134.街歩きと決意
人魚の島に行った次の日の朝。僕はおじいさんと兄さんにトリニちゃんとエリカ族長を紹介していた。
「なんと、死ぬ前にエルフと人魚に会うことができるとは、長生きはするものだな」
おじいさんも兄さんも、二人と握手して嬉しそうだ。
トリニちゃんと族長は物珍しそうに別荘の調度品を見回している。二人にとってはこれが人間の街を歩く初めての経験だ。珍しいものだらけなんだろう。
僕らもこの国の街は初めてだから、きっと楽しい日になる。僕らは別荘に呼んだ魔法車に乗り込むと、街へと繰り出した。
トリニちゃんは魔法車に悲鳴を上げて驚いていた。エリカ族長も目を見開いている。
「人の世界はすごいのですね。これならどこまでも行けそうです」
道すがら窓の外を見ながら雑談していると、あっという間に街にたどり着く。早朝だと言うのに朝市が出てにぎわっていた。
「これがこの国の名物の朝市だ。人が多いから迷子にならないようにするんだぞ」
おじいさんの言葉に元気よく返事をすると。僕らは手をつないで歩き出した。折角なのでトリニちゃんと族長にはシロの上に乗ってもらう。きっと街の様子がよく見えるだろう。
僕らはシロのおかげでかなり注目を集めていた。道が割れて歩きやすくなるのは歓迎だけど、迷惑になってないか心配だ。食材を売っている通りは混んでいるので、僕らは観光客向けのお土産や日用品が売っている通りに出た。
「すごい、露店で魔法道具が売ってるよ!この国じゃ普通なのかな?」
テディーの声に見ると、路上にシートだけ敷いたおじさんが魔法道具を売っていた。
僕らの国ではあまり見ない光景だ。そもそも露店が少ない。
「この国ではいろいろな国の商人が気軽に商売できるような仕組みになっているんだよ」
兄さんが僕らに教えてくれる。僕らはいろいろな商品を眺めながら店を冷かして回った。露店って楽しいな。途中でトリニちゃん達もシロから降りて買い物を楽しんでいる。
なぜか屋台の人たちがシロに余りものだと言って食べ物をくれるので申し訳なくて、僕らも屋台で買い食いすることになってしまった。たぶんお店の人の策略なんだろう。わかっていて乗せられるのも楽しいものだ。
屋台の料理を食べ歩きながらの散策は最高だ。おばあちゃんも屋台めぐりが好きだったと聞いたけど、その気持ちがわかる。トリニちゃんと族長も楽しそうだ。
そんな時だった、僕らに見知らぬおじさんが声をかけてきた。
「ああ、あなた達。昨日の人たちですよね。お願いします。人魚に私のことを取り成してもらえませんか」
知らない人かと思ったけど、どうやら昨日人魚の島を追い出された商人らしかった。
「俺達にそこまでの伝はありません、お引き取り下さい」
デリックおじさんが間髪入れずに言い返す。
「そんな、あなた方は人魚の盟友なのでしょう?昨日のことは誤解なのです、どうか取次ぎを……」
「誤解?取り決められた約束を破って、静止も聞かず立ち入り禁止の場所に入ったのにか?」
エリカ族長は不思議そうに首を傾げた。
「そ、それはもっと人魚と仲良くなりたくて……」
「仲良くなってどうするつもりだったんだ?」
デリックおじさんが矢継ぎ早に質問する。その時デリックおじさんの指輪が光って魔法陣が展開された。
「そんなの決まってるだろう、人魚は金になるんだ。捕まえてはく製にしてもそのまま売ってもいい。まさかたったあれだけのことで盟友の証を取り上げられるとは、人魚のやつめ魚のくせに生意気な……」
デリックおじさんが使ったのは自白の魔法だ。とても高度な魔法だけど流石七賢者。ここまで情報を引き出せるのは『魔法使い』くらいだろう。
商人のおじさんは勝手に動いた口に青ざめている。戦ってはいけない相手だと気づいたのだろう。そそくさと逃げて行った。
トリニちゃんは商人のおじさんの言葉を聞いて真っ青になっていた。無理もない。人魚の島に居れば、こんな悪意に晒されたことなどないだろう。あそこは安全だ。
「あんな人間もいるんですね……彼、先代と一緒に島に来ていた時は普通だったのに、私達はずっとただの魚だと思われていたのでしょうか?」
トリニちゃんは深く考え込んでいるようだった。顔がどこなく悲しそうだ。
「私は今日、とても楽しかったから、もっと人間と仲良くなりたいと思いました。でも、人魚では駄目なのでしょうか?人間と心を交わすことはできないのでしょうか」
僕らは返す言葉がなかった。そんなことないと言ってあげたいけど、きっと多くの人間に人魚が珍しい動物の様に思われているのは事実だ。お互いを理解して仲良くなるには時間がかかるだろう。
「今日はとても勉強になりました。皆さんと会えてよかった。里にこもっていたら知ることができなかったことをたくさん知ることができました」
トリニちゃんは何かを決意した様子だった。僕達に笑ってこう言った。
「皆さんは、私にとって、そして人魚族にとっても大切な友人です。この先もどうか仲良くしてくださいね」
僕らはもちろんと言ってトリニちゃんを取り囲む。トリニちゃんが一体何を思い、何を決意したのかわからないけど、僕らは友達としてトリニちゃんが選んだ道を応援したいと思った。




