181.国王
それからさらに一時間ほどだろうか。僕は縛られたまま馬車に揺られ続けた。
いや、一時間もたっていなかったかもしれない。僕の恐怖心から時間が長く感じられているだけだ。
馬車の荷台の扉が開いて、僕はまた男の人に担がれた。
「じきに陛下がいらっしゃる。それまで大人しくしていろ」
乱暴に部屋の中央に投げ出された僕は、身動きもできずに痛みに耐えた。
痛い、怖い、帰りたい。僕の目には涙があふれた。
こらえきれなかった涙が頬を伝って豪奢な絨毯にしみこむ。
一体僕が何をしたっていうんだ。
しばらく泣いていると、突然扉が開いてなにやらギラギラした装飾品をたくさんつけた男が飛び込んでくる。
僕の顔を一目見るなり男は言った。
「おお!これは間違いない、この顔、あの男に生き写しだ。でかした、お前には褒美をやろう」
僕を攫った男にそう言った男の顔は、どこかで見た覚えがある。
「ありがとうございます。陛下」
陛下……そうだ王様だ。写真で見た王様にそっくりだ。本当に王様自らここに来たのか。
「一応本当に鍵か確認しておけ」
王様は上機嫌でそう言った。そして僕を攫った男が僕に近づいてくる。
震えながら待っていると、男は何かの魔法道具を取り出して僕に近づける。僕の手にその魔法道具に付けられた針が刺さってとても痛い。
「え?」
魔法道具を見つめた男は目を見開いて驚いていた。
そしてそんなはずはと言いながら、僕の腕を何度も魔法道具で刺した。
ソックスの下の足首に付けられたおばあちゃんのアンクレットが熱をもって役目を果たしたことを教えてくれる。
そうか、これは僕が『鍵』かどうか確かめるための魔法道具なんだ。おばあちゃんのアンクレットはその効果を打ち消している。
何度も細い針で刺された僕は、痛いと思いながらもおばあちゃんに感謝した。
僕が『鍵』じゃないとなれば、王様は僕を解放してくれるかもしれない。
見えてきた希望に少しだけ恐怖が薄れた。
「……違います。魔法道具が反応しません」
蒼白になった男が王様に言うと、王様は顔を真っ赤にして怒った。
「そんなはずがない!忘れるものか。この子供はあいつの幼い頃に瓜二つだ!あの憎きアンドレアスそのものだ!」
……は?僕は王様の叫びを聞いて困惑した。
どういうことか考えようとすると、王様が僕の胸倉を掴んで持ち上げた。喉が詰まって苦しい。
鬼のような形相の王様は僕を持ち上げたまま杖を振るった。描いた魔法陣は自白の魔法陣。まずいと僕は思った。
「言え。貴様はアンドレアスの子だろう!」
僕は苦しさにもがきながら答える。
「ち、がう」
僕の父の名はパトリックだ。それは間違いない。
「ならば質問を変えよう。お前は王族の生き残りだな!何かの魔法で血液鑑定をできなくしているんだろう!」
「しら、ない」
これも本当の事だ。僕は自分が何であるのか知らない。おばあちゃんのアンクレットの効果も、想像しただけで詳しくは知らない。
引き続き王様が口をひらこうとした時、扉をノックする音がした。
王様の意識がそれた瞬間、僕は暴れる。胸倉を掴んでいた王様の手が外れて、床に落下する。そのまま僕は咳き込んだ。
「陛下、お時間です。お戻りください」
「ちっ……この小僧は拘束しておけ、後で尋問する」
王様と男は足早に部屋を出ていった。……とりあえず助かった。
安堵して床に転がりながら息を胸いっぱいに吸い込むと、また涙があふれてくる。
王様は怖ろしかった。あの人が、僕のお父さんを殺した。そう考えるとまた体が震える。
少し冷静になると、王様の言ったことを考えた。僕がアンドレアス殿下に瓜二つだと、王様は言った。そして僕が王族の生き残りであるのか質問した。
今の王様以外の王族は王様に皆殺しにされたというのはもっぱらの噂だ。王様は自分とその血を引いた子供達だけが高貴な存在であることを望んでいる。
アンドレアス殿下の他にも王様の魔の手から逃げ延びた王族もいるという噂がある。そしてそれを匿っているのはアンドレアス殿下であると言われている。
そんな怖い噂があっても、この国は五十年に一度の儀式のために王族の血筋を失えない。だから今の王様はどれだけ残虐でもその地位にあることを許されている。
なぜ王様は今更になって王族の生き残りを探しているのか……考えると、ある可能性にいきつく。でも僕にとってその可能性は受け入れがたいものだった。
「おばあちゃん……」
僕は未だ混乱する頭でおばあちゃんの事を考えた。
ねえ、おばあちゃん。いったい何が本当で、何が嘘なの?僕はいったい何者で、どうしてこんな目にあっているの?僕がアンドレアス殿下に似ているのはなぜ?
ひとしきり泣いて、僕は考えるのをやめた。今一番大切なのは、ここから逃げ出すことだ。
王様が帰ってくる前に、ここから脱出しないと大変なことになる。僕は震える体をなだめながら逃げる方法を探した。




