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16 冷たい手

 2泊3日の旅行を終えて、私は住み慣れたこの家に帰ってきた。

 庭の桜の木には緑の葉が生い茂り、セミの鳴き声が騒がしく聞こえる。

 私は家の鍵を開け、リビングの扉を開く。

 するとエアコンをガンガンに効かせた部屋の中で、心がソファーに寝転がり雑誌を読んでいた。

「心ちゃん……帰ってたの?」

 私がつぶやくと、心は雑誌の隙間から私を見つめ小さく笑った。

「お帰り。海ちゃん」

 私は少し日に焼けた心の顔をじっと見つめる。心は起き上がるとそんな私に言った。

「親父たちと海行ってたの?」

「うん……」

 リビングの窓からは、庭先のガレージで車から荷物を降ろしている、ママとお父さんの姿が見える。

「これ、おみやげ」

 私は紙袋の中からまんじゅうの箱を取り出し、心に向かって差し出す。

「温泉まんじゅう。お父さんが心ちゃんの好物だからって」

 心はまんじゅうを受け取ると、ポケットの中から小さな紙袋を取り出した。

「おみやげ」

 私はぼんやりと小さな袋を見つめる。心は私の手にその袋を握らせた。

「私に?」

「そう」

「開けてもいい?」

「どうぞ」

 胸をドキドキさせながら袋を開ける。すると中から桜貝の色に光る、かわいらしいリングが出てきた。

「かわいい……」

 思わず微笑んで、指にリングをはめる。

 すると心が立ち上がり、そんな私につぶやいた。

「麻利が……海ちゃんにって」

 私はゆっくりと顔を上げる。心は私を見下したように笑っている。

 わざとだ。こいつわざと私を喜ばせて、おもしろがってる。

「大事にするんだな」

 心は笑いながらそう言って、私の前を通り過ぎる。私はそんな心の背中に小さく声をかけた。

「あんた……誰なの?」

 私の言葉に心が立ち止まる。

「俺は海の兄ちゃんだよ?」

 心が私に振り返る。私は黙って心の着ているTシャツを見つめる。

 そしてその胸に小学校の名札を思い浮かべ、私のかすかな記憶がよみがえった。

「小学校2年の時、私を川に突き落としたの、あんたでしょ?」

 心はふっと笑って前髪をかき上げる。

「胸の名札に書いてあった。習ったばかりのあんたの名前」

 庭先からママとお父さんの笑い声が聞こえる。

 効きすぎたエアコンが私の体を冷やしてゆく。

 次の瞬間、心が私の前に立ち、その冷たい手を私の頬にそっと当てた。

「そうだよ。よくわかったね?海ちゃん」

 私はじっと目の前の心を見る。

 私を見下ろすようなその顔は、川に落ちた私を土手から見下ろしていた、あの男の子の顔だった。

「お前を川に突き落としたのは、この俺だよ。俺はお前のことを、ずっと憎んでいたからな」

 心の言葉に私の背筋が凍りつく。私は震えながら、黙って心の冷たい瞳を見つめた。


「あら、心ちゃん、いたの?」

 その時リビングのドアが開き、外の暖かい空気が流れ込んできた。

「何だこの部屋?エアコン効きすぎだぞ?」

 お父さんとママが荷物を抱えて入ってくる。

 私の頬に触れていた心の手が、さりげなく離れていく。

「海?」

 次の瞬間、私はママの背中に駆け寄り、顔をうずめていた。ママのシャツをつかむ私の手が小さく震えている。

 そんな私を見たお父さんが、心に向かってつぶやいた。

「心。お前、海ちゃんに何か言ったのか?」

「別に」

 心はそう言ってドアに向かって歩き出す。するとママが震える私を抱きしめて、心の背中にこう言った。

「心ちゃん!言いたいことがあったら私に言って!」

 心は背中を向けたまま立ち止まる。

「悪いのは全部私でしょ!?海は何にも悪くないのよ!」

 ママの言葉に心がゆっくりと振り返る。

 私はママの胸に抱かれながら、私と同じように震えているママを見上げる。

 心を見つめるママの瞳からは、涙がぽろぽろとこぼれていた。

「やってらんねーよ……」

 そんな私たちを見て心がつぶやく。

「お前らといまさら家族なんて、やってらんねーんだよ!」

 私は呆然と心を見つめる。

 心は振り返り部屋を飛び出そうとする。

 しかしそんな心の腕をお父さんがつかみ、その頬を思い切りひっぱたいた。

「心!いいかげんにしなさい!」

 あの優しいお父さんが、怖い顔で心を見る。

 心は頬を押さえてお父さんをにらみつけると、小さな声でつぶやいた。

「悪いのは全部あんただろ?」

 私を抱きしめるママが静かに目を閉じる。

「あんたが母さんを引き止めてたら、俺はこんなことしなかったよ!」

 心はそう叫ぶとお父さんを突き飛ばし、玄関から外へ出て行った。

「心!」

 お父さんはそう言ったまま立ち尽くす。その瞬間、ママが床に崩れるようにして泣き出した。

「ママ……」

 私は震える手でママの背中をなでる。しかしママはいつまでもいつまでもその場で泣き続けていた。

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