166.パスカルさんの過去
僕が研修から家に帰ると、デリックおじさんが来ていた。
「お帰り。楽しかったか?」
デリックおじさんはなんだか元気がない様だった。おじさんは僕を抱き上げると、研修について問いかける。
僕は研修の内容を話して聞かせた。緊張したような様子のおじさんを不思議に思いながら。
研修の事を言い終わると、おじさんはソワソワと落ち着きなく僕を見ていた。
「エリス……エヴァンス伯爵がお前に会いたいと言っている。お前に用事が無ければ来週にでもここを訪ねたいそうだ」
僕はそれを聞いてとたんに緊張した。僕の本当のお祖父さん。やっと会える。
「伯爵はやっとお前に会えると喜んでいたよ。エヴァンス伯爵家は過去に裏切ったことから王にかなり警戒されていてな。お前を置いておくには危なすぎた。決してお前を蔑ろにしていたわけではない」
そっか、そうだったんだ。お祖父さんは僕の事を心配してくれていたんだ。僕の中にはまだ少し納得のいかない部分はあるけど、当時大人達が話し合っておばあちゃんが僕を預かることになったのだろう。
「エリスはエヴァンス家の人達とはあまり容姿が似ていないからな。母方の血が濃いんだろう。お前の伯父のセドリック様が自分の子供ということにして育てたいと言い張ったんだが、危険すぎるということでなしになったんだ」
おじさんは静かに当時の事を語ってくれた。僕は少し涙が出そうになった。僕は愛されて生まれてきたのだということがわかったから。
「お父さんはどうして死んだの?」
デリックおじさんに問うと、痛ましそうな顔をした。僕はどんな顔で質問したんだろう。さりげなく聞いたつもりだったんだけどな。
「俺はあまり詳しくないから、それは伯爵に聞くといい」
静かに、おじさんが僕の頭を撫でる。そっか、お祖父さんに聞いたら教えてくれるかな?
僕は帰宅するおじさんを送り出すと、街を歩くことにした。まだ日が暮れるには少し時間がある。たまっていた回復薬を納品しにパスカルさんのお店に行こうと思った。
『エリス?不安なの?お祖父さんに会えるのに』
アオが僕の様子を見て問いかけてきた。そうかもしれない。僕は少し、怖いと感じているのかも。複雑な気持ちだ。
『大丈夫なの!家族が増えるだけなの!それは嬉しいことなの!』
アオが言う。そっか、家族が増えるだけか……確かにそうかも。僕はなんだかわからないことが多すぎて、一番大切なことを見逃していたのかもしれない。
「アオ、ありがとう。なんだか気持ちが軽くなったよ」
僕はアオにお礼を言うと、来週を楽しみに待つことにした。
パスカルさんのお店に着くと、僕はまずお礼を言った。
「お、研修終わったのか?どうだった?勉強になったか?」
パスカルさんがお茶を入れてくれたので、僕は座って、あったことを話して聞かせた。
「恋愛騒動か。また珍妙なことになったんだな。惚れっぽい男の子か……俺には理解できないな」
パスカルさんが笑う。そういえば、パスカルさんは奥さんとかいないのかな?僕は軽い気持ちで聞いてみた。
「婚約者がいたんだがな……結婚する前に死に分かれたよ。もう何十年も前の話さ」
パスカルさんは寂しそうだった。きっと今もその人を愛しているんだろう。
「それからはアンドレアス殿下に忠誠を誓って、ずっと手足として働いている。婚約者の無念を晴らしてくれたのは、アンドレアス殿下とネリー様だったからな」
そうか、パスカルさんはアンドレアス殿下の命令でおばあちゃんの側に居たのだと言っていた。
無念を晴らしたということは、婚約者さんは理不尽な死に方をしたのだろうか。僕は少し悲しくなった。
パスカルさんは僕にとって恩人だ。小さい頃から僕を可愛がってくれた、兄のような存在だ。慰めの言葉を見つけられないのが少し悔しい。
「はは、子供の一人でもいれば、何か変わったのかもしれないけどな」
自嘲気味に話すパスカルさんに僕の胸は切なくなった。
「エリス、今度エヴァンス伯爵に会うんだろ?」
僕はどきりとした。そうかパスカルさんはアンドレアス殿下の部下だから、知っているのか。
「俺に言えた話じゃないかもしれないが、愛する人と引き離されるのは身を切られるより辛いものだ。伯爵だって、お前と離れたくて離れたわけじゃない。色々と思うところはあるだろうが、受け入れてやってくれ」
そういわれて、僕は気づいた。きっと不安なのは僕だけじゃない。伯爵達も僕と会うことを怖いと思っているかもしれない。僕はもう別の家の養子になっているわけだし、僕と同じように受け入れられなかったらどうしようと思っているかもしれない。
笑っていようと、僕は思った。そうだ、家族が増えるだけなんだから。僕はただ、喜ぶだけでいい。
なんだか心がまた軽くなった気がした。




