15 私の居場所
夕食が並ぶテーブルに、仕事から帰ったママがやってきて言う。
「あら?心ちゃんは?」
私は茶碗を持ったまま小さくつぶやく。
「心ちゃんは友達の家に泊まりに行った。2、3日帰ってこないって」
「あら、そう……」
ママはそう言って箸をとる。そしてしばらく沈黙が続いた後、お父さんが顔を上げて言った。
「友達の家って、麻利ちゃんちかな?」
私は思わず茶碗を落としそうになるのをこらえて、お父さんを見る。
すると私の隣のママも、おかずをつまみながらこう言った。
「ホントに家かしら?旅行にでも行ったんじゃない?」
「そうだあいつ、麻利ちゃんと海行くとか言ってなかったか?」
「そういえば今朝、この家に浮き輪はないかとか聞いてきたわよ?」
2人の視線が私に集まる。
私って嘘つき? ……いや、嘘つきはあいつだから!私は言われたとおり言っただけだから!
3人の食卓は静まり返り、何とも言えない空気が漂う。
その時突然お父さんが立ち上がり、私たちに言った。
「よし!あんなやつほっといて、3人で海に行こう!」
「え!?」
私が驚いて顔を上げる。
「海ちゃんは夏休みだし、俺は原稿が上がったばかりだし」
「いいわねー!それならママもお休みとるわよ!」
「ちょ、ちょっと待ってよ」
私は困った顔でニコニコ顔のお父さんとママを見る。
「でも……私泳げないし」
「大丈夫!お父さんがついてるから!」
お父さんはにっこり笑って、自信ありげに胸を叩く。
「あら、センセーもかなづちじゃなかったっけ?」
ママが横から口をはさむ。
「おいおい、それを言うなって!」
私は何だか嬉しくなって、いつの間にか2人と一緒に笑っていた。
3人で行った旅行はサイコーだった。
きれいな海においしい料理。海辺の露天風呂も気持ちよかった。
「ママー、見てみて!夕日がきれいだよー」
少し肌が焼けた私が、砂浜に駆け出し声を上げる。
「ホント。きれいねぇ」
ママはそう言って手をかざし夕日を見上げる。お父さんはそんなママの背中を、眩しそうに見つめている。
私は2人から目をそらし、砂浜を走り、岩場の向こうのオレンジ色に広がる海を見た。
「うわー、きれい……」
思わずつぶやき、ため息をもらす。
「海ー、やっぱり来てよかったわねー」
私の背中にママの声が聞こえる。私は小さくうなずいた後、ふと心のことを思い出した。
春に私の家にやってきた、血のつながらないお兄ちゃん。
口が悪くて態度がでかくて、彼女と海に行ったお兄ちゃん。
次の瞬間、波の音にまぎれて、心のあの冷たい声が聞こえてきた。
『お前を殺そうとしたこの俺に、惚れてんだ?』
私は胸が詰まりそうになり、ママたちのいる砂浜を振り返る。
するとそこには肩を抱いて寄り添いあう、ママとお父さんの姿があった。
「ママ……」
2人は私のことなど忘れたかのように、幸せそうに夕日を見ている。
そんな2人の姿が、心と麻利の姿と重なって、私は呆然と立ち尽くした。
「私だけ……ひとりだ……」
波が岩に打ち付けられ、波しぶきが頬にかかる。
ママは私だけのママだった。でも今はお父さんのためのママ。
そして新しいお兄ちゃんも、私のために現れたわけじゃない。
この家に私の居場所はあるの?
なぜだか私は無性に寂しくなり、涙があふれそうになるのを必死でこらえていた。