2 誰?
「空センセー、夕ご飯できましたよー」
引っ越し祝いのごちそうが並んだテーブルに、ぼさぼさ頭をかきながら、お父さんがやってくる。
「お、うまそうだな」
「すごいでしょ?ほとんど海が作ったのよ」
ママはそう言って自慢げに私を見る。
「ほおー、料理が得意なんだ、海ちゃんは」
お父さんはニコニコ笑い、から揚げを一つつまんだ。
「お、ホントだ!マジでうまいぞ、これは!」
「でしょ?私が仕事で家にいなかったから、海の料理の腕前が上がっちゃって上がっちゃって」
「ははは、いいじゃんか。海ちゃんはきっといい嫁さんになるぞ!」
私は少し顔を赤くしてうつむくと、部屋の隅につまれた段ボール箱を抱えて歩き出した。
「海、どこ行くの?」
「これ、外に出してくる」
「そんなの後で俺がやるよ」
「いい、ここに置いておくと邪魔だから……」
私はそう言って玄関の外へ出た。
部屋の空気があたたかい。いつも一人ぼっちか、ママと二人で食べていた夕食が、今夜はあの人のせいであたたかい。
それはきっといいことなんだろうけど……私は何だかあの場所に居づらくて、思わず外へ出てしまった。
その時私の目に、庭の桜の木をじっと見上げている男の姿が映った。
「誰……?」
恐る恐るつぶやく。すると、隣町にある高校の制服を着たその男が、独り言のようにつぶやいた。
「変わってねえな……この桜の木」
私はぼんやりとその声を聞く。薄闇の中で、桜の花びらがひらひらと舞い落ちる。
「誰なの?」
私がもう一度繰り返すと、男はゆっくりと振り返り、笑いながらこう言った。
「ここ、宇和野さんちでしょ?」
私の頭に漫画家の『うわの空』という名前が浮かんでくる。そうか……私の苗字は今日から『宇和野』になったんだっけ……
「そうですけど……」
「俺、『うわの空』の息子」
「え?」
「聞いてないの?俺、今日からここんちの子になるんだけど」
その時和室の窓が開き、ママが庭に向かって声をかけた。
「あら、しんちゃんじゃない!」
「こんばんは、バカ親父来てます?」
「来てるわよ、さあ、上がって上がって!」
「おじゃましまーす」
『しんちゃん』という男は、いたずらっぽい笑いを私に残し、縁側から家に上がりこむ。私はあわててママに駆け寄った。
「ママ!誰なの、あの人!」
「え?心ちゃんよ。空センセーの息子さんの」
「聞いてないよ!息子がいるなんて!」
「あら、そうだったっけ?」
ママはそう言って首をかしげる。
「そういえばセンセーのことで頭がいっぱいで、心ちゃんのこと言うの忘れてたわ」
「ママー」
私は情けない顔でママを見上げる。ママはそんな私を見てにっこり笑うとこう言った。
「センセーの息子さんだから、海のお兄ちゃんよね?」
私の、お兄ちゃん?……私は気持ちの整理がつかず、呆然とその場に立ち尽くした。
「ごめんね、心ちゃん。私、海にあなたのことまだ話してなくて」
「いいですよ、別に」
「おい、心。あんまり海ちゃんが可愛いからって、この子に手ぇ出しちゃダメだぞ?」
「出すわけねーだろ?俺、彼女いるし」
「あらまあ、心ちゃん彼女いるの?」
「いやー、こいつ俺に似てなかなかイケメンだから」
「よかったわねー海。こんなステキなお兄ちゃんができて」
私は何も言わずに、箸をもったまま顔を上げる。
3人はテーブルを囲んで、私の作ったから揚げを食べながら笑っている。
嘘でしょ?私はこれからこんな人たちと一緒に暮らさなくちゃいけないの?
思わず涙目になった私を、正面に座る心がニヤニヤ笑いながら見つめている。
私は黙って目をそらすと、茶碗を抱え、ご飯を一気に口に押し込んだ。