという名を受け継いでいたのはアンドレアス殿下にとって好都合だったのだろう。
僕が秘密基地の扉をノックすると、扉はすぐに開けられた。
そこにはいつものように優しく微笑む学園長がいる。
「いらっしゃい、待っていたよ」
学園長の口調はいつもと違う。僕は胸に抱いたアオをぎゅっと抱きしめた。
「話を、聞かせてくれますか? アンドレアス殿下」
僕が殿下と呼んでも、学園長の瞳は凪いだままだ。
「座って話そうか」
促された僕達が秘密基地に入ると、お茶の用意がされていた。シロ達の分まで用意されている。やっぱり先見で全部お見通しだったのだろう。
僕はソファに座ると、優雅に紅茶を飲む学園長を睨みつけた。
「さて、何から話そうか」
そう言った学園長は自らの仮面に手をかけた。ゆっくりと仮面を外すと、学園長の髪と瞳の色が変わる。僕と同じ、黒髪と黒い瞳になった学園長は困ったように微笑んだ。
「あなたは、アンドレアス殿下ですか?」
「……そうだ」
僕の予想は当たっていた。肯定したアンドレアス殿下の顔は少しこわばっている。
そんな殿下に、僕は一番聞きたかったことを問いかける。
「……アンドレアス殿下は僕の、本当のお祖父さんですか?」
僕は意を決して問いかける。
「そうだと言ったら?」
問いかけに問いかけで返されて、僕は言葉に詰まった。聞きたいことはたくさんある。でも、何も言葉が出なかった。
「……すまない。私も動揺しているのかもしれない。今日ここに、エリスが来るのは先見で見た。でも、その先がどうしても見られなかった」
目の前の殿下は挙動不審だった。その姿がなんだかひどく悲しそうで、僕は冷静になる。別に殿下が僕の本当の祖父だったとして、そのことはまあいい。何より僕が知りたいのは別の事だ。
「じゃあ、おばあちゃん……大魔女ネリーは……あなたの恋人じゃなかったのですか?」
僕が真剣な目で殿下を見つめると、殿下は気まずそうに目をそらす。
「……順を追って話そう。まず、私がエリスの祖父であるのは間違いない」
やっぱりそうなのか。血のつながった家族が見つかったのになぜか僕は素直に喜べなかった。
「ルースが生まれた時、国内はまだ荒れていた。私はギディオンに執拗に命を狙われていたし、私の恋人だったネリーもギディオンに目をつけられていた」
そこまで聞くと、僕の心臓がバクバクと音をたてはじめた。
「ルースが生まれた時、ネリーは決断したんだ。私と離れて自分の娘だとは隠して、ただの養子としてルースを育てると。それがルースを守る一番の方法だった」
それを聞いた僕の頬を涙が伝い落ちた。
どうしておばあちゃんは死に際に、僕に命がけの祝福をほどこしたのか、その答えが今見つかったのだ。
僕はおばあちゃんとちゃんと血のつながった家族だった。そのことがどうしようもなく嬉しい。
そしておばあちゃんのことを思うとどうしようもなく胸が苦しい。
僕は目の前の殿下をじっと見つめた。殿下はまるで死刑宣告を待つ罪人のような顔をしていた。
僕は殿下に抱く感情は複雑だ。複雑すぎて、言語化できない。まだ、本当のお祖父さんだなんて認められない。
でもおばあちゃんの気持ちを考えたら、言わなくては。
「……お祖父さん。今度一緒におばあちゃんの慰霊碑に行ってくれますか?」
殿下は茫然としていた。まるで聞いたことのない言葉を聞いたかのように、僕の言葉を飲み込めないでいるみたいだ。
この人はおばあちゃんが愛した人だ。でも、おばあちゃんはもう居ない。
僕はおばあちゃんにたくさん愛情を注いでもらった。
だから僕もおばあちゃんのために、この人を愛する努力をしようと思う。
殿下はまだ固まっている。何か言いかけるように口を開けては閉じて、困惑しているようだった。
きっとこの人はとても不器用な人なのだろう。僕に嫌われるのが当然だと思っているように感じた。
僕も許せるか許せないかでいったら今は許せないけど、きっといつか受け入れられるようにはなると思う。
トレバー君の言うことが本当なら、この人はおばあちゃんのことも僕のことも守ろうとしてくれていたのだから。




