140.書籍発売カウントダウン番外編 前日
せっかくなので物語の確信に触れる話を少し
ネリー様が狩った丸鶏の数は尋常ではなかった。
「お前、森中の丸鶏を狩りつくしたんじゃあるまいな」
エリカ族長が呆れて言った。
「お前達もめったに捕まえられないご馳走なんだろう?狩れる時に狩れるだけ狩ったっていいじゃないか。絶滅したりはしないよ」
ネリー様は悪びれずに言う。エルフのお姉さん達は大喜びで色々な料理を作っているが、そんなにこの鳥は旨いのだろうか。ちょっと楽しみだ。
宴が始まるとお酒が入った大人たちが大騒ぎを始める。俺は丸鶏の美味しさにフォークを持つ手が止まらなかった。
腹もいっぱいになって、子供だから酒の飲めない俺はすることがなくなる。
なんとなく、大人たちの会話に耳を傾けていた。その日は珍しくアンドレアス殿下も酔っていたから、何か面白い話が聞けるかもしれないと思った。
「ああ、ようやくだ。これであいつの動きを封じることができた。後は全ての『鍵』を隠してしまえば完璧だ」
アンドレアス殿下は恍惚とした表情で笑いながら言った。こういう表情をしている時の殿下は怖い。
あいつというのは王のことだろう。アンドレアス殿下は民衆や貴族達を操ることで王が持つ権力のほとんどを使い物にならなくした。力を削げるだけ削いで、それでも王を玉座に座らせたままでいる。王からしたら屈辱だろうな。身分的には下の人間から見下され続けるんだから。
『鍵』のことは、俺はよくわからない。なんでも王にとっては重要な、そしてアンドレアス殿下にとっては王に復讐するために必要なものらしい。
鍵は完璧に隠し通さなければならないと、いつか聞いた。そして近々アンドレアス殿下は王から行方をくらます予定だとも。重要なものを隠されて、隠した当人が行方をくらませたら王はものすごく怒るんじゃないかな?多分それが狙いなんだろうけど。
「復讐のために、ずいぶん回りくどいことをするんだね。まあ、私もあの王は屑だと思うけどね」
エリカ族長が酒を煽りながら軽く言う。
「復讐?そんな生ぬるいものじゃないさ、ヤツにはこの世の地獄を見てもらわないと。ああ、今もどうすることもできずにただ狼狽えていると思ったらおかしくてたまらないよ」
殿下は本当に楽しそうだ。どんだけ王が嫌いなんだ。俺は殿下達とは二十歳以上離れているから、殿下達の若い頃を知らないけど、相当なことがあったんだろう。ネリー様もブライトン様もマリリン様もとても嬉しそうに笑っている。
この場面だけ見たらどっちが正義でどっちが悪かわからないな。もちろん、俺は正義のつもりだけど。殿下達だって何もしなければとても優しい人たちだ、傲岸不遜な王とは違う。
黙って大人たちの話を聞いていたら。盗み聞きしているのがバレて怒られた。だって退屈なんだと言ったら、エリカ族長が森を一望できる場所に案内してくれた。その場所はその先何十年と俺にとって特別な場所になる。
あれからおよそ三十五年。俺は久々にその場所に訪れた。ここはルースが生前大好きだった場所だ。
初めてここに来たあの頃は、まさか自分が『鍵』の子に恋をするとは思わなかった。もしかしたら『鍵』の意味を知ってしまったから、守ろうと思ったのかもしれない。好きになったきっかけなんてもう覚えてないが。
今度ここにエリスを連れて来よう。ルースが好きだった場所だと知ったらきっと喜ぶだろう。
エリスもまた『鍵』の子だ。殿下達の悲願が叶うまでは、なんとしても守らなければならない。タイムリミットまであと少しだ。あと少しで、エリスにすべてを話してやれる。エリスが望むなら残された血縁と、一緒に暮らすこともできるだろう。その時が来たら、エリスがどこで暮らすかをめぐって争いが起こるかもしれない。
「長かったな……」
俺は呟いた。俺でもこれほど長く感じたんだ。殿下達にとってはもっとだろう。ただの復讐にこれほどの時間をかける必要があったのか、当時子供だった俺にはわからない。もしかしたら計画した殿下達も後悔しているのかもしれないと少し思う。しかし、最早この流れは誰にも止められないだろう。あと少し、このままエリスが幸せに暮らせることを祈るだけだ。すべてが終わるまで、きっと守り通してみせる。




