27 お前が決めろ
「心、帰ってきた?」
夕方、病院から戻ったお父さんが私に言う。
「ううん、まだ……」
私が首を横に振ると、お父さんはため息をつきながら、玄関に座った。
「まったく、しょうがないバカ息子だな」
お父さんはそう言って靴を脱ぐ。私は思わずそんなお父さんの背中に抱きついた。
「海ちゃん?どうしたの?」
お父さんがあわてた様子で振り返る。私はお父さんの背中に顔をうずめてつぶやいた。
「心ちゃん……帰ってくるよね?」
するとお父さんはにっこり笑って、私のことを抱きしめてくれた。
「当たり前だろ?あいつの帰るところは、ここしかないんだから」
私は小さくうなずき、お父さんの胸で目を閉じる。お父さんはそんな私の背中をポンポンと叩いた。
そしてお父さんの言うとおり、心はその日の夜、ひょっこり私たちの前に帰ってきた。
「腹減った。俺のメシは?」
私とお父さんが食事をしているテーブルに、心が何食わぬ顔で腰掛ける。
「心……どこ行ってたんだ?」
お父さんが怒鳴りたい気持ちを抑えて、低い声でつぶやく。
「どこって……学校。英語の補習」
心はそう言って、制服のネクタイをぴらぴらさせる。
「言ってなかったっけ?」
私は呆然と心の顔を見つめる。心はそんな私を見て小さく笑った。
「心ちゃん!」
ご飯をよそった茶碗を心の前に乱暴に置くと、私は思わず叫んだ。
「すっごく心配したんだからね!私も、お父さんも……麻利さんも!」
心は何も言わずに茶碗を持つと、私を無視して食べ始めた。
「心ちゃん!」
「うるせえな、メシの時ぐらい静かにしろ!」
何よ、何なのよ!?昨日はめそめそ泣いてたくせに!私の前で泣いてたくせに!
私は言い返したい言葉を飲み込み、両手を握り締める。その時お父さんが、静かにつぶやいた。
「心。お母さんに子供ができた」
心は味噌汁をすすってから答える。
「知ってる。海に聞いた」
「お母さんは迷ってる。子供を産むか産まないか。だからお前に決めてほしい」
お父さんの言葉に心が顔を上げる。私も呆然と二人を見つめた。
「何言ってんの?何で俺がそんなこと……」
「お母さんが言ったんだ。心が決めろって」
「はあ!?何でそんな大事なこと俺が決めるんだよ!?」
心がそう言って箸をテーブルに叩きつける。
「いいから決めろ!産むのか!?堕ろすのか!?」
お父さんが怒った顔で心に怒鳴る。私は黙って心の答えを待つ。
心は唇をかみしめてうつむいていたが、やがて小さな声でつぶやいた。
「そんなの……決まってんだろ?」
お父さんがじっと心を見つめる。
「俺はそんな鬼じゃねえよ」
私は嬉しくなって、思わず心に笑いかける。お父さんも笑って心の頭をぐしゃぐしゃなでた。
「ああもう、うざい!」
心がすねた顔で立ち上がる。私はそんな心に自分の手を差し出した。
「そうだよね?私のお兄ちゃんは鬼じゃないよね?」
私の指に、桜色のリングが光る。心は私のことをにらみつけると、黙ってキッチンを出て行った。
「心ちゃん、照れてる」
「ああ、照れてる」
私とお父さんの笑い声を聞き、心が廊下の隅から怒鳴りつける。
「うるせー!お前らあとで覚えてろよ!」
そんな声を聞いて、私とお父さんは声を上げて笑った。