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3-11 ヴァンパイアの王、引退します。


 白紙にさらりさらりと黒が走る。形が揃った綺麗な字だ。生前は貴族だったのだろうか、育ちの良さが窺える。筆談なのは……目の前の人物の首から上がないからだ。


 『なァ、お前は何を殺してそうなった?』

 

 彼、もしくは彼女はそう尋ねた。


「吸血鬼。それも、いっちばん強いヤツ」


 『……馬鹿なのか?』


 虚空から、溜め息が漏れたような気がした。


 これは、押し付ける物語。


ヴァンパイアの王になんて、なりたくない。

怪物殺し

 階段を上がって城の三階、突き当たりを右に曲がって四つめの部屋。その昔、この城の主の娘が使っていた部屋。大人一人で住んでいても十分以上に広く感じるその部屋に、『ソレ』はあった。


「……黒い棺桶。真ん中に、赤い十字架……間違いない、よな」


 独り言は闇に消えて、ズボンのポケットに突っ込んでくしゃくしゃになった依頼書を広げる。窓から差し込む月明かりに照らされて浮かぶインクは何処と無く頼りない。懸賞金の額は今までに見たこともない程。……何年かは遊んで暮らせる量だ。本当にその額が支払われるかは怪しいが。


 ……いるのだ、此処に。蝙蝠達の王の更にその上の、吸血鬼達の王。エルダー、キング、ロード……。呼び名は幾つもあれど、それ等が指し示された人物は唯一人。伝承上では五百年も前から記されていたものは、実際に存在する。今、此処に。


 掴んだ棺桶の蓋は、想像以上に軽かった。呆気ない程簡単に外れた蓋が、カランと音を立てた。


「……ッ」


 息を呑む。棺桶の中で眠っていたのは……一目見ただけなら、人間のように思えたからだ。それも、とびっきりの美麗な。


 絹糸を思わせる銀色の髪が棺桶に敷き詰められている。立てば床に着くほどの長さだろう。肌は血色を失い青白くなって、彼女の儚さと悲愴さを想起させる。着せられた純白のドレスは花嫁のようで、彼女の身体を締め付けることのないようゆったりと覆っていた。


 依頼書をポケットに突っ込み、銀の杭と木の槌を両手に。ドレスに包まれた左胸に杭を押し当てる。震える手を押し止めて、杭を垂直に叩くように槌を構える。飛び出そうな程の鼓動を鳴らす心臓は────抑えられない。何の感情がこの心臓を揺さぶるのか、正体は分からない。


 ただ、自分と同じ人間ではなく、怪物の命を奪う事。それなのに、何故だか穢してはいけない何かを潰してしまうような気がして。


「……こっちも依頼なんだ、悪く思うな」


 言い訳のように呟いた言葉が、また消える。大きく振りかぶった木の槌を、一番力の伝わる角度で振り下ろして──────ぐちゃり。


 慣れない独特な感触と共に、銀の杭がドレスを、肉を裂いて、心の臓を穿つ。破けた布に血が滲んで染みを作り、繊維を伝って拡がっていく。


「……」


 終わった。依頼書の通り、吸血鬼に止めを刺した。銀の杭を打ち込んで、心臓を貫いた。後はここから立ち去るだけ。見えない何かに急かされるように足を動かせば、ばしゃり。靴に踏まれた血溜りが飛沫を上げた。


「……待っていた」


 聞き覚えの無い女の声。即座に振り向けば、いつの間にか棺桶の中は血で満たされていた。さっき踏んだのは棺桶から溢れた血だったのだ。吸血鬼の姿は沈んでしまったのかもう見えず、床は真っ赤なカーペットに埋め尽くされてしまったかのようだった。


 「待っていたよ。ずうっと、ずーっと……何百年も、ね」


 歓喜に打ち震えた声だ。相変わらず何処から聞こえるのか分からない。


「……何をだ」


 得体の知れない声に聞き返す。声が少し上擦った。こんな事をしている暇があるのか?早く此処を脱出するべきだ。今すぐに逃げ出さなければいけない。そんな思いとは裏腹に、凍り付いてしまっているのではないかと思う程に、脚は震え固まっていた。


「私を殺せるヒト。……正確には、私に止めを刺せるヒト、かな?」


「……止めを刺されたんだろ。なら、今のお前は?」


「意識だけは残ってるんだ。肉体はちゃんと滅びたんだけど……どうにも生き汚いらしいね、我ながら」


 クッ、クッ、と自嘲気味に笑う声が頭に響く。逃げようとする脚は未だに動かせない。


「探してたんだ。私を殺して、次の王に成るヒト。私も数百年やっていたんだけど……」


 ごぽり。血溜まりが噴き上がり、赤黒い液体がヒトの姿を形作る。ぴたり、ぴたり。赤い吸血鬼が歩いて近寄る。

 

「飽きちゃった」


「……それだけの理由で……」


 吸血鬼が微笑を浮かべ、頬へ手を伸ばす。触れた手は生暖かく、滑ついた感触が気持ち悪い。振り払った手が血飛沫を飛ばすも、直ぐに形は元通りになってしまった。


「それだけって言うけどね、常に厄介な連中から狙われてみなよ。面倒で面倒で仕方ない。だから……キミが必要だったんだ」


 「俺が?」


「そう、キミだ。誰でもよかったわけじゃない。何より───ッと、お客さんみたいだね」


 途端に動くようになる脚。よろめいてまたばちゃりと赤い飛沫をあげる。客、と言っていたが、姿は見えない。


「客?」


「……成し得たようだな」


「アンタ……依頼書の」


 銀色の髪、白い肌、整った顔立ち、腰に携えた細剣、首にぶら下げた十字架。姿に見覚えは無い……正確には、無かった、と言うべきだ。棺桶に居た遺体の吸血鬼がそっくりそのまま生き返ったような姿。けれど誰かは声で分かる。依頼書を寄越した人物だ。


「良くやってくれた。後は私の仕事だ」


「何、言って────」


 瞬間、痛みと冷たい感触が走る。次いで、その場所は段々と熱を持って、熱く。言葉が途切れたのは、込み上げた液体に遮られたからだ。


「ご苦労、吸血鬼の王。……いや、次期、だったな」


「がふ、ッ……ごふッ……!?」


 剣が抜かれ、傷跡から鮮血が噴き出す。騙されていた─────その結論に辿り着くのに混乱した頭でも時間はそう掛からなかった。振り抜かれた剣の軌道すら見えず、何故殺されるのかも分からない。血溜まりに倒れ、全身を床と同じ赤に濡らす。


「……キミだったのか、彼を呼んだのは」


 何を喋っているのかよく聞こえない。

 

「アレに王を殺させれば、器は出来上がる。その器を壊せば私の役目も終わる……だろう?」


 意識が遠のいていく。


「キミがどうしようと勝手だけど……彼を殺すのは困るな。私が楽出来なくなる」


 温かい。

 

「王の後継者など考えなくていいようにしてやったんだ。楽になっただろう?」


 ……何かが流れ込んで来る。


「……私はね、王を続けたくはないけれど……王がいなくなる事も許してはいないんだよ。」


 身体が熱い。胸の中から、指先まで。熱が迸っていく。

 

「さァ、御目覚めの時間だよ─────我が『王』?」


 手を付いて、脚に力を入れて、立ち上がる。床一面に拡がった血溜まりは、もう無かった。

 

「……再生阻害付きの銀の剣なのだがな。無法が過ぎる」


 銀の剣が鞘と擦れ、月明かりを反射する切っ先が射抜くように此方を向く。


「おはよう。……気分は?」


「……最悪だ、全く」


 目の前の敵に向けて、拳を緩く握る。事情はよく分からない。何故自分が殺されなければならなかったのかも。理由も分からず死にたくなんてない。


「それじゃあ、王の初仕事といこうか。─────生き延びろよ、次の『王』!」


「王になんてなりたくないけど……言われなくても、そうするよ!」


 吸血鬼の王、瓜二つの女、殺された理由、生き返った自分……。分からない事だらけだ。けれど、今すべき事なら分かる。生き延びる。生き延びて、全部知らなくちゃ。


 それに、一番は──────


 ヴァンパイアの王にだけは、なりたくないから。

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