178.エルフの里にて
豊穣祭まで後一週間。僕らはカラフルのみんなとエルフの里に泊まりにやってきていた。
「こんにちは、族長!」
「ああ、エリス。他のみんなもよく来てくれた。歓迎するよ」
相変わらずエリカ族長は僕を抱き上げて頬ずりをする。僕は黙って受け入れた。
「そろそろ持ち上げるのも辛くなるな。……大きくなったなエリス」
エリカ族長はなんだか嬉しそうだ。浮かれているような雰囲気が僕らにも伝わってくる。
「今年の豊穣祭は特別だからな。巨大なお化け瓜を用意しておいた。ランタンをたくさん作るといい」
そう、僕らがエルフの里に呼ばれた理由がそれだ。お化け瓜というのは大きなカボチャのようなもので、あまり美味しくないけど中をくりぬいてランタンにできる。
エリカ族長は、何と僕らのために畑の一角でお化け瓜を育てておいてくれたらしい。
エルフが手ずから育てた野菜は大きく美味しい。そもそもエルフが妖精ほどではないが植物との親和性が高いからだ。
エルフの手によって育てられたお化け瓜を目の前にして、僕らはあまりの大きさに口大きく開けた。明らかに族長の身長くらいある。
「これは玄関に飾ったらみんな喜ぶわ」
ナディアが嬉しそうに言うと、エリカ族長はナディアの頭を撫でる。
「そうするといい。中身はあまり甘くないから、砂糖をたっぷり足してビスケットにしようと思っているんだ。孤児院の子供達も喜ぶだろうから、持ってお帰り」
エリカ族長は、幼い頃から貧しい中子供達の面倒を見ていたナディアを気に入っている。ナディアが遠慮しないような素朴なお土産をたくさん持たせてくれるので、ナディアもエリカ族長の事を慕っていた。
「エルフの里では、豊穣祭をやらないんですか?」
テディーが聞くとエリカ族長は微妙な顔をした。
「人間のような風習はないな。儀式が綺麗だから、それを眺めながら酒を飲むくらいだ。だからお化け瓜は全部くりぬいてかまわないぞ。里ではランタンなんて作らないからな」
きっとエリカ族長は儀式用の魔法道具がエルフも協力して作った物だと知っているんだろう。顔を見るにもしかしたら魔法道具を使うこと自体に批判的なのかもしれない。
「儀式は素晴らしく美しいぞ。夜空にまるで流星のような光が駆け巡って空を覆いつくすんだ。その光が一晩かけて大地に降り注ぎ、儀式は完成する。あと五十年はこの土地の豊穣が約束されるというわけだ」
族長が言うと僕達は色めき立った。この世界の人間の寿命は百年ほどだから、五十年前の儀式の様子を知る大人はたくさんいる。その誰もがまるで夢のように美しいと語るのだ。
「あー、早くみたいな!豊穣祭が楽しみだ」
メルヴィンが足踏みしてお化け瓜のツルに大剣を突き立てた。斬新な収穫方法だな。
「収穫は魔法を使え。剣が痛むぞ。かなり硬いからな」
族長が笑いながらメルヴィンをたしなめるが、僕はその表情に違和感を覚えた。なんだか笑顔がぎこちないような気がする。
「ほら、エリス。ランタンを作ろう」
みんなに促されて、僕は違和感をすぐに忘れてしまった。
ランタン作りははっきり言って重労働だった。お化け瓜があまりに硬いのである。
途中から見かねたエルフ族の人達が一緒に作ってくれたけど、僕らだけだったら絶対に完成しなかった。
くりぬいた中身は大きな蒸し器でよく蒸した。見た目はかぼちゃだからこっそり味見してみたんだけど、全く甘くなくてもそもそした。
なんだか裏切られた気分になってテディーとメルヴィンと三人で蒸し器を睨んでいると、エルフのお姉さん達に笑われてしまった。
「ほら、だから言ったじゃない。お砂糖入れないと食べられないって」
ナディアにも叱られて僕らは反省した。見た目だけじゃ味はわからないんだ。
「たくさんビスケットが焼けそうですね。モモちゃんも一緒に食べましょうね」
グレイスが出来上がった生地を型抜きしながら肩に張り付いていたモモに言う。
『美味しそうです。焼き上がりが楽しみですね』
『私も早く食べたいの!お手伝いするの』
アオは洗い物を手伝っている。大きな調理器具は洗うのが大変だから、アオが居てくれて大助かりだ。
シロとクリアとチャチャはエルフ族のテイマー達と狩りに出かけている。きっと今夜も宴会だ。
暗くなってきたので出来上がったランタンに火を灯してみると、巨大なランタンはちょっと怖ろしくも見えた。中の明かりがくゆりその存在を主張する。
これほど大きくはないけれど、こんなランタンが街中に置かれるのだ。きっと綺麗だろう。
僕は豊穣祭が楽しみになった。