147.葬送
ドワーフ達は酒樽を運び込むと、木の杯に注いでゆく。
そして中央にある大きな焚火の周りに集まった。
「これよりわが友、ネリーの葬送を始める」
トラディス族長が皆を見回して言う。僕はきついお酒の匂いにくらくらした。
木の杯を掲げたトラディス族長がそれを種火に投げ入れる。
炎は一瞬燃え上がり、すぐに落ち着いた。他のドワーフ達も次々にお酒の入った木の杯を焚火に投げ込んでゆく、魔法でも使っているのだろうか、不思議とその火が消えることは無かった。
その目に涙を浮かべている人もいて、僕は不思議なドワーフ族の葬送の儀式に胸が熱くなった。お酒好きだったというおばあちゃんならきっと喜ぶだろう。
むせかえるようなアルコールと焚火が燃える匂いにくらくらしながら、僕も同じようにする。
おばあちゃんに届くといいなと思いながら、そういえばおばあちゃんが亡くなってからまともな葬送の儀式なんてしていなかったなと思い返した。だって遺体が残っていなかったから、僕は祈りをささげるくらいしかしなかったんだ。詳しい葬式の仕方なんて知らなかったし。
今になって申し訳ないなと思う。お父さんに相談してお葬式をするべきだった。
僕はあの時はまだ、おばあちゃんの死を受け入れたくなかったのかもしれない。だからお葬式なんてしたくなくて、無意識に避けていたんだ。
そう思うと、今日ドワーフ式だけど葬送できて良かったと思う。
ひとしきり燃え上がる炎を眺めると、宴会が始まった。故人を偲んで浴びるほどお酒を飲むのが礼儀らしい。
僕は子供だからジュースにしろとエリカ族長に言われた。
シロがドワーフ族の人から貰ったお酒を一口飲んでぐでんぐでんになっている。僕にはあれは無理かな。
「なんだ犬っころ。でかいのは図体だけだったか」
気のいいドワーフの人達に豪快に笑われていた。
アオはお酒が気に入ったようで美味しそうに飲んでいる。
「お、あんた、いける口だな。沢山あるからもっと飲め」
『ありがとうなの、ドワーフの酒はいいお酒なの』
スライムは酔わないから純粋にお酒の味を楽しんでいるようだ。言葉が通じないなりに色々な種類を説明されて楽しそうに聞いている。
僕の所にもたくさんのドワーフの人達が来てグラスを合わせてくれる。
「おしい人を亡くしたもんだ。しかし殺しても死なない女だと思ってたんだがな……」
「そんなバケモンがいるかい、ネリーだって普通の女の子だったのさ」
「あれに女の子は無いだろう」
みんな軽く笑いあっているが、その目には悲しみがにじんでいた。悲しみに浸るより楽しく死者を送り出すのがドワーフの流儀なのだろう。
僕も笑っておばあちゃんの過去の馬鹿話を聞いていた。酔っ払って里一番の力自慢と腕相撲して見事勝利して見みせた話とか、絶対ばれないように自己身体強化魔法を使っただろうと思ったけど黙っていた。
ドワーフの里でのおばあちゃんはとても自由で、きっとおばあちゃんにとってここは息抜きのための場所だったんだなと思う。誰一人、おばあちゃんを英雄扱いはしていなかった。
ひとしきりおばあちゃんの話で盛り上がると、今度は僕の話になる。
「あのネリーがこんないい子を育てたなんてびっくりだ」
「本当にネリーが育てたのかい?実は妖精が育てたとか……」
僕はおばあちゃんの真似はするなと言われながら育てられたというと、みんなどっと笑いだす。
「あいつ、自分が破天荒だって自覚があったのか」
「なんにせよ間違いなく英断だ!」
楽しそうに笑うドワーフ達に、僕も笑った。
数時間たって、酔いつぶれる人が出始めた頃トラディス族長が言った。
「そういえば、お前達は何の用で来たんだ?」
ものすごい今更の質問だ。ドワーフ達はおおらかだな。
「前に人魚達に人間に姿を抱えることのできる耳飾りを渡しただろう?あれがどうしても欲しくてな。どうやったら手に入るか聞きに来たんだ」
エリカ族長が呆れた様子で言うと、族長は首を傾げた。
「はて?何の話かわからん。先代かそれ以前の時の話ではないか?調べるのに時間がかかるぞ」
ドワーフはそれほど長命ではない。人間と変わらないから、人魚族と比べれば雲泥の差だ。人魚族の族長はもう何百年も変わっていないらしいからな。もうずっと昔の事だったんだろう。
「調べてくれるか?」
「わかった、記録が見つかったら連絡しよう」
その日はドワーフ族の里に泊まって、明日帰ることになった。シロも酔っ払って寝ているから泊っていけるのはありがたい。
僕は他にもおばあちゃんの思い出話を持っている人がいないか聞いて回った。