165.『可愛い』
「また妙な物を作ってるな……」
カレーの下ごしらえをしていたら、マシンさんに呆れられた。
「またクリームシチューとやらか?」
材料は似ているけど今日は違う。前々からアオとうちのシェフと一緒に改良を進めていたスパイスがやっと納得する味になったので、カレーのお披露目会だ。
見た目があれだから受け入れられるかちょっと不安だけど、僕はカレーが好きだから流行らせたい。
味は百点満点だからきっと気に入ってくれるはずだと信じよう。
「なんだか野営じゃなくてバーベキューみたいね」
鍋をかき混ぜてくれながら、カラさんがころころと笑っている。リーンさん達大人組は苦笑いだ。
「エリス、料理にこだわるのは良いけどちゃんと場所は選びなさいね。ここは初心者向けでそんなに危険がないからいいけど、決まった野営スポットのない森だと危険だわ」
とうとう優しいアリリスさんにも言われてしまった。一応ちゃんと理解しているつもりだ。ただ初めてのお泊り冒険が楽しすぎてテンションが上がってしまっただけで……。僕は真面目な顔を作って頷いた。
スパイスを入れ、炊いたお米にかけて、出来上がったカレーにみんな困惑しているのがわかる。僕は真っ先に自分で食べて美味しいものだと証明してみせた。
みんな恐る恐る口にしている。
「なんだこれ!?うめー!」
真っ先に声をあげたのはメルヴィンだった。他のみんなも驚いたような顔をしている。
この国のお米はタイ米のような縦長の物しかなかったし、コメを炊くなんて調理法は無かった。だから正直カレーライスを作るのはとても大変だったんだ。
炊いても日本のお米の味ではないし、水加減にも研究が必要だった。シェフにわがままを言って研究を手伝ってもらって、やっといい感じの水分量を見つけたんだ。味に関しては妥協するしかなかったけど、味の濃いカレーと一緒ならこの米でもなんとか美味しく食べられた。
お披露目出来て良かった。
米はこの国では買う人があまり居ないので安い。安上がりでお腹にたまる美味しい料理に感動したナディアにレシピを教えると約束して、みんなでにこやかに夕食を終えた。
アオが魔法で鍋や食器を綺麗にしてくれたので、片付けはとても楽だった。
「あー楽しかったな!」
焚火を囲みながら、また大の字に寝転んだメルヴィンが言う。
「明日帰るなんて寂しいですね」
グレイスがシロにもたれて少し眠そうにしている。
「エドさんが暴走した時はどうしようかと思ったけど、なんだかんだ楽しかったね」
「本当にごめんなさい……」
容赦のないテディーの蒸し返しにカラさんはまた平謝りだ。だけど前みたいに追い詰められている感じではない。軽口を叩けるくらいにはカラさんとも仲良くなれたということだろう。
「この研修が終わってからも、エドは私がナディアに近づけないようにするから!」
「さすがに終わってからも言い寄られることはないんじゃない?」
ナディアが軽く笑うとカラさんは真剣な顔をした。
「甘いよ、あいつは一度惚れたらしつこいんだから!」
幼馴染にそこまで言われるなんてエドさんは過去に何をしたんだろう?
「ま、ナディアは可愛いからな。しつこく迫られるようなら俺に言えよ。追い返してやるからさ」
メルヴィンは寝転んで星を眺めながら軽く言った。ナディアは驚いた様子でメルヴィンを見る。その頬が徐々に赤く染まってゆくのを、僕は確かに見た。
思わずテディーと顔を見合わせてしまった。グレイスとカラさんはナディアを見つめて何やらにやにやしている。
「なんだ?なんで急に静かになるんだよ」
「なんでもないわよ!」
不思議に思ったメルヴィンが起き上がろうとすると、ナディアが顔を背けて叫ぶ。
メルヴィンは不思議そうにしている。
「ナディアって『可愛い』ではないよね……どちらかというとキレイ系?」
テディーが僕にしか聞えないくらいの声で囁く。
「確かに。メルヴィンからみたらナディアは『可愛い』なのかな?」
ナディアは釣り気味の目に、すらっとした細身で堂々とした立ち振る舞いの子だ。僕とテディーの中ではナディアはキレイ、もしくはかっこいいだ。
「すんごいサラッと言ったよね。メルヴィンってもしかして天然たらし?」
テディーの推察に僕は吹き出しそうになってしまった。きっとメルヴィンは深く考えずに言ったんだろう。ナディアも可愛いとは言われ慣れてないんだろうな。
僕はなんだか二人の今後が楽しみになった。ナディアに知られたら怒られるかもしれない。
そんな風に、僕らの研修は幕を閉じた。色々あったけど、ナディアには友達ができたし、僕らも勉強になったしで有意義な研修だったと思う。
最後に、面白いこともあったしね。僕には恋愛ってまだよくわからないけど、周りはあんまり口出ししない方がいいよね。ひっそりと見守ろう。




