24 きっと誰かのために
タクシーが家の前に止まると、私は手で雨をよけながら、庭から玄関へ走りこんだ。
その時、縁側の窓からぼんやりと外を見ている、心の姿に気がついた。
「心ちゃん……」
家に入って、まっすぐ心のもとに向かう。心は閉め切った窓から、雨の降りしきる庭先を見つめていた。
「ママ……どうだった?」
やがて心がポツリとつぶやく。
「心ちゃん、ママのこと心配してるんだ?」
「うるさい。質問に答えろ」
私はふっと笑って心に言う。
「ママ、おめでたなんだって。今2ヶ月」
心がゆっくりと振り返り私を見る。私もそんな心の顔をじっと見つめた。
雨の音は次第に激しくなり、風と一緒に窓を揺らす。私たちはそんな嵐の中、何も言わずにじっと見つめ合っていた。
「残念だね、心ちゃん。またママを独り占めできなくて」
やがてつぶやいた私の声に、心が黙ってにらみつける。私は心を見ながら、小さく笑う。
「それともその子を殺す?簡単でしょ?お腹の子供を殺すぐらい」
「お前……」
心は私をにらんだまま、押し殺すような声でつぶやいた。
「殺されたいか?マジで」
「やってみなよ?あの時、私を川に突き落としたみたいに」
その瞬間、心が私の胸元を乱暴につかみガラス窓に叩きつけた。私は窓の向こう側の、激しい雨の音を聞きながら叫ぶ。
「できるわけない!心ちゃんにそんなこと、できるわけない!」
「うるせー!黙れ!」
心の怒鳴り声とともに、その手が私の首をつかんだ。思わず固く目を閉じた時、私の体が温かいものにふんわりと包まれた。
「心……」
心の両手が私の体を抱きしめている。だけど、その手もその肩も小さく震えていた。
「何で俺なんか産んだんだよ……誰にも歓迎されないのに……何のために産んだんだよ……」
私は心の消えそうな声を聞きながら、そっと背中に触れる。
「わかるよ……私はあんたの気持ちが誰よりもわかる」
お父さんが好きだったママ。でもパパと結婚したママ。そして生まれた私……
「私だって思ったもん……私はこの世に生まれてきてよかったのかって……私だって思ったもん……」
私は心の背中を抱きしめる。泣きたくないのに、涙がぽろぽろこぼれてくる。
「でもきっとよかったんだよ……私も心も……きっと生まれてきてよかったんだよ……」
外から吹き付ける雨と風が、窓をガタガタと揺らす。
心は何も言わずに、私を抱きしめたまま肩を震わせている。私は目を閉じ、ささやくようにつぶやいた。
「私たちはきっと、誰かのために生まれたきたんだよ……」
そう、きっと私は、心ちゃんのために生まれてきたんだ。
態度がでかくて口が悪くて、私のことをすぐ子供扱いして……でもほんの少し優しくて、ものすごく寂しがりやの、『お兄ちゃん』のこころを温めてあげるために。
……なんて言ったら怒るよね?……心ちゃん。