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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
回顧:これ即ち追憶の旅路
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契約

 森の中で突如現れたみたいにそびえたつ黒く巨大な門。

 その門の前で大剣を担いだ青年とローブを着込んだ少女が向かい合っていた。


「作戦は言った通りよ」

「おうよ、俺好みの分かりやすいやり方だ」


 青年ことラグロスがにっと笑って大剣を抜く。

 試金石にはちょうどいい相手だ。と意気込みは抜群だ。あたかも遠足に行くかのような気楽さ。仮にも番人を相手にするのだからその態度は楽観的ですらある。


「……調子には乗らないように」

「わーってる。だから、お前に俺を預けんだ。だろ?」

「……」


 セレンがほんのり眉をひそめる。

 フードを目深にかぶっているせいで表情の変化は周囲からは見え辛いが、困惑と呆れの色が見て取れる。

 ──つい先日、踊り子の仲間たちに別行動すると意気揚々言って怒られたのはどこの誰だ。


「どこからその自信が湧いてくるのかしらね」


 言っても仕方がない言葉は飲み込み、セレンは肩を竦めるにとどめた。

 妙にお人好しな彼の前ではセレンも警戒心を中和されていた。

 まがりなりにも今回は隷属のルーンを刻まれていないのがその証。


 様々な因果が重なり、今の彼らは別の力で結ばれていた。


「そいつをくれたのはアンタだろうに」

「……ま、そうね」


 あんまりにも直球な言葉が眩しくて、目を逸らしてしまう。

 まるで、今も肌を照り付ける太陽のようだ。どこかの誰かを思い出す率直な言葉は彼女の心を戸惑わせる。


 元々しばらく離れるつもりだったんだ。などと宣った彼の真意は分からない。


 ただ、セレンの頼みである迷宮深部への案内を彼は安請け合いして。

 しばらくパーティを離れると仲間に告げ、あっという間にここへとたどり着いた。


 たった二文で説明できるこれらの過程は勿論一筋縄でいってない。

 今先ほどまで彼らと共に居たルーツェとは特に揉めた。

 最終的には彼の一団がより強くなるためという意見にねじ伏せられたが、半日かかった大喧嘩はセレンに人間の歪さを強く訴えた。


 あれだけもめたくせに、心配だからついていくと言った彼女の心境など、今のセレンには欠片も分からない。

 どっちつかずの態度だと口にはしないが思っていた。


 セレンの中でラグロスはよく分からない奴というラベルが張り付けられている。

 理解し難い相手。共感できない相手。妙に戸惑わせてくる相手。

 そういう印象である。


 一つだけ褒めるとするなら、嫌いにはなれない確信だろうか。

 絆されてはならないと気を引き締めるも、どこか気を抜いてしまう自分は腹立たしい。なので、彼が少しだけ上手なのだと思い込むことで棚上げしていた。


「さ、行こうぜ。ちゃっちゃといって、ちゃっちゃと帰る!」


 鉄塊を肩に担ぎ、空いた手で門を押し開ける。

 重厚な門は開けるのに一苦労しそうだが、彼の肉体には些事に過ぎないらしい。

 勢いよく押し上げた鉄門はどばんと開け放たれ、二人に広間の中身をさらけ出す。


 少し太めの川で仕切られた広間の仲には小さな池がいくつもあり、宙には今まで見て来たような小川が同じくいくつも流れている。

 四方八方から鳴る川のせせらぎは嫌によく聞こえて、彼らの緊張を煽っていた。


 だが、そんなことはお構いなしとラグロスはずんずん進む。


 奥には今遠った黒門と同じものが一つ。やはり森に似つかわしくないそれが中層へつながる道を塞いでいる。

 そして、門の前には淡い輝きを放つ翡翠の宝石──フォレスティアが転がっていた。


 宝石は侵入者を検知し、震えだす。

 ふわふわと浮き上がり、周囲の水が応えるように螺旋を描き宝石の元へ集いだす。


 水で織りなされる巨大魚の体。

 仮初の装甲を手に入れたフォレスティアが大口を開けて雄叫びを上げた。


 草木を揺らし、水面をなびかせ、不届き物の探索者の鼓膜を震わせる。

 王の号令に応えるが如く、池から水塊が飛び出して見たことのある迷宮生物たちを形どった。


「セレン!」

「ええ」


 少女の細指がルーンを描く。

 光槍なく、光剣でもなく。はたまた黒炎を生み出すわけでもなく。

 描かれたルーンは光を放つとラグロスの首元に同じルーンを浮かび上がらせる。


 隷属でもないそれがラグロスの体を淡く発光させた。


「たぎるぜこいつぁ!」


 威勢のいい声を張り上げるラグロスは一直線に突っ込んでいく。

 スキルは唱えていないが、彼の隆起した肉体と地面にへこみをつくる力はチャージで得られるそれと同じ。


 飛び掛かって来た大バッタ(ビックホッパー)が振り上げられた大剣で真っ二つに。

 足元から蛇行して迫る毒蛇(ポイズンスケイル)を地面ごと叩き割られてぺしゃんこに。

 左右から挟み撃ちを仕掛けて来た怪鳥(フォレストウィング)はひと薙ぎすれば消し炭だ。


 一瞬で部下を殲滅させられたフォレスティアが驚いたみたいに身をよじらせる。

 そんな身動きすら無駄な動きだと嘲笑う彼はもう目の前だ。


「割れろッ!」


 水の体ごと叩き割る大剣の一撃。

 二手に分かれた水柱を登らせ、がきんと硬質的な音を鳴らした。


 手元に帰って来る確かな手応え。

 一度離脱して、返り血で濡れるみたいにびしょびしょになった髪の毛をかきあげる。


「どうよ!」

「……まだよ」

「……わっーてる。気ぃ引き締めろよ」


 セレンは異質な存在であることで起きる不具合を、ラグロスは攻略者であることで起きる不具合を意識している。

 奇しくも奇妙なすれ違いを起こしていたが、この場ではいい緊張を与えてくれた。


 ひびが入った宝石(フォレスティア)が怒りを燃やすみたいにわなわなと震え、崩れた巨大魚の体を再び構成する。

 出来れば一撃で仕留めたかったが、不用意に近づいてあの水に捕まる訳にもいかない。

 最低限第二波も超えないとならなかった。


 巨大魚がゆらゆらと宙を旋回する。

 何かをためるように体を縮め、再びの咆哮。

 宙を流れる小川が消し飛び、周囲へ水飛沫となって散乱する。


 ──まるで、種を撒くかのように。


「……そうきたか」

「仕方がないでしょう。堕天使は不都合な存在でしょうからね」

「……なーるほど、二重で悪いことしちゃあ怒られるわな」


 瞬時に生み出される五十近い再現体の数。

 ちょっと怒り方が雑やしないかとラグロスは嗤う。


 その表情に焦りはどこにも出ていない。むしろ好都合だと己の血肉を滾らせ、大剣を担ぎなおしているほどだ。


「──調子はどう?」

「絶好調だ。痛くも痒くもねぇ。まだまだいけるぜ」

「異変を感じたらすぐに言って、まだ倒れられると困るわ」

「へっ、当たり前だ」


 ラグロスが口角を上げる。

 本人が気づいているか否かはともかく無意識下の心配は思いのほか心地よかった。

 未だこの体を滾らせ続けるセレンの力も合わせ、ラグロスは驀進を再開する。


 先陣を切って来たのは二種類の再現体。


 滑るように宙を駆けて彼へ迫る水黽(サーフェイスランナー)をすれ違いざまに大剣をぶつけるだけで木っ端微塵に吹き飛ばし、多方向から襲い掛かって来た水虎(アクエリア)は一回転。薙ぎ払いで体を裂いてやった。


 地面から現れたのは動く樹木こと擬態木人(トレント)の再現体。

 伸びる枝を槍衾の如く突き出し──


「吹っ飛べ!」


 一切合切を両断するラグロスの大剣で水飛沫に還る。

 とはいえ、今度は手数が足りず背後までは手が回らない。


 彼の足りない場所は少女の出番だ。

 手早く書き上げたルーンが光の槍を産み、トレントを地面に縫い付ける。

 追撃でハチの巣にされて、今度こそ地面を濡らす飛沫に還っていった。


「油断しないことね」

「バックアップ、頼んだだろ!」

「……はいはい」


 どうしてそこまで信用するか不思議で仕方がなかったが、これはこれで悪くない。

 自分でも気付かないまま口元で緩くこと弧を描き、光槍の投擲に徹する。


 縦横無尽で一騎当千の活躍を見せるラグロスの重戦車ぶりは凄まじい。

 一度大剣を振るえば数匹の再現体が消し飛ぶ。防御も許さない重火力の前に生存など許されない。


 彼に与えられたのは天使の力──契約のルーン。

 勿論疑似的で、本来の天使には遠く及ばない。

 本来は下級兵士の統率に使われるもので、直接己の力を流して運用させるのは人間が耐えられるものじゃない。


 ただ、魔力に対する耐性だけは人一倍大きいラグロスであれば話は違った。

 一時的に肉体を同族に書き換えるほどの力を受け、制限の外れたラグロスの戦いぶりは馬鹿らしいの一言に尽きる。


 隷属と契約の違いは上下関係だ。隷属は己の魔力で動かす操り人形に対し、契約は対等な相手に相互貸与するものだ。


 つまり──


「随分馬鹿な体、してるんだから」


 セレンが光の巨剣を握る。宙に生み出して一定の挙動を実行するのとは違い、より自由度の高い攻撃方法。


 多くの再現体は前線でフォレスティアを狙うべく暴れまわるラグロスへと襲い掛かっているが、遠くから攻撃してくるセレンを狙う個体も少なからずいた。


 宙を泳ぐ人喰魚(キラーフィッシュ)は、ピラニア顔負けの刺々しい牙をさらけ出し、セレンの瑞々しい玉肌を食らいにかかる。

 が、広間中をかける水流を伝い、襲い掛かった彼らは次の瞬間には水流ごと吹き飛ばされた。


 セレンに貸与された力は単純なパワー。

 刃渡りの長い得物の遠心力を制御できる膂力であり、シンプルイズベストな力だった。


 こんなの、呆れもする。スキルやらなんやらで戦う探索者とはあまりにも別物な戦い方だ。

 生きている。体がある。心臓がある。じゃあ、その全てを押しつぶせばいいだろうと言わんばかりの技術もへったくれもない力押し。


 だからこそセレンのお眼鏡にかなったと言えるのだが、やはり……呆れはする。

 あいつはバカだ。改めて彼女は再認識した。


 一方、そんな馬鹿は無尽蔵とも思われた再現体を正面から吹き飛ばし、フォレスティアの元へとたどり着いていた。

 再現体を生み出す速度と蹴散らされる速度が釣り合わない。

 天秤は思い切り傾いたままだ。これでは意味がないと判断したフォレスティアが攻撃も兼ね備えた水の装甲で飲み込もうと突進を仕掛けてくる。


 大声量から繰り出される雄叫び。駆け抜ける音の衝撃は並の人間なら腰を抜かして崩れ落ちるほど。


 当然、真面な人間など卒業しているラグロスは喧嘩常套と笑みを深めて、正面衝突を受け入れ大剣を振り上げた。

 その顔に一切の恐れもない。覚悟を決めた戦士の顔でもない。

 これで負けたら悔いもないと、馬鹿げた考えを浮かべた蛮勇のみが彼の感情を占めていた。


 激突する水の体と鉄の塊。大質量と馬鹿力の激突。

 そして、一瞬で勝利を収めたのはやはり鉄塊だった。


 ぶつかった瞬間の衝撃が水体に伝播。抑えきれない衝撃で宝石を守っていた装甲が一瞬で砕け散る。家一つ分の水風船を破裂させたみたいな大質量の水が散乱して、噴水もかくやという勢いで飛沫をあげた。

 己の武器であり防具を失った宝石(フォレスティア)が地面を転がる。

 負けを認めたのか、転がったそれは微動だにしない。


「……へっ、どんなもんよ」


 自慢げに笑ったラグロスは、良い戦いだったと好敵手(ライバル)への敬意を込めて全力で宝石を叩き割る。


 金属音と、はじけ飛ぶ翡翠の欠片。

 上層番人、またの名を輪廻型水塊操作兵器──フォレスティアは全力を出したうえで初めて完璧な敗北を納めた。

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