119.パスカルさん
その日の夕方、僕は妖精達と皆を家まで送っていった。楽しいお泊まり会はおしまいだ。この2日間、とても賑やかだったから少し寂しかった。
帰り道、シロにグレイスを乗せて僕は歩いた。グレイスはシロに乗ることが出来て嬉しそうだ。
「そうだ、回復薬を納品したいからお店に寄ってもいいかな?」
僕はグレイスに聞いた。
「もちろんいいですよ。お供します」
グレイスが笑って言うので僕はお言葉に甘えてパスカルさんの店に寄った。
お店の扉を開けてパスカルさんを呼ぶ。
「お、午後に来るのはめずらしいな、エリ……」
パスカルさんは、言葉を切って固まった。その視線は真っ直ぐグレイスに向いている。
まるで亡霊にでも出会ったように、動かなくなってしまった。
「パスカルさん?」
僕が呼びかけるとパスカルさんは我に返る。
「あ、悪い……知り合いに似てたもんだから驚いたんだ」
パスカルさんは何事も無かったかのように、グレイスに挨拶した。
「グレイス・コービンです。エリスと冒険者パーティーを組んでいます。よろしくお願いします」
その名前を聞いた途端、パスカルさんは僕を見た。
「そうか……コービンの嬢ちゃんと仲良くなったのか」
パスカルさんはなんだか泣きそうな顔をしているように見えた。
「すまんな、コービン家とは昔から付き合いがあってな。最近は疎遠だったから懐かしくなっちまった」
パスカルさんは僕の頭を撫でると、グレイスに向き直った。
「俺は冒険者向けの商品を多く扱っている。いつでも買いに来るといい。オマケしてやるよ」
そう言うと、グレイスの頭を撫でる。そして懐かしそうに目を細めた。
グレイスがついでに冒険に必要な消耗品を買うと、宣言通り沢山オマケをしてくれた。ちょっと多すぎないかなと思ったけど、パスカルさんの心配そうな顔を見ていたらなんだか何も言えなかった。
帰り際、しっかりグレイスを守ってやるんだぞと耳打ちされた。
グレイスはそんなに弱くないけど、僕はしっかり頷いておいた。
何だかそうしないといけない気がした。
納品と買い物が終わって店を出ると、グレイスが言った。
「パスカルさん、うちと付き合いがあったって言ってましたが、お父様に聞けばわかるでしょうか」
わかるのかもしれない、でも僕はなんだか聞かない方がいい様な気がしていた。きっとパスカルさんは嫌がるだろう。
「パスカルさんは大魔女様と縁が深い方ですよね。私の家がそんなに七賢者と深い関わりがあったなんて知りませんでした」
僕も知らなかった。そもそもおばあちゃんは自分のことについてほとんど話してくれなかったから、当たり前なんだけど。
少しだけ、僕は寂しい気持ちになった。僕はあまりに何も知らない。自分の出生のことすらも、よくわからない。
おばあちゃんが何を思い、僕に祝福をくれたのか、それすらも。
「明日はお休みですね。ゆっくり本でも読みましょうか」
僕の顔が暗くなっていることに気づいたのか、グレイスは話題を変えた。
そうだ、グレイスの家で借りた本を読まなくちゃ。おばあちゃんの恋人のことが書かれた本。行方不明で謎に包まれたアンドレアス殿下の本を。それを読めばきっと少しはおばあちゃんのことがわかるだろう。
僕はグレイスと顔を見合せて笑った。
「うちの書庫には魔法関連の本が多いから、きっとグレイスが読んだことが無い本があると思うよ」
そう言うと、グレイスは目を輝かせた。グレイスがどれくらいうちに居るか分からないけど、きっと好みの本が見つかるだろう。
二人で魔法書について話しながら、家に帰る。何だか不思議な気分だった。




