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3-02 人類雪女化計画 ~僕は男だけど雪女だったらしい~

 体温が異常に高く、夏場に倒れてしまう特異体質を抱えた、とある高一の少年。成績優秀な彼は、新設の国立医大へ飛び入学しないかとスカウトされた。

 待っていたのは、自分と同じ体質の教授陣と少女達。そして、厳重に警備された教育・研究施設だった。

 少年はそこで、自分達が〝雪女体質〟と呼ばれる、不老と高度な知能を備えた貴重な体質である事を知らされる。

 普通に暮らしていける様になるには、研究によって雪女体質のしくみを解明し、人類が普遍的に不老を保てる様にするしかないという。

 雪女体質を持つ唯一の男性でもある少年は、研究サンプルとして、また日常生活の上で、常に苦労を強いられる羽目に。

 男子として恥ずかしい実験の被検体にされたり、女子学生の共有物として交代で連れ回されたりと、少年の胃痛は耐える事がない……

 高一の十二月中旬。下校しようとした僕は、校内放送で進路指導室に呼び出された。

 新設の国立医大から僕を名指しで、飛び入学扱いで四月から迎えたいという申し入れがあったという。正確には医大ではなく、厚生労働省直轄の「大学校」で、しくみとしては防衛医大に似た機関という事だ。

 入学すると国家公務員となり、学費無料どころか給与が出て、健康保険や共済年金もつき、全寮制で衣食住完備。卒業後は厚生労働省の医療技官として任官するという。

 確かにこの高校は県内トップの進学校で、その中でも僕は成績上位だ。だが、単に成績優秀者が欲しいだけなら、他にもいる。

 進路指導主任の先生も訝しんだ様子で、厚労省から送られてきたという案内パンフレットを手渡してきた。

 開くと最初の頁で、僕の知る人物が校長として紹介されていた。


「この校長、僕の主治医だった先生です」

「主治医?」

「僕は特異体質ですので」


 僕は平熱が四二度と、異常に高いのだ。普段は平気だが、夏の炎天下では熱射病を発症して倒れてしまう。

 今の高校は、県の公立トップ校だからではなく、冷房完備で、また夏期の体育は屋内プールでの水泳だから選んだのだ。

 悪い事ばかりでもなく、寒さは全く平気だ。冬も僕は上着を着ず、長袖ワイシャツという格好で通学している。本当は半袖の方がいいが、さすがに見ている方が寒くなるというので妥協した。

 ともあれ、僕を物心つく前から診ていてくれたのが、この恩納 雪先生だ。


「なるほど。国家の機密プロジェクトに従事する医療研究者の養成が目的というから、個人的な知り合いなら納得だ。それにしてもこの校長、若いねえ」


 恩納先生の写真は、どう見ても一〇代後半の少女にしか見えない。


「若作りなんです。今は少なくとも四〇代の筈ですけど」

「知り合いなら、直接に話はこなかったのか?」

「僕が高校へ入る時、主治医は別の先生になりましたので」


 恩納先生はこの春に、新しく出来る医大へ移籍という事で、主治医も代わっていた。だがよもや、校長になったとは思わなかった。



 家族の反対もないので願書を送ると、終業式の前日に合格通知が来た。小論文すら課されず、何とも拍子抜けだ。

 年末の二七日に説明会を行うから来学する様にとの事で、日程が随分と慌ただしい。

 学校の所在地は岐阜県高山市。当日、新幹線と特急を乗り継ぎ高山駅に降りると、辺りは雪で真っ白だった。積雪地帯には来た事がなかったが、随分と心地よい気温だ。

 迎えのバスが来る駅前のロータリーへ行くと、そこには異様な大型車があった。

 赤色灯を装備し、窓はスモークで金網張り。どう見ても犯罪者を運ぶ為の護送車だが、胴体には「厚生労働省」と書かれている。

 傍らには、冬期迷彩の戦闘服を着た女性が立っていた。腰に拳銃を付けているので、警察ないしはそれに準じた組織の人だろう。

 機密プロジェクト従事者の養成が目的の学校と言うから、ここまで厳重なのだろうか。


「医大の説明会はこの車でしょうか」

「合格証を拝見」


 持っていたカバンから合格証を取り出して提示すると、戦闘服の女性は敬礼して僕を車内へと通した。

 中にいたのは、一〇代後半に見える女性が三〇名。彼女達は各々の学校の制服を着ていたが、その全てが夏服という点が異様である。その服装から、僕と同じ高体温体質と思われた。


「男子がいた」「この子だけ?」「実は男装女子?」


 小声が聞こえる中、開いていたのは最前列だけなので、そこへと座る。

 戦闘服の女性が運転席に座り、護送車が走り始めると、前部に設置されているTVがついた。映ったのは恩納先生だ。

 白いロリータ服に金髪のツインテールという、とても医師にも教育者にも見えない姿だが、先生の普段着だ。僕は見慣れていたが、「何この人?」「大丈夫?」等と、不信感をつぶやいている人もいる。


「到着まで約一時間かかるから、その間に簡単な説明をしておくね!」


 恩納先生の話が始まると、車内はすぐに静まりかえった。


「気付いている人もいるだろうけど、君達はみんな、平熱が四十二度もある特異体質なんだ。ちなみに私や、他の教授陣も全員ね」


 恩納先生も同じ体質だったとは初耳だが、特異体質の当事者が医学を志すのはよく聞く話なので、意外さは感じられなかった。


「この体質、単に暑さに弱くて寒さに強いだけじゃないんだよね。まず、知能がとっても高いんだ。IQは平常で一四〇位。パソコンでも性能が高い程、CPUの発熱が凄いでしょ?」


 その場の全員が、納得した様に頷いた。知能が高いなら、国が集めた理由も解る。


「それと、感染症への耐性が強いんだ。発熱って、病原体と戦う為の生体防御反応なんだけど、みんなは平熱が四二度もあるからね。普通の人は、こんな高熱が続くと脳が壊れちゃうけど、みんなは真夏でなければ大丈夫ってのが凄いとこ。馬鹿は風邪引かないとかいうけど、逆だよね!」


 冗談に反応し、周囲からは笑い声が出た。確かに、僕は病気らしい病気をした覚えがない。


「で、ここからが本題。今から言う事は国家機密だよ。願書は、秘密を守る制約書も兼ねてたんだけど、きちんと内容を読んでサインしたよね?」


 一体どうなるのかと、車内に緊張した空気が走る。恩納先生は一呼吸置いて、再び話し始めた。


「この体質の持ち主は、老化しないんだよ。もちろん生物だから限界はあるんだけど、限界寿命はおよそ五〇〇年と見込まれてるんだ。ちなみに私は、明治元年生まれの一五四歳ね」


 一気に話が怪しくなるが、誰も騒ぎ出す人はいなかった。落ち着いた雰囲気のまま、恩納先生の解説は続く。


「そういう人は昔からごく希にいたんだけど、主に積雪地帯で、世間の目から隠れて暮らしてたんだ。長寿を妬まれたり、化け物扱いされたりするからね。民話の〝雪女〟って、正体は私達の事だよ」


 ミュータントへの迫害はSFで定番の題材だが、よもや我が身に降りかかるとは思わなかった。これから僕達はどうなるのかと、不安がよぎる。


「でも維新以後、戸籍制度が出来て、身分のごまかしが難しくなっちゃった。明治新政府も〝雪女〟の実在に気づいてね。世間を騒がせない様、皇室に仕える女官の身分を与えて、宮中で生活させたんだ。保護と隔離を兼ねてね」


 少なくとも国は、僕達を保護してくれる様だが、同時に不自由な生活を強いられそうでもある。歳を取らない人間が、一般人の中で普通に生活し続けられるかは、確かに疑問だが……


「幸い知能が高いから、宮中でも、女性皇族方の診察を担当する御典医としての教育を受けられてね。長生きすれば立場も強くなって、影ながら政治に影響力を持てる様にもなってきたんだ」


 皇室という特殊な場所に長年いれば、自然に発言力が増していくのも然りだろう。恩納先生達は、影の権力者という事らしい。


「で、平成の半ば頃。急に、私達と同じ、雪女体質の新生児が大量に生まれ始めたという報告が、厚労省に入り始めたんだ。それが君達。年間三〇から五〇人位だけど、それまでは一〇年に一人見つかるかどうかだったから、凄い変化だよ」


 少ないとは言っても、指定難病程度には人数が増え始めた訳だ。確かにそういう状況なら、政府も本格的に動くだろう。


「政府は新世代の〝雪女〟を、私達同様に保護・隔離する事にしたんだけど、昔の様にはいかないし、人数も多いからね。医大を造って学費無料でスカウトすれば、手荒な事をせずとも自発的に来てくれるんじゃないかって私が言ったら、その案が採用されたって訳」

「何故、医大?」


 後ろの方の席から声が挙がった。


「はい、白山さん。機密保持を兼ねて、君達を単なる研究サンプルではなく、研究者として育成しようって趣旨なんだ。それだけの頭をもって生まれたんだしね」


 カメラとマイクが車内に設置されていて、通信状態だった様だ。最初に教えて欲しかったのだが、この場で質問は可能な事が解った。


「少子高齢化の流れは恐らく変わらない。なら、いつまでも若さを保てる様、雪女体質を普遍化出来れば、人口減を防げるんじゃないかって政府は考えてる。そして私達も、いつまでも隠れてないで堂々と生活したいよね。研究を進めて人類全体を私達と同じにするのが、唯一の方法だよ」


 雪女体質の研究は、長寿化による少子高齢化対策の側面がある様だが、恩納先生は、自分達が普通に暮らす為の手段と考えているという。

 ……他人事ではなく、まさしく僕達は一蓮托生だ。


「応じなかった子はどうなりました?」

「はい、吹雪さん。強制はしてないよ。何らかの形で、国の管理下にはなるけどね」


 比較的穏当な答えに質問者……吹雪さんというらしい……は安心した様だが、僕は一抹の不安を抱いた。強引な措置をとったとしても、この場で正直に言う筈がない。

 質問が途絶えたので、今度は僕が気になった事を尋ねてみた。


「男は僕だけなんですか?」

「はい、氷室君。雪女体質は女性ばかりだったんだけど、君は確認された初めての男性。だからこそ、君については飛び入学で早期に確保したかったんだ」


 僕がレア中のレアである事は解った。だが、さしあたりの問題は別にある。


「そういう訳で、氷室君は貴重な男子で、みんなより年下だから、決していじめない様に!」


 僕が考えた事を恩納先生も察した様で、さっそく釘刺しがあった。

 僕は最低六年間、全寮制の女所帯で生活していく事が確定した訳だが、やっていけるのだろうか……


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