7 空と海
『おはよう!海ちゃん。今日から新学期だね。ママは先に仕事に行くので、後のことよろしくね』
久しぶりに制服を着た私は、いつものようにママのメモを見つめる。
「おはよう!海ちゃん!」
その時すがすがしい顔のお父さんがリビングの中に入ってきた。
「お、おはよう」
「いやー、原稿が上がった朝は気持ちがいいねぇ」
「マンガ描けたの?」
「うん。海ちゃんの作ってくれた夜食のおかげでね」
お父さんはそう言って嬉しそうに笑う。私もそんなお父さんの笑顔を見て微笑むと、エプロンをつけてキッチンに立った。
「今、朝ごはん作るね」
「俺も手伝おうか?」
「いいよ。お父さんはそこに座ってテレビでも見てて」
私の言葉にお父さんがニコニコしながら椅子に座る。
「海ちゃん」
「はい?」
「海っていい名前だね」
突然の言葉に戸惑いながら、私はお父さんを振り返る。
「ママがつけてくれたの……」
「そうか。俺は空で、キミは海。二人合わせて空と海だね」
お父さんはそう言って子供みたいな笑顔を見せる。
「『うわの空』って本名なの?」
「そうだよ。俺の名前は空」
お父さんが目を細めて私を見つめる。
「いい名前だろ?」
私はお父さんを見てにっこり笑う。お父さんも私を見つめ、幸せそうに笑った。
「海!何で起こしてくれなかったんだよ!」
制服のネクタイを首からぶらさげた心が、あわてた様子で部屋から出てくる。
「知らないよ。何時に出るの?」
「7時半のバス!」
「もう7時半だよ?」
「だから、何で起こしてくれねーんだよ!」
心はそう言いながら私にパジャマを放り投げる。
「うるさい、心!お前は高校生にもなって一人で起きられんのか?」
「うるせー、親父!起きてたなら俺を起こせよ?新学期から息子を遅刻させるつもりか!」
「そんなの自分が悪いんだろ!」
お父さんの言葉はもっともだ。私はうんうんとうなずく。
心は私たちの顔を見比べると、あきらめたようにテーブルの席についた。
「ご飯食べるの?」
「どうせ遅刻なんだ。メシ食ってから行く」
私は心の茶碗にご飯をよそりながらふふっと笑う。
「なんだよ?」
「その頭……すごい寝癖」
「黙れ。これから直すんだよ」
心はそう言って私の手から乱暴に茶碗を受け取る。その時私は少し意地悪を言ってみたくなった。
「そんな頭じゃ、麻利さんに嫌われちゃうね?」
心が顔を上げて私をにらむ。やば、こいつ怒らせたら怖いかな……ちょっぴり後悔した瞬間、心の指が私の鼻をつまんだ。
「うるせーんだよ。彼氏もいないガキのくせに」
私は鼻をつままれたままぼんやりと心の顔を見る。心はそんな私を見て、えらそーに笑った。