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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
回顧:これ即ち追憶の旅路
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ブロークン・スノードーム

「ふんで、セレンも悪魔になったやろ? だから悪魔らしいこともせなあかん」

「……らしいこと」


 天使や悪魔にとっては大して長くもない時間。寝て覚めれば過ぎている程度の時間。

 セレンが天界を離れてから、人間達の時間に置き換かえて約五年が経過していた。

 ケイオスが訪れてからは約一年。


 メドゥにとっても、ケイオスにとっても、約束には遅いが精々約束に少し遅刻している程度の話。その辺りにうるさい者なら電話でもかけようものだが、生憎悪魔にもそんな技術はない。無論、今の人間にも。


 そして、悪魔にとって契約を交わさない口約束などあってないようなもの。

 守られると考える方がおかしな話。だが、破られると言うのも気に食わない。

 ならばどうするか。力関係が拮抗しているならいざ知らず、上下関係ならば拳を振り上げてしまえばいいだけのこと。


 そういう背景もあり、メドゥはセレンの出動を急かされていた。

 裏では本体がたびたび時間をくれと懇願していたりするのだが、セレンに付きっ切りで指導する分身にそんな様子は欠片も見せない。


 セレンもセレンで鈍感だ。

 機微には疎く、空気を察するなんて夢もまた夢。犬が二足歩行できないのと同じ道理だった。


「アンタ、まだ権能使えるんやろ? 多分堕ちたから中途半端やろけど」

「……少しは」


 天使の権能。

 転換点(ターニングポイント)を滅するため与えられた下等生物全てへの抹消攻撃。

 肉体を削るのではなく、概念を消滅させる(ことわり)を用いた力だ。


「悪魔もあるんやで、そういうの。……まちまちやけどな」

「……私にも使える?」

「……んー。一概にはなんともなー、権能って魔力よりもふんわりしてるから。気付いたら使えるやろ」

「────」


 そんな適当な。

 むしろ、何故言ったんだとすら問い返したいレベルの雑さ。

 知らないよりはマシだが、マシなだけ。使い方が分らない力など箪笥の肥やしにもならない。むしろ余計な思考を産むだけだ。


「知っといて損ないやろ。それに、セレンはおもろいことに両方の力が入っとる。どっちも完璧やないけど、なんかおもろいことは出来そうやからな、覚えとき」

「……ええ」

「ほな、お茶にしよか。下界(そと)に居るウチがおもろいの見っけたんや。美味そうやから盗って来た」


 外を知らないセレンにその台詞の歪さは分からない。

 一見して取引を無視した何かが行使されたことは間違いないが、そうなのかと頷き一つで済んでしまった。

 別にメドゥも人殺しをしたわけではない。

 盗ったものが原因で何か不幸なことが起きてしまう──間接的な話はともかくとしてだ。


 そんなもの、所詮は悪魔たるメドゥの管轄外。魔力なんぞばら撒いてなんぼなんて思考の彼女にとって貯蓄は罪だ。ただし自分を除いて。

 悪魔に善性などなく、あるのは個人の信念と我儘とプライドのみ。


 ──そういう個人主義だからこそ、気付くのが早いこともある。


「──お客さん、来はったな」


 世界(箱庭)を叩く音、振動で青空が揺れていた。

 ノックしろと再三告げて置いたケイオスのモノではない。なんだかんだ、彼も悪気があるわけではない。この前だって、彼なりではあるもが丁寧に入ろうとしたのだ。

 その結果が、間違えて破いてしまった夜の裂け目なのだから。


 けれど、今回は違う。

 障害物があるから壊そうとする。分岐点などない一方通行の問題と解答。

 どう考えたって招かれざるお客だ。


 またどこかの悪魔がちょっかいでも出しに来たのか。

 ──なんて考えもない。一応この世界はケイオスの庇護下にある。そして、ケイオスはこれでも次元が上の調停者に成りあがろうとしている悪魔。

 メドゥのツテを集めたところで一蹴されるのがオチなほど戦力差がある。


 だから、悪魔たちでケイオスに挑もうとする奴なんてよほど生まれたたてで分別が付かない悪魔ぐらいしか居ないのだ。

 そんな悪魔だって、自分よりはるかに強いモノに出くわせば本当で逃げる。


 それでも立ち向かってくる奴がいるならば──。


 それは蛮勇とか無知とかではなく、別の誰かの力が働いた結果だろう。


「……野蛮やなぁ」


 かつかつかつかつ。

 爪で木版を叩いたみたいな細かな音。リズミカルさもない不躾な連続音だった

 数を度外視すれば野原に吹く風音未満で、この世界に入るには少々力不足である。


 だが、敵は質より量らしく、爪音は秒を重ねるたび倍に倍に。

 ノイズと値する量になる頃には、メドゥの分身が姿を消して元の巨体の女性へと戻っていた。


「メドゥ……」


 心配を募らせたセレンが思わず声をかける。

 こみあがる恐怖に耐えきれず、過去の追跡劇を思い出して体を震わせる。


 大悪魔のお膝元。訪問するだけなら悪魔の方が容易いが、喧嘩を売るなら別の話。

 そんな場所にわざわざやって来る軍隊(連中)なんて、心当たりは一つだ。


「……セレン、ベッドいとき。簡易結界もある、多少は安全や」

「……メドゥは」

「ウチ? 仮にも結構強い悪魔やねんで? よゆーやよゆー。でも、アンタを守りながらっつうと、そうでもないわ。だから──な?」

「……分かった」


 メドゥの柔らかな微笑み。姉御肌の彼女は人を心配させないことに関しては長けていた。

 反論材料などセレンに思い浮かばない。

 粛々と頷き、柔らかな金のベッドに横たわる。何故だか体が重い。ほんとは共闘するつもりだったのに、戦意すら湧かない。あれだけ恐怖を煽って来たノイズさえ、彼女の耳から遠い。体がマットレスに沈み込む。

 微睡むような眠気は抗いがたかった。

 出来ればこれが夢であれば覚めて欲しいと願い、彼女はあっさり目を閉じた。


「──こんな簡単な暗示にかかるの、良くないでほんま」


 セレンが睡魔に負ける様を見届け、メドゥが口を尖らせる。

 言葉こそは非難交じりだが、声は柔らかく、仕方ない奴だといっそ愛しさを覚えるほど。

 大人しく眠ってくれたことに確かな安堵を覚えていた。


「なーんでこないなとこに来るんやろか……」


 音がこだまし、世界が割れ始める。乱暴な入店にメドゥがひとりごちた。

 やってしまったと驚きが聞こえるような破れ方ではない。

 面倒だから破いてしまおうとハナから諦めている開け方だ。


 こんな統制が取れた秩序と、守る気のない乱暴さを併せ持つ奴らなどやっぱり一つで。

 だとすれば、何故ここへ来たのかが疑問だった。


 パッと出てくるのは、ケイオスの討伐隊。

 ケイオスの庇護下に居る悪魔はそこそこいる。ケイオスの拠点に小さな箱庭を作ることを許可されるだけで、守られるわけではないが、実質ケイオスという結界を間借りできる。


 そんな彼らは戦いを好まず、闘争を好まず、平穏と貯蓄を積み上げながらまったり過ごせればそれでいい。いわゆる平和主義者である。──もちろん、悪魔基準で。

 分身は下界で暴れさせるだとか、時折趣向品として生き物を殺すだとか、天使を捕まえて実験するとか。

 人からすれば全然平和じゃないこともしているが、国一つを気まぐれ滅ぼしたり、辺りの生き物を悪魔天使問わず殺したりするような奴らよりはやっぱり平和だ。


 ケイオスだってあまり気まぐれで殺す性分じゃない。

 むしろ、悪魔の中でもっとも()()()()とすら言える。そんな彼だからこそ、メドゥだって手を貸すのだ。

 下手に殺さないのだから、天使達が執着する転換点(ターニングポイント)の原因にもならない。


 だから違う。


 ならば、セレン絡みか。

 これもおかしな話だ。メドゥだって馬鹿じゃないのだから、いきなり天使一人を連れ出そうなどと思わない。

 セレンが実質用済みで、たとえ墜ちようと天界に居なければ問題がないと下調べを済ませた上の接触なのだ。

 いまさら追いかけてくるのも不思議である。


 感情を搭載したイレギュラーの回収──という線も捨てがたいが、やはり違う。

 天使なんて実質無尽蔵なリソースだ。ないなら作ればいい。かなりのリソースを使った大天使ならまだしも、下級天使と変わらないスペックのセレンのためにケイオスの元へ来るのはあまりにもつり合いが取れない。


 天秤にかけるとすれば、片側に乗せたセレンなんて空の果てまで飛んでいきかねない重量差だ。


 ──だとすれば、やっぱり納得がいかない。


「あーやめやめ。こんなん柄じゃないしー」


 夜の再来は目前、余計な思考は自らの危機を産む。今は目の前の敵へ対処するのが先決だ。

 空を見上げ、今にも裂かれそうなひびを睨みつけた。


 文字通り、裂け目は天地を駆け抜け。


 それなりに苦労して修理した箱庭は再び破壊された。

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