4 いい人といい子
最低……どうして私があんたの友達のために、お昼ご飯作らなくちゃならないの?私は家政婦じゃないっての。
そう思っても言い返せない自分を情けなく思いながら、私は残りご飯でおにぎりを作った。そして自家製の漬物を添えると、そっとお父さんの部屋を覗いた。
「あの……」
小声でつぶやく。だけど、お父さんは机に向かったままこっちを見ない。
『途中で中断させると機嫌悪いんだ』
私はさっきの心の言葉を思い出し、黙ってその場におにぎりを置く。
「あの……あとで食べてください」
私がそう言って部屋を出ようとした時、背中を向けたまま、お父さんがつぶやいた。
「海ちゃん」
「はい?」
私が答えると、お父さんは腕だけこっちに回して、一枚のグラビア写真を見せた。ビキニ姿の女の人がお尻を向けてポーズしている写真……
「悪いけど、こういうポーズしてくれないかな?実物見たほうが、うまく描けるんだよね」
私は顔を赤くしてその写真を見つめる。お父さんは振り向いて私に言った。
「あ、もちろん、服着たままでいいからさ」
「バカー!」
私はおにぎりを手に取ると、お父さんの顔めがけて投げつけた。
「さいてー!バカ!スケベオヤジ!」
そう叫んで部屋を飛び出す。そんな私の叫び声を聞いた心が、リビングから顔を出した。
「何やってんの?」
私は真っ赤な顔で心を見る。
さっきのエッチなポーズの女の人が、頭の中でぐるぐる回っている。
心はそんな私を見てまたまた笑う。
「知らなかったんだ?うちの親父エロマンガ描いてんだよ」
心がそう言って、読んでいたマンガを私の前に広げる。
そのマンガの表紙にはちょっぴりエッチな女の子の絵と、『うわの空』という名前が書いてあった。
「海ちゃん!ごめん!ごめんね!」
部屋から飛び出してきたお父さんが、ご飯粒を顔につけて、必死に頭を下げる。
「徹夜明けでぼーっとしてて……今、僕ヘンなこと言ったよね!?それに言っとくけど、僕のマンガはエロマンガなんかじゃないから……中高生でも読める健全なエッチマンガだから!」
「親父、言い訳しすぎ。それになんだよ、健全なエッチマンガって」
心がバカにしたように笑っている。私は何も言わずに階段を上がり、自分の部屋へ駆け込んだ。
「俺、海ちゃんに嫌われちゃったかな……」
「たぶんね。スケベオヤジ言われてたし」
二人の会話がかすかに私の耳に響いてきた。
桜が満開の14歳の春、私に新しいお父さんと、新しいお兄ちゃんができた。
お父さんは無精ひげをはやして、うちに来るなりエッチなマンガを描いている。
お兄ちゃんはでかい態度で、私のことを家政婦扱い。
だけどママは、そんな二人のことを笑ってこう言う。
「空センセーはあんなマンガ描いてるけど、ホントにいい人。心ちゃんも口は悪いけど、すっごくいい子なのよ」
私は信じられない顔でママを見る。
ママは知らないんだ。
確かにママと『空センセー』は、長い付き合いかも知れないけど……でもママは朝会社に行ってから、夜帰ってくるまで家にいないじゃない。春休みの私は一日中、会ったばかりのこの人たちと、一緒の家にいるんだよ?
「いいじゃないの。家族なんだから」
ママはあっけらかんとそう言って、嬉しそうに笑う。
私は大きくため息をつくと、窓から満開の桜の木を見つめた。