【感謝100PV】シホウヅタエ
貴方が思う本当に大切なモノは何ですか?
あの人が大切そうにしているモノ
それは果たして本当に大切なモノでしょうか?
もしかしたらあの人は、貴方を想像以上に大切に思ってくれているかも知れません。
――――――人を呪わば穴二つ
こんな言葉を知っていますか?
人を害すると同じ様な仕打ちに自分もあうと言う意味だそうです――――――
『同じ様な』少し曖昧ですね……
さて、そんな『呪い』ですが、どんな仕打ちに合うか……何を失うか、それが分かっていたとしたら……例えば、自分の大切なモノと引き換えに相手は大切なモノを失うとか――――――
「――――――タチバナ先輩!……最近異動してきたあの課長、何なんですか!」
対面の席で、ジョッキを片手に声を荒げている青年……彼は僕の五つ下の後輩のナギサ。この台詞も本日何度目だろうかどうも最近、異動してきた課長に不満があるらしく愚痴でも聞いてやろうと、居酒屋へと連れ出してきた
「……今日だって、見せしめかの様にカガワ先輩の事を全員が聞こえる様な所で怒鳴りつけて!」
確かに彼の言う通り、皆が聞こえる様に怒鳴りつける、罵るなど所謂『ハラスメント』とも取られる発言、言動が目立つ。正直、僕もこの件を部長に相談はしたが、支店から本店への昇進、異動と言う事もあって彼なりにプレッシャー感じているだろうからもう少し様子を見て欲しいとの答えだった
「まぁまぁ、ナギちゃんそんな熱くならないで……異動してきてまだ日も浅いし……少し気持ちが先走ってる所も有るんじゃないかな?」
感情的になる後輩をなだめつつ、部長や課長の顔を立てるために事情を話す
「タチバナ先輩、課長の事を擁護するんですか?……はぁー、先輩ちょっと昔までもっとオラオラしてたのになぁ……」
後輩の言葉で少し前の自分を思い出し恥ずかしさを感じつつも熱くなる後輩なだめる
「――――――お客様、そろそろ閉店のお時間となりますので」
時計に目を向けると既に午前一時を迎えようとしていた
「じゃあ、会計お願いします……ほら、ナギちゃん帰るよ」
「えぇー……」
ぶつぶつと呟く後輩を半ば強引に連れ出し会計を済まし外へと向かう。ひどく酔いが回っている様子の後輩に水を手渡すと、一気に飲み干す
「あぁ……何か熱くなっちゃてたなぁ……申し訳ないです先輩」
「いいよ、いいよ気にしなくて、ストレス発散も兼ねてナギちゃん連れ出してきたんだから……それにしてもだいぶ、酔ってるみたいだけど一人で帰れる?送って行こうか?」
先程に比べ落ち着いた様子ではあるものの、少し心配になり彼を家まで送り届ける事にした
何処からか聞こえる蛙の声に耳を傾けながら線路沿いを歩いていると後輩が突拍子もないことを呟く
「先輩、暑いっすね……何か体の芯から冷える様な話とかないですか?」
僕はそんな突然な発言で既に肝を冷やしながらも自身が体験したとある事を話し始める――――――
――――――僕は小学生の頃から『オカダ』と言う友人と陸上クラブに所属していた、お互いに切磋琢磨し陸上に打ち込んできた。時が経ち中学、そして高校と年を重ねていった
高校二年の夏、僕はとある異変に気が付く
「――――――オカ、最近どうした?記録が出てないんじゃない?……練習に出る頻度も少ないし」
「んー、どうも最近調子がな……」
何処か言葉を濁すような返事をするが、僕は不調の原因をなんとなく分かっていた。正直、僕も人の事を言える程では無いがオカダは勉強に着いて行けていない、と言う様な状態だった。
それ故に、補習や再テストなど陸上に打ち込める時間は日に日に減っていく一方だ。ある日の練習後、僕が教室に戻ると丁度、オカダが補習を終えた所だった
「タチバナ、もう練習終わっちゃったのか?」
「ん、もうこの時間だしね……」
僕は午後七時手前を迎える時計を指さしながら呟く
「今日も練習、出られなかったなぁ……」
悲し気に呟くと同時に、少し離れた僕にも聞こえる程にオカダの腹が鳴る
「――――――プッ……ラーメンでも食べに行く?」
思わず吹き出しそうになるのを堪え食事へと誘うと首を大きく縦に振りながら、急いで帰り支度を始める――――――
「――――――チャーシュー麵、脂多め、二丁お待ちっ」
湯気の立つ器が置かれると同時に僕たちは一心不乱に頬張る。あっという間に平らげてしまう
「うめぇー!……親父ぃ、醤油ラーメンもう一杯……タチバナは?……やっぱり二杯追加で!」
「あいよ!」
店内に響かせた声に店主は笑顔で答える。追加した注文を待つ間オカダは思い出した様に、声を上げる
「そうだ!タチバナ、全国大会出場はどうなったんだ?」
「……何とかって感じだったね、ギリギリ出場できるよ!」
「おぉ、マジか!流石だな!」
オカダはまるで自分の事の様に喜んで見せてくれる
「そういう、オカは今後どうするの?」
少々、悩むような表情を見せながらも相変わらずの明るい様子で答える
「んー、俺は勉強苦手だからなぁ中々、練習出られないし……卒業して働きながら社会人サークルとかも悪くないかなーって、思ってるんだよな……やっぱり陸上、好きだし……何よりタチバナに負けたくねぇし」
陸上が好き……例え今、打ち込めなくとも長い年月共に高め合って来た陸上を好きと言ってくれた事が凄く嬉しかった
「そっか、陸上が好きか……」
「はいっ、追加の二丁お待ちっ」
僕が返す言葉を迷ってる間に先程注文した品が運ばれてくる。先程と同様にあっという間にそれを平らげる
「ふぅー、食った、食った」
「今日は僕のおごりね!」
満足げに腹をさすりながら歩くオカダと共に会計を済まし店を後にする
「いやー、感謝、感謝、ご馳走様な」
「どういたしまして!」
あの食べっぷりを見ると奢った甲斐があったというものかな――――――
「……正直羨ましいよ……勉強もできて、好きなことにも打ち込めて……」
唐突にポツリと呟く
「そんな……僕だって人並程度だよ……」
僕たちの間に少し暗い空気が流れ始めそうな頃、何処からか聞き覚えのある音楽が聞こえて来る
「――――――オカ、この曲なんだっけ?」
慣れない空気を払う様に話題を逸らす
「……あれじゃないか?……何だっけ、あの……怪談のアニメ」
「あぁ!それだ……二人で夢中になって見てたよね!」
「タチバナが夜、トイレに行けなくなったのも、よく覚えてるぞ!」
思わぬところで蘇る記憶に、話が弾み先程の暗い空気は瞬く間に消え去ってしまう
「懐かしいね怪談話……最近しなくなっちゃたけど……」
「……じゃあ、久しぶりに……『シホウヅタエ』って言う呪いの話、知ってるか?」
そう言いながらオカダは如何にも物々しい様な口調で話し始める――――――
「仕法伝……『仕法』っていうのは、昔の言葉で方法とか、やり方って意味らしい……それを伝えるっていう意味なんだけどな、その方法っていうのが――――――すごく、簡単なんだよ……新月の夜に、自分の大切なモノを捧げる代わりに〇〇を呪って下さいって祈るそして、誰でもいいからこの話を伝えるんだって……そうすると、自分の大切なモノと引き換えに呪いたい相手の大切なモノを失わせる事が出来るんだってさ……この時、伝える人が多ければ多い程、呪いの効果は早く現れるらしい」
「……自分の大切なモノと引き換えに相手の大切なモノを……人を呪わば穴二つってやつ?……以外とメジャーそうな話だね」
「そう!それだ……でも、『大切なモノ』っていうのが凄く曖昧で俺は不気味に感じるな……お金かもしれないし、家族かも知れない……呪いをかけた人も、かけられた人も……『大切なモノ』って誰が決めるんだろうな?」
「確かに……その呪いの神様とか……」
そんな話をしている内にオカダの家に到着してしまう。かつて夢中になっていた話で盛り上がっていた事もあり、毎日でも会えると言うのに何処か名残惜しく感じてしまいながらも僕はオカダと家の前で分かれ自宅へと帰った
――――――それからも変わらない日々が続き、高校生活最後の夏を迎えた
とある日の月曜日……普段であれば通学路の途中でオカダと合流するのだが、その日は後ろから追いかけて来る事も無く僕は、一人で学校に到着してしまう……寝坊か何かだろうと考えその時は、深く考える事も無く何時も通り朝の練習へと向かった
何かおかしい……何故かそう思ってしまう、何時もなら遅くとも僕等が朝練をしている最中には全速力で駆けて来るのだがその姿が見えない。彼が今日まで学校を休んだことが無い事も相まって、胸騒ぎの様な物を感じる
朝練を終え教室に戻り、ホームルームを待っていると暗い様子をした担任が静かに教室へと入って来る
「――――――おはようございます。……えー、昨日ですが……オカダ君が事故に遭いました……よって、本日から暫くオカダ君はお休みとなります……」
それからと言うもの僕は授業にはとても集中できず、上の空で時間が過ぎていくのを待っていた。昼休み、僕は担任の教師に呼び出される
「タチバナお前、今日どうした?……全然、集中できてないぞ……」
僕が事の経緯を話すと、納得した様子で話を続ける
「そうだよな……お前、オカダと仲良いもんな……実は先生達も詳細をまだ殆ど知らなくてな……昨日、事故に遭ってからやっと落ち着いた親御さんから、事故に遭った事と暫く休む事だけを今朝、伝えられてな……そうだ、タチバナ、今からオカダの見舞いに行って来い!」
「……でも……授業は……」
「……あんな状態で授業受けられてもな……俺も正直見てて辛くてな……」
僕はその言葉に、思わず涙がこみ上げそうになる
「国道沿いの総合病院に入院しているそうだ……六時半まで面会できるそうだからゆっくり、話してこい……」
僕は直ぐに病院へと向かった。受付の人に面会したい旨を伝えると、少し待っているようにと伝えられる
暫くすると、先程の受付の人が一人の女性を連れ戻って来る
「タチバナ君ね……こっちよ……」
その女性、もとい……オカダの母に手を引かれ病室へと向かった。病室の扉を目の前に、少し震えた声で僕に呟く
「……あの子の事、励ましてあげてくれる?」
僕は頷き病室の扉を開ける……取っ手を握る手は震えていた――――――
部屋へ入ると、何時もと変わらない明るい表情で彼は迎えてくれた……彼を見た僕は直ぐに気づく
――――――両足が無い事に
「――――――俺……走れなくなっちゃたよ」
思わず彼を抱きしめる、そして涙が溢れ止まらない
「オイオイ、何でお前が泣くんだよ……泣きたいのは、こっちだつーの!」
涙で滲む視界には笑顔を浮かべる彼が映る、そんな彼の振る舞いを見ていると、自然と涙は止んで来る。その後は何時もと変わらない馬鹿げた様な会話をしていた
話疲れる頃には日が傾き眩しい夕日が、部屋に差し込んでいた
「――――――もうこんな時間かぁ」
ふと時計を見ると六時半を回ろうとしていた
「もう時間だから帰らないと……明日も……いや、毎日でも退院まで来るからね!」
「おう!ありがとうな、明日も待ってるよ!」
それからと言うもの、僕は練習すらも早めに切り上げ彼の見舞いへと毎日通った。その為に高校最後の大会の出場すらも逃してしまったがそれ以上に僕は彼と会い、笑顔を絶やさない彼と話す時間を大切にした
――――――そして月日が経ち、卒業し彼も退院し、お互い就職もしていた……社会人になってからと言うもの、会える頻度は減ってしまったがそれでも月に二、三度は会っていた
「――――――へぇー……で、その話のどの辺りが怖かったんすか?……タチバナ先輩が怖くてトイレに行けなくなった所とかですか?」
「……その友人……先日亡くなったんだ……」
後輩の顔から血の気が引いていく
「……えっ……でも先輩、平日はずっと仕事来てたじゃないすか?……そんな大切な友人の……」
「ナギちゃん、別にお葬式は平日に行う訳じゃないよ……実際、平日ではあったんだけどさ……ナギちゃん、大事な商談があるから着いて来てくれって言うから……」
そうこうしているうちに、後輩の自宅へと到着する
「じゃあ、ナギちゃんお疲れ……今日はありがとね」
未だ青ざめた表情を浮かべる後輩と別れ、帰路へと着く。月明りの無い深夜に少し寂しさを感じながら――――――
――――――翌日、僕は再び部長の元へ向かい課長の事を相談していた。そしてそれからと言うもの課長の態度は何処か余裕のある振る舞いに変わり、少しづつ周りの社員とも打ち解けつつあった
それから、一月ほど流れ僕が後輩に伝えた話が、部署中いや社内中に広がっていた。休憩時間、耳を澄ませば一日に一度は聞こえる程に
一時は暗い空気が漂っていた僕が居る部署にも様々な会話が飛び交う頃、課長と僕は新たな商談へ向かう為、駅のホームにて電車を待っていた
――――――背中に衝撃を受けた同時に感じる浮遊感……共に線路へ投げ出されるもう一人の陰と、目の前に迫る列車……
――――――何も感じない
最後までお読み頂き有り難うございます
如何でしたでしょうか
本作品は『呪いの藁人形』の、呪った相手に呪いを掛けた事を伝えると言う物から着想を得て執筆致しました。
他人の思い程、分からないものはありませんね……
以下、補足及びネタバレとなります
――――――
先ず『タチバナ』の友人『オカダ』彼が大切にしていた物は走る為の『自分の足』です
彼はそれを代償に『タチバナ』の大切なモノを失わせようとします
それは何故か……タチバナへの『嫉妬』ですね。オカダは自分同様、陸上を大切に思っているだろうと、呪いを掛けます
呪いの代償を払った=呪いが発動すると思い彼は笑顔を絶やしませんでした……陸上が出来なくなる……走れなくなる彼を想像して
ですが、タチバナが大切に思うモノそれは、共に切磋琢磨してきたオカダであり『共に過ごす時間』でした
練習や大会すらも犠牲にし見舞いに来るタチバナに対しオカダの考えは次第に揺らぎ多くの人に『伝える』と言う事をやめました
その結果、呪いの効果が発動するまでに数年間、掛かったという事になります
そして最後の列車の描写ですが、皆さんご想像の通りタチバナと課長は亡くなっています
呪いを掛けた人物は、ナギちゃんこと『ナギサ』です。
知らずのうちに、自分を大切に思っていてくれていた、そして自身も大切に思っていたタチバナ先輩を代償として課長に呪いを掛けました
――――――人を呪わば穴二つ
自身に直接、仕打ちが帰って来るとも限りませんね