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14 行かないで

「海。俺と一緒に海に行かないか?」

 私の前で心が手を差し出す。

「でも……私泳げないもん」

「『海ちゃん』なのに泳げねーの?」

 心はそう言っておかしそうに笑うと、私の手を強引に引いて歩き出す。

「この川沿いを歩いて海に行こう」

「ダメだよ。この道通るとママに怒られる」

「ママにねえ?」

 私は立ち止まり、ぼんやりと心を見る。

「お前にはママがいていいね?」

「何……言ってんの?」

「だから俺はお前が嫌いなんだよ」

 心は私を見下ろすようにして笑うと、その手で私の背中を突き飛ばした。

 

「いったーい……」

 夏休みの1日目。私はヘンな夢を見て、ベッドの上から転がり落ちていた。

「何でかい音立ててんだよ?」

 部屋のドアが開き、帽子をかぶってリュックを背負った心が、パジャマ姿の私を見る。

「バカ!勝手に開けないでよ!」

「海ちゃーん、浮き輪貸して」

 心は私の声を完全に無視して、ずかずかと部屋の中に入ってくる。

「浮き輪?あんた泳げないの?」

「アホか!俺が使うんじゃねぇ、麻利に貸してやるんだ」

 心はそう言うと、私のクローゼットの中を勝手に物色しだした。

 はぁ?何で私があんたの彼女に浮き輪を貸してやらなきゃなんないの?

 私はムカつく胸を押さえながら、引き出しの中から浮き輪を取り出し、心の前に差し出した。

「お、やっぱりあった。サンキュー」

 心の差し出す手を振り払うように、私は浮き輪を後ろに隠す。

「どこ行くのよ?教えてくれないと貸してあげない」

「あのなぁ、お前な……」

 心は大げさにため息をついた後、私を見つめてこう言った。

「海に行くんだよ。麻利と、泊まりで」

「泊まり!?」

 私が思わず声を上げる。

「そんなのママとお父さんが許してくれるの?」

「バーカ、そんなん、いちいち親の許可もらって行くやつがあるか!」

「じゃあ内緒で行くの?」

 心は胸をドキドキさせている私に近寄り、そっと耳元でささやいた。

「『お兄ちゃんは友達の家に泊まりに行きました』って言っておけ」

 私は呆然と心を見上げる。心はそんな私に笑いかけると、浮き輪を取り上げリュックにつっこみ歩き出した。

「ちょっと待って!」

 私が思わず心の腕をつかむ。

「行かないで」

 心が振り返り私を見る。

「行かないでよ。心ちゃん」

 私はじっと心を見つめる。心の腕をつかむ自分の手が、かすかに震えている。

「ふ、バッカじゃねーの?」

 心はそう言うと、おかしそうに笑い出した。

「妹よ、兄ちゃんがいなくなるのが、そんなに寂しいか?」

「違う!」

「そういうのを『ブラコン』って言うんだぜ?」

「違うってば!そんなんじゃない!」

 私はなぜだか泣きたくなるのを必死でこらえながら、心の腕を握り締める。

「あの人と一緒に、行ってほしくないの!」

 心が黙って私を見た。私は思わず目をそらす。

 次の瞬間、私はベッドの上に突き倒された。

「バカだ、お前は。兄貴にやきもち妬いてどうする?」

 私はベッドから起き上がり心を見上げる。心は軽蔑するような眼差しで、私のことを見下ろしている。

「兄貴なんかじゃないじゃん……」

 自分の胸の音が、大きくなっていくのがわかる。

「私たち何の血のつながりもない、赤の他人でしょ!?好きになったっておかしくないじゃん!」

「へえ……好きにねえ……」

 心は私の言葉に小さく笑うと、ベッドの上に腰掛け私を見た。

「お前、俺に惚れてんだ?」

 私は赤くなった顔を心から背ける。

 しかし心は、そんな私の頬に手を添えると、無理やり自分の方へ顔を向かせた。

「お前を殺そうとしたこの俺に、惚れてんだ?」

 私はぼんやり心を見つめる。心は冷たい笑みを浮かべながら、その手を私の首に回した。

「何……するの?」

 私は声を震わせつぶやく。

「私を……殺すの?」

 心はおびえる私を見て笑い出すと、もう一度ベッドに倒した。

「冗談だよ。バーカ」

 ベッドに仰向けになったままの私に心が言う。

「2、3日帰ってこないから。ママたちに言っといて」

 心は軽く手を振ると、リュックを肩に掛け部屋を出て行った。

 

 残された私はベッドに倒れたまま、ぼんやりと天井を見つめる。

『お前を殺そうとしたこの俺に、惚れてんだ?』

 なに、それ……どういう意味?

 そして私を川に突き落とした男の子の顔が、心の顔と重なり合う。

 私は小さく身震いすると、布団の中にもぐりこみ、ただ恐ろしさに震えていた。

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