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17/30

17 4つのオムレツ

 夕暮れの縁側に座り、私は見慣れた庭を眺めていた。

 私の記憶には残っていないが、浴衣を着た小さな私が、死んだパパとここで花火をやっている写真を、アルバムで見たことがある。

 その時私の後ろで、お父さんの足音が止まった。

「ママは?」

 私が振り返りお父さんを見上げる。

「寝たよ。やっと落ち着いたみたい」

 お父さんはそう言ってかすかに笑うと、私の隣に腰をおろした。

 さっきまでの暑さが嘘のように、夕方の涼しい風が吹き込んでくる。

「海ちゃんには、ちゃんと話しておかないといけないね……」

 静かな縁側にお父さんの寂しそうな声が響く。

 私は何も言わずに夕暮れの庭を見つめる。

 風は桜の木を揺らし、緑の葉が一枚ゆっくりと落ちてきた。

 

 次の朝、私が眠い目をこすりながらキッチンへ行くと、ママが慣れない手つきで朝食を作っていた。

「おはよう、ママ」

「あ、海ちゃん、おはよう」

 ママはフライパンを持ったまま振り返り、いつもの笑顔で私を見る。

「ねえ、今朝はママ、オムレツ作ってみたの。おいしいかどうか海ちゃん食べてみて?」

 私はぼんやりとテーブルの上に並ぶ4つのオムレツを見る。

「心ちゃん……帰ってきたの?」

 私の声にママの動きが止まり、やがて小さく首を横に振った。

「大丈夫よ、一晩ぐらい帰ってこなくても。男の子なんだし、もう17になるんだし……」

 ママは自分に言い聞かせるようにそう言って、無理に明るく笑う。

 私はそんなママの顔を見るのがつらくて、キッチンの隅にあったゴミ袋をつかむと、さりげなくママの前から離れた。

「海ちゃん……」

 私の背中にママの不安そうな声が聞こえる。

「ゴミ、捨ててくるよ」

 私はそうつぶやくと、サンダルをはき外へ出た。

 

 玄関から一歩外へ出ると、朝だというのに真夏の日差しが私の顔に照りつけた。

 私は目を細めて空を見上げると、ゴミ袋を持ち上げ道路へ出る。

 ゴミ置き場のそばでは、近所のおばさんたちが立ち話をしていた。

「おはようございます」

「あら、おはよう、海ちゃん。朝から暑いわねぇ」

 おばさんたちはそう言って、私に笑いかける。

 私も笑ってゴミを置いたあと、こちらに向かってくる二人の人影に気づいた。

「しん……ちゃん?」

 私はつぶやき立ち尽くす。不機嫌そうな顔の心が、麻利と並んで歩いてくる。

 おばさんたちはそんな二人を見て、何やら言いたげに私の前から去って行った。

「おはよう、海ちゃん」

 やがて私の前にやってきた麻利が、にっこり笑いかける。

「心ちゃん昨日、私のうちに泊まったの。ごめんなさいね、連絡もしなくて……この人が絶対連絡するなってうるさくて……」

 麻利はそう言って心を見る。

「今日もね、帰りたくないなんて駄々こねるから、私が無理やり連れてきたの」

「コドモ扱いすんなよ」

「だってコドモじゃない?心ちゃんは」

 麻利はおかしそうに笑うと、心の背中を私のほうにそっと押した。

「それじゃあ、ちゃんとご家族に引き渡しましたから」

 麻利が私に向かって手を振る。

「あ、あの……」

 私が声をかけようとしたが、麻利は静かに微笑んで、もと来た道を去っていった。

 

 私と心は朝日の中で立ち尽くす。私の頭に昨日のお父さんの声がよみがえる。

『心の本当のお母さんは、海ちゃんのママなんだよ』

 その時突然、心が私の手をとった。

「マジでつけてやがる……」

 私は心に握られている自分の手を見つめる。その指には昨日もらった桜色のリングが、朝日を浴びて光っていた。

「バカじゃん」

 心はそうつぶやくと、私から手を離しゆっくりと歩き出す。

「心ちゃん!」

 そんな心の背中に私が声をかける。

「お父さんとお母さんに謝りなよ!すっごく心配してたんだからね!あんたのこと!」

 心は何も答えずに、私を残して家の中へ入っていった。

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