25 遠い記憶
次の日は快晴だった。私は何度もしつこく鳴り響くチャイムの音で目が覚めた。
昨日はなかなか眠れずに、うとうとしだしたのは確か明け方だった。時計の針はもう10時を回っている。
もう一度鳴ったチャイムの音に、私は眠い目をこすりながら、玄関へ向かった。
「こんにちは。心ちゃんいる?」
玄関を開けると、そこには麻利が立っていた。
「あ、たぶん、部屋に……」
私は急に自分のパジャマ姿が恥ずかしくなって、思わずうつむき足元を見る。
しかしいつも玄関に脱ぎ捨てられている心の靴が、そこには見当たらなかった。
「昨日の夜から携帯に電話してるんだけど、全然でないからちょっと気になって……」
麻利の言葉に私はあわてて心の部屋のドアを開ける。しかしそこに心の姿はなかった。
「どうしよう……心ちゃんがいない……」
「海ちゃん?」
麻利が心配そうに私を見る。
「どうしよう……心ちゃんがいなくなっちゃった……」
私は急に不安になっていつの間にか泣き出していた。
「うん、ここには来てないけど……でも大丈夫だよ。こっちに来たらすぐ連絡するから」
ママの病院にいるお父さんが、携帯電話で私に話す。
「うん……」
「そんなに心配しないで。ね?海ちゃん」
お父さんは明るくそう言って電話を切った。
私は受話器を置いて、キッチンのテーブルに座っている麻利を見る。
「心ちゃん、いなかった?」
「うん」
私がうつむいて椅子に座ると、麻利がにっこり微笑んだ。
「だいじょうぶよ。心ちゃんの放浪癖は今に始まったことじゃないから」
私はゆっくりと顔を上げる。麻利はいたずらっぽく笑いながら、私に言った。
「あの子、昔からそうなのよ。嫌なことがあるとすぐ家飛び出しちゃう。コドモでしょ?」
私は黙ってそんな麻利の顔を見つめる。麻利は私から目をそらすと、窓の外を眺めながらつぶやいた。
「でもいつもは、私のところに来るのにね……」
麻利の横顔は笑顔だったが、どことなく寂しそうだった。私は麻利に向かって思い切って口を開く。
「麻利さんは、小学校の頃から、心ちゃんのこと知ってるんだよね?」
私の言葉に麻利が振り返り、うなずく。
「そうよ」
「じゃあ心ちゃん、小学校の時、私のこと何か言ってなかった?」
「え?海ちゃんのこと?」
麻利が不思議そうに私を見る。私は両手を握り締めると、テーブルに身を乗り出すようにして言った。
「心ちゃん、私のこと恨んでたの。私のこと殺そうと思ってたの」
「やだ、嘘でしょ?」
おかしそうに麻利が笑う。
「心ちゃんにそんなことできるわけない……」
麻利はそう言った後、何かを思い出したように窓の外を見た。
「でも、そういえば……」
麻利の言葉に、私が息をのむ。
「私、心ちゃんとこの家に来たことあるかも」
「え……」
「そうだわ……すっかり忘れてたけど……私ここに来たことある」
「心ちゃんが……ここに?」
麻利は庭に生い茂る桜の木を見つめたあと、私に振り返って言った。