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諸刃の剣士は迷宮征きし白翼を追う  作者: 青空
下層:諸刃の剣士は迷宮征きし黒翼を追う
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男の子

 がら、がらと山のように積み上げられた瓦礫を押し退けて黒騎士が這い上がって来る。

 砂で薄汚れた鎧を軽く払い、取り落とした武器を体から生やして装備する。


 痛みに呻く声はない。力量差に嘆く声もない。

 大剣を持ちゆっくりとこちらへ向かってくる彼が人外であるように、体から槍を生やす黒騎士もまた人から大きく逸脱した存在なのだ。


 そして、彼は人外の存在として許された力をほとんど行使していない。体から自身の鎧と同じ硬度の槍を生み出すことは出来るし、その穂先に炎を宿すことは出来るがその程度。

 魔力で限界まで──限界以上に身体能力を引き上げているラグロスとは違い、黒騎士は己の身体能力だけで戦っている。


 それが意味するのは簡単な事実。


機能変化(modechange)──騎兵(cavalry)


 詠唱。スキルの発動のように見えて似て非なる物。

 魔力で印を刻み、機械的な命令でことを成すのが魔術ならば、一から十までの魔力制御とその発動キーとなる許諾を下すことで発動するのが、この魔法と呼ばれる代物だ。


 彼の対峙するラグロスにはスキルを口にしたようにしか見えない。

 けれど、スキルのような汎用的な技術ではなく、黒騎士による黒騎士のために用意された専用魔法。


 人型が枷を外し、より異形となるための鍵を開けたのだ。


 鎧から黒の奔流が溢れ出す。割れた瓶から閉じ込められていた水が漏れ出すように黒は外へ飛び出していく。容量に限りのある瓶とは違って黒はとめどなく溢れ出し、瓦礫の群れを黒で覆い隠してく。

 ただ絵具で塗りつぶしたような黒ではなく、星も瞬く夜空のようにどこか光沢があった。


 瓦礫を飲み込んだ黒が得物を捉えた粘体生物(スライム)のようにもごもごと瓦礫を咀嚼し、体を形作る。

 縦に横に広がり、時には収縮して粘土の如く形をころころ変えていく。

 だが、粘土が作ろうとしている形には指針があった。時間が経つにつれ馬を作ろうとしているのだと分かる程度に完成されていく。


 そして、黒鎧を着こんだ馬が完成すると黒馬は高らかに産声を上げた。


「卑怯とは言うなよ」

「──誰が言うかよ」


 むしろ的がでかくなったから楽だとラグロスは喜んだ。だが、その感情はすぐに捨て去ることになる。


 一息で黒馬に跳び乗った黒騎士が体から薙刀を生やした。

 ただの薙刀ではなく、巨人が持っていれば似合いそうな人三人分の大薙刀だ。

 呆気にとられるラグロスを前に、黒騎士はその薙刀の刃を炎刃へと変える。


「……それは話が違うくねぇか」

「だから言っただろう。卑怯とは言うなよとな」

「あーそうかい!」


 黒騎兵が走り出す。黒騎士に攻撃を当てようにもこのリーチ差は力でどうにかなる問題ではない。馬から引きずりおろして、再び力勝負に持ち込む。

 目標が決まれば行動も決まる。


 触れたものをすべて溶かす高熱の刃に臆することなくラグロスは駆け出し、全身を捻って横からの薙ぎ払いを繰り出す。

 体格もリーチも違うが、力はやはり負けていない。確かな手ごたえを感じたラグロスが自身よりはるかに大きい薙刀を弾き飛ばした。


「武器に固執するようでは話にならないぞ」

「──チッ!」


 だが、それは無限に生み出せる黒騎士からすればいつ手放しても構わない代物なのだ。

 あえて両手で持たず右手で薙刀を振るったことで左手が空いていた。

 大剣を振り切った無防備なラグロスに左手を突き出し、手のひらから黒槍を生やす。

 それは回避もかなわず、致命傷はさけようと体を捻った彼の肩口へ突き刺さった。


 舌打ちを鳴らす。反則だろと訴えたい。

 だが、弱音を吐いている暇はない。また距離を取られては不利な戦いを強いられる。


「降りろ! ──おわッ!?」


 肩に刺さった槍を掴み全力で引っ張る。そうすれば、綱引きの要領で黒騎士を引きずりおろせる。

 そんな彼の浅い目論見が通るはずもなく、槍があっさりと黒騎士の手から引き抜かれてラグロスが体勢を崩すだけに終わる。


「馬鹿だな」

「こんちくしょう!」


 黒馬が踏みつぶしに来るのを無様に転がって避け、素早く跳ね起きる。

 立ち竦んでなどいられないと、すぐさま黒馬目掛け大剣を振り下ろした。


「──全身凶器かよ!」


 だが、それも黒馬から生えた数本の槍に受け止められる。複数本の槍に押しとどめられ連続した金属音に眉をひそめて悪態をついた。


 馬も槍を生やしてくるのは流石に想定外だ。だが、一度目にしてしまえば納得せざるを得ないのも腹が立つ。誰か空気入れをひたすら動かしているのかと思うほど、ラグロスの不満が膨らんでいく。


 真面に戦えよと言ってやりたいが、好き好んで小細工なしの戦いを挑んでいるのはラグロスだ。そしてラグロスの土俵で戦えば彼が大抵有利になるのもまた事実。

 そんなワンサイドゲーム確実な土俵に誰があがるというのだろうか。


 だが、ラグロスのやることも変えられない。相手がどんな防御策を使おうとその上から全て叩き潰すのがラグロス流。

 魔力の流動をさらに加速させる。バクバクと唸り出す心臓が、僅かに震える己の体が自分の寿命を削っているのを実感させた。

 肥大化し、隆起する筋肉。もはや丸太と化した彼の腕から大剣が振り下ろされた。


 三度目の正直。

 だが、それもさらに数を増やした槍の迎撃に押しとどめられた。


(だからどうした!)


 分かっていれば覚悟は出来る。

 覚悟が出来れば用意が出来る。

 用意が出来ればあとは踏み出すだけのこと。


「オ──ラァッ!」


 酷使した武器の終わりのように、ピキリと骨にひびが入る。伸ばしすぎて限界を迎えたゴムのように、パチンと靭帯が千切れる。支えを失った建物が崩れるように、靭帯で抑えられていた骨がズレる。


 電撃が連鎖する。稲妻が体に落ちたかと錯覚するほどの痛み。

 踏み出した右足の膝が容易に瓦解した。限界まで浮き出た血管が勢いよく破裂して、膝の骨が血の海に沈んでいくのが感じ取れた。


 構うことはない。承知していた代償だ。

 買えるかはさておき、手に入れられるものに比べれば安い買い物だ。


 だから、踏み込んだ。──踏みつぶした。


 さらに地面を陥没させ、余波が彼の周囲にまで及ぶほどの踏み込みで大剣を押し込む力を増やした。

 たかが固定された槍に過ぎない。いくら分担しようと結局は一本当たりの許容値を越えれば壊れることに変わりない。


「……させるか!」


 ラグロスが骨にひびをいれたように、馬から生える黒槍にもひびが入る。それに気づいた黒騎士が新たな薙刀を手にして振るってくる。

 それももう遅い。


 一本目が砕けてしまえばあとは雪崩のようなもの。次々と黒馬を守っていた槍が砕けて幾本もの槍を破壊した一撃が黒馬を襲う。

 大剣と言うが、もはや鈍器。斬ることなど叶わないが、代わりにすべてを肉塊に変えるプレス機である。


 瓦礫をもとに作られた黒馬はその鎧をもってしても一瞬で砕け散り、前と後ろで体を二分させた。それにとどまらず、標的を貫通し地面を叩いた大剣が小さな地震を起こす。

 激震を間近で受けた黒騎士が落馬で地に落ちるのを防がれ、ラグロスの眼前で舞っていた。

 ようやく手にした白兵戦。まだ終われぬと、どこもかしこも痛みで埋め尽くされた体を稼働させラグロスが続けざまの一撃を完全な無防備を晒した黒騎士へ放った。


 当たる。己の勘が訴えるのを耳にしながら勝利を確信する。


「──~~~~!?」


 しかし、横から突然鈍器で殴られたような衝撃が彼を襲い、瓦礫に塗れた地面を転がされた。どこから攻撃されたのかも、誰から攻撃されたのかも理解が追い付いていない。

 分かるのは千載一遇の好機を逃したことだけ。


(──くっそ、動けねぇ……)


 すぐに立ち上がろうとしたが先程振るった一撃の代償は大きく、彼の体はびくりと震えることはあっても脳からの命令を実行することは出来なかった。

 仰向けに倒れたラグロスが自身の敗北を悟り、廃墟の空を眺めながら黒騎士が来るのを待っていた。


 だが、黒騎士が動く気配もなかった。

 むしろ逆だ。動こうとしないと言うべきか、どこか諦観交じりのため息が聞こえた気がした。それはまるで彼が自身の敗北を認めているような雰囲気さえある。


 ならば先程の攻撃はなんだったのだろうか。黒騎士によるものならとどめを刺しに、もしくは降伏を求めに来たはずだ。


「……ラグロスッ!!」


 誰かの声とその声が駆け寄って来る足音。

 どちらも耳に覚えのあるものだった。


「……ルー、ツェ?」


 立ち並ぶビル群。それらの隙間から顔を出す青空と漂う白雲。

 それら全てをラグロスの視界から隠すようにルーツェの顔が眼前に現れた。

 括られた青髪が垂れてラグロスの肌を撫でる。だが、くすぐったいという感触が湧き上がることはない。それ以上の痛みに呻くラグロスには痛覚以外の認識機能が働いていなかった。


「どうして──! ……こんな無茶!」

「……仕方ねぇだろ」


 必要なことだったから、とまでは言わない。だが、しない訳にもいかなかった。こうでもしなければ黒騎士に一矢報いることなど出来やしないと分かり切っていた。

 だから、仕方ないとしかラグロスには言えない。


 様々な情緒がルーツェの中で巡っているのか、彼女の頬が引き締められたり、硬くなったり、緩んだりと忙しなく動く。それに伴って眉も上がり下がりを繰り返していた。


「ふ……あいてて」

「大丈夫!?」

「喋るの、きついから──ちょっとな」


 その様が面白くて、つい笑みが零れそうになって僅かに動かした表情筋が引き金となり彼の体を苦しめる。どこかの筋肉を動かす度、その筋肉も含め繋がっている筋肉も連鎖するせいでどう動こうと痛みが発生する状況だった。

 一つ歯車が欠けるだけで動かなくなるからくりみたいに、今のラグロスには使わなくていいパーツなど存在しない。同時に独立で動かせるパーツも人体故に存在しない。


「待ってて。──氷さん!」

「分かってるわ。もう、男の子ってのはこんなのばっかなんだから」


 かつん、とブーツが小石を蹴飛ばす音。

 誰かが近くに来ているらしく視界の端で白衣の裾が映った。どうやら氷のようだ。

 同伴者は氷と居る。その意味をラグロスは改めて理解した。恐らく今の戦いも二人は離れた場所で見ていたのだろう。

 であれば、かなり無様な戦いを見せてしまったと彼は少し後悔を募らせる。せっかく見られているのならルーツェにもう少し格好のつく戦いをしたかった。


治療(recover)


 スキルと似た何かを氷が唱える。すると、ラグロスと黒騎士の体から光粒が溢れ出し、彼らの体に纏わりついて傷口から体内へ入り込んでいく。お風呂に浸かった時のような硬くなった肉体がほぐされていく快感にラグロスが脱力し、その感覚に身を預けた。


「二人とも傷が深いからすぐに動いちゃだめよ」

「……セレンの所へ連れて行ってくれるのか?」

「勿論よ、君は彼の試練を突破した。そう思って貰って構わないわ」

「そうか」

「だから、今はゆっくり眠りなさい」

「…………ああ」


 正直なところ、ラグロスの体はとてつもなく重かった。その重みが光粒によってマシになることはなかったが、全身を襲い続ける痛みからは緩和されている。

 鈍色の地面(コンクリート)の硬さだけが不満点だったが、今はそれを口にする気力すらない。もう限界だった。


 そして彼は鉛のように重い瞼を開けることもやめ、体を光粒に包まれながらあっさりと眠りについた。

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