171.兄さんのお見合い
それは家族みんなで夕食を囲んでいる時の事だった。
「パーシー、お前に複数の見合いの話が来ている。そろそろお前も婚約者を見つけろ」
突然おじいさんがパーシー兄さんにそう言った。パーシー兄さんは笑顔のまま固まっている。
「いや、おじい様。まだ早いんじゃないですか?家は父さんが継いだばかりですし、まだ僕が継ぐのは先でしょう?」
兄さんはまだ十代だ。確かに僕も結婚は早いのではないかと思う。でも、貴族の常識を考えれば違うらしい。結婚はまだ先だとしても、婚約者くらいは決めなければいけないようだ。
「私は幼い頃にヴァージルと婚約して、今のあなたと同じくらいの年頃にあなたを産んだのよ。決まるのが早いに越したことは無いわ」
僕は思わずお母さんを見た。そういえば考えたことが無かったけど、お母さんの年齢から考えたら確実に十代の頃にパーシー兄さんを産んでいるはずだ。結婚したのはお父さんが十六歳、お母さんが十五歳の時だったという。
「俺達は貴族として見ても早く結婚した方だからな」
「はっはっはっ、私は早く子供に後を継がせて引退するつもりだったからな。結婚を急がせたことは悪いと思っているさ」
おじいさんは悪びれなく笑っている。ここまで潔いと怒るに怒れないだろう。お父さんは苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「俺はまだまだ引退するつもりは無いし、父上の様にお前に早く跡を継がせようとするつもりもない。まあ見合いと言っても軽く考えればいいさ。気に入った子がいたら交流すればいい」
お父さんはパーシー兄さんにできる限りの自由を与えようと思っているらしい。自分がおじいさんのせいで大変だったからだろうか。
パーシー兄さんはお父さんにそう言われると弱いらしく、しぶしぶ見合いを了承した。
僕は養子だから身分問わず好きな人と結婚していいと言われると、兄さんに心なしか恨めしそうな眼を向けられてしまった。
食事が終わるとなぜか僕は兄さんに抱え上げられ、兄さんの部屋に連行される。
「エリス!頼みがある」
いつも飄々としている兄さんにしては珍しく真剣な、どこか必死さも感じられる様子に僕は驚いた。
一緒に付いて来たシロ達もどうしたのかと首をかしげている。
「見合いの日、シロ達を貸してほしいんだ」
兄さんは訳の分からないお願いをしてきた。僕は首をかしげながらどうしてか問う。
すると兄さんは悲しそうな顔をした。
「俺は女性を見る目が無いらしいから……」
それでどうしてシロ達が必要になるのか、僕にはさっぱりわからなかった。
兄さんはベッドに座ると僕を抱え上げる。兄さんの膝の上に座らさせて、話を聞くことになった。
「あれは学園の三年生の時だった。ある女の子に告白されたんだ」
兄さんは恋愛にトラウマでもあるのだろうか、なせか僕をぎゅうっと抱きしめている。
僕は兄さんの腕をポンポンと叩いて続きを促す。
「その子は言った。一年の時からずっと俺のことが大好きだったんだって。その子は家格は低いけど一応貴族だし、かわいい子だった。俺は浮かれてOKしたんだよ」
兄さんは友達も多いしモテると思うのに、それしか告白されたことが無かったのだろうか。僕は学生時代の兄さんは勝手に引く手あまただったんだろうなと思っていたからちょっと不思議な気持ちだった。
「俺がその子と付き合いだすと、友達にはすぐ別れた方がいいと言われたよ。でもくだらない嫉妬だろうと、俺は切り捨てた。初めての恋愛に浮かれてたんだ」
……そこまで聞いて話が読めてきた。きっとその子はちょっとあまり性格が良くない子だったんじゃないかな。友達に忠告されるくらいだから、結構裏表がある子だったのではないだろうか。
「しばらく付き合って、ある時聞いてしまったんだ。その子が他の女の子と話しているのを……」
あまりにひどい内容だったのでその子の言葉を要約するとこうだ。曰く兄さんは家柄だけは良いがつまらない。玉の輿に乗るために付き合っている。簡単に騙されて馬鹿みたいだ。ということらしい。
僕はその女の子に怒りがわいた。兄さんは項垂れている。
「俺はその日以来、女の子が怖いんだ。俺のジョブは『役者』だから嘘をつくのも上手いし、反対に嘘を見抜くのも上手いという自負があった。その自信が粉々に打ち砕かれて信じられなくなったんだよ」
僕は兄さんを助けてあげたいと思った。だから兄さんに問いかける。
「どうしてシロ達の力が必要なの?」
 




