168.お祖父さんの涙
エヴァンス伯爵達の来訪時間になると、僕は応接室に移動した。シロ達も一緒だ。
僕はシロを撫でながらソワソワして伯爵達の来訪を待った。
しばらく待つと、玄関の方が騒がしくなるのがわかる。表向き伯爵は事業の相談に来ることになっているらしい。そしてすべての使用人を遠ざけてこの部屋で密談という流れだ。
部屋に近づいてくる足音がして僕は緊張した。コンコンとノックの音が鳴ると、僕ははいと返事をした。少し声が裏返ってしまったかもしれない。
扉を開けて入って来たのはお父さんとエバンス伯爵達だ。
エヴァンス伯爵の表情は硬かった。僕をじっと見つめている。僕はどんな挨拶をすればいいのかわからなかった。
なんだか頭の中が真っ白だ。
「エリス。伯爵に挨拶を」
お父さんがそう言ってくれて、僕はたどたどしいが口を開くことができた。
「えと、あのお久しぶりです。お祖父さん、伯父さん」
そう言った瞬間。お祖父さんは顔をゆがめた。僕は怒らせてしまっただろうかと心配した。
しかし、伯爵の口から飛び出したのは別の言葉だ。
「君は……私達をそう呼んでくれるのか」
僕は首をかしげてしまう。すると僕の様子を見てお祖父さんは顔を隠した。
「いや、すまない……」
泣いているのだろうか。僕は驚いてしまった。
「父上、エリスが困っていますよ」
お祖父さんの横に居たセドリック伯父さんがお祖父さんの背を撫でる。
「ああ、そうだな……話を、しに来たのだった……すまない……」
僕はなんだか居心地が悪かった。僕にとっては、二人は偶然見つかった血縁で、それだけだ。でも、僕と彼らの間には何か酷い温度差があるように感じられた。
もしかしたら伯爵は、僕の事をずっと大切に思っていたのかもしれない。だって僕を引き取らなかったのには事情があるということを僕も知っている。
みんな僕を守りたかっただけだって、デリックおじさんもそう言っていた。
それに関しては僕にも少し思うところはあるけれど、大人達を責めたいとは思ってない。
みんなが僕に示してくれた愛情は、本物だと思うからだ。
お祖父さんは涙にぬれた瞳で僕を見た。その表情は悲しみをこらえているようで、ひどく居心地が悪い。
「エリス、すまなかった。私は君の為とはいえ、今まで祖父らしいことを何一つしてやったことがない。今もまだ、君の祖父だと胸を張って言うこともできない。それなのにこうして会ってくれて嬉しく思う」
いきなり頭をさげられて、僕はまたどうしていいのかわからなくなった。距離感がまだつかめない。
「えと、顔を上げてください。僕はお父さんについて知りたくて……勝手に調べてしまいました。ごめんなさい」
僕の言葉は尻すぼみになってゆく。なんだかとても悪いことをしてしまった気分になった。
「エリスが謝ることなど何もない。すべては私の責任だ。そうだ、パトリックの事を話さねばな」
僕は顔を上げた。本当のお父さんの事を知りたかった。話してくれるのだろうか。
「お茶を入れましょう。まずはお座りになってください」
お父さんが、お祖父さん達に座るように促した。きっと長い話になる。僕も大人しくソファに座る。
事前に用意してもらっていたポットでお父さんがお茶を入れると、みんなに配る。僕は緊張して喉が渇いていたので、すぐに口をつけた。
「幼い頃のパトリックによく似ていますね」
伯父さんの呟きに、僕は首をかしげる。
「僕は外見は母親似だと聞いています」
実際に、顔はあまり伯父さん達と似ていない。よく見れば似ている所もあるかなといったところだ。
「外見は確かにルース様似だけど、雰囲気かな?僕達がパトリックに似たところを探してしまっているだけかもしれないけど……パトリックも少し大人びた子供だったんだ」
そういえばエリカ族長が言っていた。僕は落ち着いた雰囲気が祖父に似ていると。
エリカ族長が言いたかったのはエヴァンス伯爵と似てるってことかな?エヴァンス伯爵はどっしりとした重厚な雰囲気を持っている。……似てるかな?わからないや。
「エリスはパトリックの子供だ。君が生まれる前に死んでしまったけれど……いや、正しくは殺されてしまった」
僕は真剣な目で伯父さんを見る。いよいよ本当のお父さんの話が聞ける。真実を知った僕はどうするのだろう。緊張で手を握りしめていると、隣に座ったお父さんが僕の手を取った。その手の暖かさに僕は安心した。緊張がほぐれていくのを感じる。
そんな僕達を見てお祖父さんは静かに話し始めた。