107.グレイスの心配事
夏も近づいてきたある日のこと。僕らは放課後の秘密基地で勉強会をしていた。今はその休憩中だ。僕はみんなにテイマーパークでの事を話していた。
「羨ましいです!沢山の従魔の遊び場なんて、私も見てみたいです」
机の上で一緒に勉強に参加していたモモを撫でながら、グレイスが言う。テイマーパークは原則テイマーしか入れないけど、テイマーの連れで倍近く高額な料金を支払えばテイマーでなくても入場は認められる。何かあった場合連れのテイマーが全責任を負うことになるけど、全く入れないわけじゃない。
そう教えるとグレイスは目を輝かせた。魔物マニアのダレル君もそれを聞いて喜んでいたから、今度二人を連れて行ってあげよう。
ドナさんが浄化魔法の使えるスライムを大量に捕獲してきた話をすると、ナディアが悔しそうにしていた。
「やっぱり孤児院に一匹欲しいのよね。買うのは高いから、今度小さなテイマーの子達を連れて沼地に行ってみようかしら」
「だったら前みたいに俺らを頼れよ。お前しか引率が居ないんじゃ危険だろう。遠慮すんなって。孤児院の子供達ももう兄弟みたいなもんだしな」
メルヴィンはカッコイイ大剣使いだから、孤児院の小さな子供達に大人気だった。剣を教えているうちに兄のような気分になったらしい。孤児院の子達は手のかからないいい子が多いから可愛がりたくなるよね。
「本当?でも何だかいつもお世話になってばっかりで悪いわ」
ナディアが言うけど、僕達は大した手間とは思ってない。むしろ普段秘密基地の掃除をしてくれたりお茶を入れてくれたり、何かある度僕らを真っ先に助けて世話をしてくれるのはナディアなんだ。
それに孤児院の子供達を助けるのは慈善活動でもあるんだから気にしなくていいのにな。
「浄化魔法が使えるスライムを見つけるなら、アオの力を借りればすぐだよ。危険な場所に長居することになるのは危ないし、やっぱり一緒に行くよ」
僕がそう言うと、テディー達も頷いた。
ナディアは嬉しそうにお礼を言った。
『任せるの!私が最高にお掃除が得意なスライムを見つけてあげるの!』
アオがナディアの膝の上に飛び乗って訴える。ナディアはアオもありがとうと言って撫でていた。
雑談していると、不意に扉を叩くような音がした。ここは隠し扉で塞がれた秘密基地だ。僕達は一体誰かと緊張した。
『あ、学園長だ!』
シロが尻尾を振りながら扉の方に向かう。それを聞いて安心した。
みんなにも来訪者の正体を告げると、安心したようだった。
カタカタ仕掛けを動かす音がして扉が開くと、シロが飛びつくように学園長にじゃれついた。
「わ、驚きました。シロ君でしたか。今日も元気そうで何よりですね」
学園長はシロを撫でながら僕達に向き直る。
「今日は妹さんの件で、グレイスさんにお話したいことがあって来たのです」
「ティアラが何かしましたか!?」
グレイスが蒼白になって学園長に詰め寄る。
「いえいえ、ちょっとクラスメイトと口論になったようで、泣きながら学校を飛び出して行ってしまったらしいのですよ。帰ったら少し気にかけてやってくれますか?普段からあまりクラスに馴染めていないようなのです」
どうやらグレイスの心配事が現実になってしまったらしい。
「妹がご迷惑をおかけしてすみません」
グレイスが頭を下げると、学園長は謝ることはないと首を振る。
「ティアラさんは一部の生徒に差別的な発言を繰り返していたようで、それが口論の原因のようです。担任の先生が何度も呼び出しては注意していたのですが、改善する兆しは見られず……今日の騒動が起こってしまいました」
ティアラちゃんは現実を受け入れなかったんだな。まあ、小さい頃から信じていたことが当たり前じゃなかったと知ったら、受け入れられないのも当然のことなのかもしれない。
「教えてくださってありがとうございます。妹と話してみます」
「無理はしなくていいですからね。本来なら大人が導いてやるべき事です。ただ少しだけ気にして見ていてやってください」
学園長の言葉にグレイスは俯いたまま小さく答えた。
その日はそのまま解散になった。グレイスも早くティアラちゃんと話したかったんだろう。足早に帰って行った。
しかしその次の日、グレイスが学園に来ることは無かった。
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